遠い建築 近い建築

2015年10月16日 21:09

社寺設計を行う中で、外部ルーバーの話になった。私は鉄骨下地に木のルーバーを考えていたのだが、コスト高だった。見積部からは「樹脂製の竹垣がいい。安いし、本物そっくりに作ってあるから、偽物だとほとんど気付かないし、汚れない」と言われ、ちょっと考えるから待ってと、その流れを制した。

これまで竹垣について、さほど注意して見ていなかったのであるが、なるほど、良く見ると、樹脂製のものばっかりである。エクステリアメーカーにも足を運んだが、大々的に商品化されていた。こういったものを住宅レベルで採用できるのであれば、むしろ多少美的感覚があるか、裕福な方と言えてしまうのかもしれない。

しかし私は、その樹脂性の竹について、見る分にはさほど違和感がなくても、触ると、とても嫌な感触がする。なんというか、触ってほしくないような、プラスチック製の感覚である。この製品は、触られるように出来てはいない。近づかず、遠くから見ることを望んでいるような、そんな感覚を持った。

考えてみると、機械化された近代建築は、触れられることを拒んでいるように思える。なんというか、ある一定の距離をもって眺めることを強要するような、そんな建築である。そもそも、近代建築とは、彼岸の建築であったのである。「いつか来るであろう未来」のための建築であるから、触れられる必要はないし、逆に、そうであっては本質から外れるのかもしれない。

建築にも色々なものがあるし、何が良いかは知らない。しかし「遠い建築」「近い建築」という考え方は、今まで感じた事がなかった。ひとつ発見である。

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