吉田五十八の言葉

2015年09月29日 22:05

「寺院の静けさ」

西欧の中世紀の教会には、必ずといっていいくらい、僧院が中庭にむかって建てられている。そしてアーチを戴いた列柱が中庭をとりまき、中庭の床には大理石のモザイクが敷きつめられ、中央には泉があふれる水盤がおかれて、さながら宝石箱のなかにいるような、豪華な静けさを感じさせる。ときには、その静寂さを破るように、僧侶のあるく、ゆるやかな靴音が、中庭にこだまして聞えてくる。
こういった静けさは、日本の寺院には求められない別な静寂さであって、日本の静けさより、もっと冷たくもっと厳しいものがあるようである。この西欧の冷徹なる静寂さを、日本の寺院にも表現できないものかと、このたびの満願寺にこれを計画してみたが、日本の寺院では、あらゆる条件からこれを不可能にした。
そのうえ西欧の寺院は、石造にしても、煉瓦造にしてもその材質そのものからくる美しさと、その雰囲気が表現されるが、近来の日本の寺院は、木造の感覚をコンクリートに置きかえて表現しようとする一種の疑似建築である以上、木造でつくられた、昔の寺院のような、しっとりとした、何ともいえない、幽玄な静けさというものは、望むべくもない。がしかし、この満願時が竣工してみると、本堂、庫裡、門、塀にかこまれた、この大きな空間に、在来の日本の寺院にない、さりとて前にいった西欧の僧院の感じでもない、何か別のある特殊の雰囲気が、にじみ出たような気がする。それは、いく分なりと西欧の静寂さを基盤に考えて、できうる限りそれに近づけようと努力したためかもしれない。
この満願寺も近き将来には、西側に講堂を建て、東側の庫裡と対比させて、本堂を中心としたシンメトリカルな寺院にしたいという計画があるので、それが実現されれば、いまよりさらに、いい環境と、静寂さが、この寺院を包んでくれることと思う。

(『新建築1970年4月号』より抜粋)
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