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建設を終えて

2015年06月06日 20:31

一年携わった大型案件が竣工し、今のところ不具合もなく、大変な施主だっただけにとりあえず竣工させたことに社内評価が高いらしく、まぁよかったよかったというところで、残すところは竣工図と竣工写真である。

竣工図は、ある意味現場からの情報を整理することになるのだが、竣工写真は設計主体でまとめるが、これは個人的には気楽な作業で、良い時間なのである。あくまで写真なので、さほど責任が付きまとわず、しかも、私は本が好きなので、設計監理の苦労が記憶化されることは、良い作業なのだ。

私は竣工写真については、簡単な指示をカメラマンさんにするだけで、あとはお任せにする。専門家の力を信じた方が、良いものが出来そうな気がするからである。それゆえ、完成した写真についても、さほど注文はつけない。そうすると、下手すると、現場のバリケードとか、敷地内の宜しくない工事とか、そんなものが映っていたりもするが、私は基本気にならないのであるが、周囲からは指摘が入る。普通、意匠設計者であれば、可能な限り綺麗な写真になるよう写真加工したりするのだろうが、私は全くその意識が働かない。

そんなとき、自分は意匠設計者ではないと思う。私としては、どんなものにでも意味があり、綺麗に仕立て上げられた写真よりも、その時の環境を、正確に捉えたものの方に惹かれてしまう。雑な工事であれば、その雑さが表現されている方が、個人的に興味が湧くのだ。今週、コンペ提出を完了したが、コンペ資料でも同じである。絵的に美しいものを描くよりも、実際の建築の佇まいがどうであるかの方に意識が向く。

近代建築には、プロパガンダ性が付きまとい、まさにコルビュジエがその第一人者なのであるが、それゆえ、写真や映像を美化することに意味がないとは思わないし、以前はその方が興味があった。今はそうではない。乱暴な言い方をすれば、コルビュジエ的なものからカーン的なものに関心が移行しているのかもしれない。

まぁ、何にしても一生懸命取り組むだけだが・・・
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