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温もりのモダニズム建築

2015年04月30日 21:05

真禅院を見に行った際、ふと惹かれる何かを見つけ、何となく歩いて行くと、久々に衝撃を受ける程の近代建築に出会った。「垂井町勤労青少年センター」という。何とも時代と地域性を醸し出す名称であるが、建築そのものも「ある時代」が、それこそ「凍れる音楽」のように停止し、そして風化したような、そんな建築である。

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四角いコンクリートのヴォリュームに、挿入されたガラスの箱。そして、整然と並べられた開口部と、中庭を作るためのアール。脇に廻ると、垂直の煙突、半円形の踊り場。白と透明なガラスと鉄による抽象的な表現は、モダニズムの教科書的なデザインであり、しかも、それが異端ではなく、無理がなく、自然と庶民的な表情をしているのがとても好感を持てた。

家に戻ってからネットで調べても、建築家の名前が出てこない。どこかの設計事務所か、名もない建築家が設計したのだろうか。確かに、戦前であれば、建築界の名作となれたかもしれないが、古くてもせいぜい30年前程度か、「機械時代」がとうに幻想だと知ってしまった年代であろう。

しかし、そうであればこそ、私はこの建築に衝撃を受けた。上手く言えないが、モダニズムブームではない時代に、建築の基本を体現し、それが、単なる無機質な箱ではなく、人に愛され続けた建築のように感じるからだろうか。モダニズムは「未だ来ることのない時代」のための建築であり、今をもってしても、それは「未来」なのである。それは同時に、現世とは異相の建築である。しかしこの「近代建築」は、(内部をのぞいても)庶民的に使われ続けたような痕跡を感じる。凍ったのは「建築」ではなく「かつてあった時代」である。

建築は停止する。そして、時代のなかで風化していく。この建築には、その生まれたときの時代と、風化していく現象が、見事に具現化されていた。近代建築は、常に冷たい建築である。人のぬくもりと疎遠でなければ「芸術品」にはなりえない。

この建築は、コンクリート、鉄、ガラスに温かみを感じるような、そんな建築だった。

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