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愉しくなければならない

2015年02月14日 16:39

『所ジョージの世田谷ベースVol.27』を読む。

150214.jpg

今回の号は「世田谷ベース的人生論」ということで、遊びの達人所さんが、人生論や幸福論について語る。語ると言っても、いつもの所節なので、確信をついた軽い読み物というところ。

所ジョージという人は、基本的に好きである。どんな人か大して知らないが、他人の批判を言わず、何でも面白そうにしているところは素晴らしいと思う。私に欠落している点である。

世田谷ベースの雑多な風景も、なかなか好きである。ただ、所さんが主に扱うものは板金やプラスチック的な物が多く、所さんは自称アメリカ人なのでとても当たり前なのであろうが、アメリカにはゾッコンできない私としては、風景として見るのは好きだが、そこにはまることはない。私の部屋のなかにあっても、可逆性があり無名性のある素材(特にプラスチック)よりも、木など、生きている素材の方が、私は好きなようである。

でも「建築に何が可能か」と自分なりに問うなかで、やはり人は、そこに幸福なり快楽をみないと、行動しないと思われる。「正しい」ではなく「愉しい」方向に、やはり人は動く。

自然を守ることが正しいのであれば、そこに愉しさを見出さなければならない。

しかし、人間はきっと、その正しさを身体に内包している。例えば、昨今のランニングブームにしたって、経済的に困窮し遊びに金を使えなくなったということもあるかもしれないが、身体を青空の下で動かすということは、元々身体にプログラミングされた快楽だからであろう。

そのためには、まず自分がそうであらねばならない。正しいことではなく愉しいことを、身体や脳で感じ取れる感覚がなければ・・・

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