建築の在るべき姿

2014年10月13日 20:15

『戦後日本住宅伝説 挑発する家・内省する家 展覧会』のカタログの末尾に、各建築家の小論文が掲載されている。そこにある増沢洵の論文が、とても興味深い。

「調和のある建築」というタイトルで、建築の在るべき姿を述べているが、予算、形態、材料、構造、設備、寸法、材質感などを挙げているが、最初にくるのが「予算」なのである。彼は「設計の与条件のなかで予算は最も重要な条件である」と述べる。私が知っている建築家武勇伝では、「予算なんてもんは」といった感じで、どちらかと言えば予算に縛られない建築を想像すること(そして、結果として批判を浴びることになったとしても)が、建築家としての美しい姿のように教え込まれたような(勝手な)記憶があるので、この論文はかなり新鮮だった。

それだけであれば、我々組織の設計者も然りなのであるが、彼の「よい建築といわれるものは共通して素材の選択と用い方が的確である。それは建築の機能を考えて選択された材料が、木は木らしく、石は石らしくという率直な用い方によってその特性が生かされて建築を長持ちさせているのだと思う。」という発言は、いかにも増沢氏らしく、とても好感が持てる。学生の頃は、レムコールハースのように、あえて素材を誤った使い方をしたり、既成概念を壊す方が新しいことかと思っていたが、今は、増沢氏の考え方の方がよっぽど新しいと思う。なぜかと言えば「素材の声を聞く」ということは、相当な熟練とイマジネーションを必要とし、かつ、これまでその全てを達成できた人はいないと思うからである。私は今、その素材の声を聞くことに、少しでも肉薄したいと考えている。

また、Youtubeを見ていたら、原広司自邸の動画が流されていた。おそらく今回の展覧会用に撮影したものではないかと思うが、これも興味深かった。原邸は、私が憧れた住宅のひとつであるが、実際に映像を見ると、かなり無機質というかバーチャルな世界に思えた。もちろん、それは原氏が「安易な素材性」といったものに傾倒していないため、当たり前のことであるし、それを超えた土着性というかインターナショナリズムを意図したのだと思うが、何というか、思ったより気持ちよくなかった。そもそも原広司の建築で気持ちよさを求めてはいけないのかもしれないが、何というか、宇宙空間みたいな感じであり、優しさを感じなかった。あくまで映像であるため、それ以上の感想を持てないのだが、これはなかなか意外だった。いつか爆笑問題のラジオで、太田がザハの東京五輪スタジアム案について「あれはなんですか?宇宙に建てるの?」と、揶揄というか、疑問に感じて発言していたことをちょっと思い出した。

何にしても、今は建築の優劣など興味がないし、写真や映像では限界がある。そういう意味でも、あの素材感に満ちた家におじゃま出来た事は、私にとってはとても有意義な体験であった。

原邸動画
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