物の価値

2014年09月27日 10:28

ヤフオクが止まらない。シトロエンに続き、コルビュジエのリトグラフも購入してしまった。

このリトグラフが、破格の値段なのである。しっかり額に入っているため、例え偽物であってももっと高額になるであろう。昨日手元に届き、棚の上に置いてみたが、実にすばらしい。このリトグラフ自体は、どのような価値があるのかよくわからないのだが、リトグラフの右下に「ル・コルビジェ作壁掛(○○銀行所蔵)」とあり、誰かのもとで保管され、或いは、多くの人の目に触れていたことを考えると、このリトグラフが本物かどうかはあまり大した問題ではないと思って購入した(そもそも版画なので、本物か複製品かなどは、あまり関係ないのかもしれないが・・・)

私は、物の質感が好きなので、ネットで物を購入するのはあまり好まなかったし、ましては、実際に会ったこともない人から個人的なやり取りで商品を購入するなど、もっての外だと考えていた。実際に、オークションでは「私が確認できる情報のなかで、最も劣悪な商品である」という認識の下、取引している。その中で、購入できる値段であることが納得できれば、それで問題ない。少なくともこれまででは、金額以上の満足度は得られている。

パリにて、本がネットで販売され、街中の古本屋が潰れていくことを防ぐ条例が出来たとか、以前そんなことを聞いた。私は本屋が好きなので、確かに古本屋は残ってほしいと思うが、ネットはネットでなかなか良い点もあると感じている。当たり前だが、業者を返さないので、ストレートな金額で物を交換できるし、また、物を生産し過ぎたこの日本社会には、ただで引き取って貰えるものならそうしたいと願う人が、きっと大勢いるのだろう。ネットは場所をとらないため、いくらでもその情報を挙げることができる。また、面白いと思う商品がどのように金額推移するかを見ているのも面白いし、自分が面白いと思うものが破格の値段でアップされているのを発見するのも面白い。

難点としては、ほしいものを探すため、ずいぶんとネット閲覧に時間を割いてしまうこと。これは個人的な問題だが、実際にはやはり色々見てしまうし、無駄にほしいものが増えてしまう。最近、その物が美しいかどうかの判断は、「茶室においても美しいかどうか」としている。茶室には、何回か入ったことがあるが、日本が生んだ、最も精密なミクロコスモスのひとつである。その床に置かれるものは、それなりの質を兼ね備えていなければ、空間に耐えられない。

そう考えた時、私が物に求めるものは「質感」「佇まい」「思想」「想像力」等があげられるように思う。これらが一つでも欠けると、どうも飽きてしまう。

こういう風に文字にして見ると、これは建築でも変わらないように思える。上記は「材料」「形態」「歴史・思考」「環境・身体」にそのまま置き換わる。

壁に置かれたコルビュジエのリトグラフは、黒をベースに赤、茶、灰色で構成されており、見ているととても元気が出る。コルビュジエの建築は、歴史や社会的批評性、生産性と連動していたこと、また、それを超えた空間を想像したことに素晴らしさがあると思っていてが、最近は、純粋に「元気が出る建築」という程度に考えている。ただ、彼の建築を見ていると元気が出る。良い悪いは、その後考えればよいのだ。
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