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若き時代を生きる建築家として

2014年09月15日 20:23

時々、過去のブログを読み返してみると、新鮮な発見がある。同じ人間が書いているとは思えず、誰かから初めて語られた言葉を聞いているようにも思える。ブログを書き始めてから、5年半が経った。こんなに長く続くとは思っていなかった。元々ブログを書く目的の一つには「異なる時間を生きている自分自身との対話」ということがあった。故に、自分自身の「実験」が、これほど上手く、かつ、意味のあるものであるとは、当時の私からすればほくほく顔であろう。

26歳の時、私はある試作を行った。「many life times」と銘打ち、当時憧れていた人の年表の上に、自分の人生を照らし合わせたのだ。その人物とは「Le Corbusier」「Louis.I.Kahn」「Yukio Mishima」「Hayao Miyazaki」「Rem Koolhaas」の5名だった。彼らの主な作品とその時期を並べると、それなりに興味深い結果であった。コルビュジエとレムと宮崎駿は、30歳代はいわば思想期である。コルの「エスプリヌーボー」やレムの「錯乱のニューヨーク」がわかりやすいが、40歳代以降の作品を作る地盤作りの時期と解釈できる。それに対し、三島は30歳で「金閣寺」を執筆しており、既に文学としての最高傑作を書いてしまっている。逆に、カーンが建築史に残る作品を作るのは、もっと後のことだ。

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改めて自分の歳を重ねてみて、少し驚いた。私の年齢は、三島を除いた作家のなかでは、まだまだ思想期の序盤である。彼らが作品で世に問うたのは、早くても30歳代後半からである。何に驚いたかというと、今の私の設計者としての老化ぶりである。私は幸か不幸か、入社してから色々と仕事を任せてもらえ、自分がまとめた仕事もいくつかある。それゆえに、色々現実を知り、仕事そのものも、破たんをきたさない範囲で行うようになっていた。もちろん、私にとって今の業務はあくまで業務であり、私が志すものはまた別にあるのだが、しかし、これほど冷めた視点で仕事と向き合っているとは思ってもみなかった。

しかしその一方では、私の希望は膨らんだ。今、五木寛之の『百寺巡礼』を読んでいるが、全巻読み終わったら、百寺全て廻ろうかと目論んでいる。それはきっとスリリングだろう。なぜなら、あたかもそれは(五木寛之がそうであったかのように)日本そのものをめぐるようなものだからである。社寺建築は、数百年という単位で、その地に根付いている。故に、地勢と呼応しているのである。近代建築はやっと寿命が50年に達しつつあるが、50歳の社寺など、まだまだ新米である。言ってみれば、私にとってのこの10年は、それらとの出会いであり、思慮であり、熟考であり、表現の期間である。

まだまだ先は長いと思うと、とても若々しくなったように思う。人間が何十世代にわたり接してきた建築達に触れられるかと思うと、私が何をもがこうと彼らの人生のほんの一端に触れただけで、いつかすぐ忘れられてしまうであろうが、そう思うと、なおさら嬉しくなるのである。

4年前の26歳の私のブログでは、会社を辞めたいと書き綴っている。とても見苦しくて良い。今は、作品を作るとか、評価を得るとか、建築の社会的批評性だとか、そういうことではなく、もっともっと大きな意味で、建築に触れている。そう思う。

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