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何となく気持ちよさそうな理論を目指して

2014年09月06日 21:02

先日、会社の独身上司に「地球温暖化はそもそも存在しない」ということを永遠と語られた。私は辟易しながらその話を聞いた。その話題に興味がないわけでもなく、その人の理屈が完全に間違っていると思うわけでもなく、私は退屈な時間を過ごした。

大衆が、その理論について全く疑わず、以前からあたかも真実であったかのように語っていたとしても、そこに「批評性」を持つことが、大学院を出たプロフェッショナルであるあなたたちの使命なのだと、大学の教授は熱く語ってくれた。だから、そのような視点は本当に重要なのだと思う。

私はその人の話を振り返りながら、大学院のとある後輩との会話を思い出した。その女の子は、海外のボランティアに興味があり、そのテーマで研究をしていた。しかし、あまりに客観的考察が乏しく、学術的な論文ではないと教授陣にたたかれ、落ち込んで私に相談に来たのだ。私が彼女に言ったのは「正しい理論が人を幸福にするわけではない。あなたがその世界に何かしらの魅力を感じたならそれは真実で、それを伝えればよい。ただ、論文である以上、学術的な体裁は必要だ」ということだった。彼女は、ずいぶんと納得してくれたようだった。

10年近く前に話したその考え方は、今も変わっていない。いや、むしろ大きくなっていると思う。正しい正しくないではなく、感覚的に「何となく良い感じがする」方向へ進むことが、今の私にとっての判断基準の一つである。上司の話は、私にとっては「正しいのかもしれないけれども、何となく良い感じがしなかった」のである。

スポーツジムで、自分の身体を限界まで動かした後、外気に触れた時の心地よさは言葉では言い尽くせない。要は、その気持ちよさをずっと感じられるよう、地球の環境問題とは付き合っていけばよいのではないかと自分なりに考えている。

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