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原動力としての書

2014年07月26日 09:34

『日本の身体』 著:内田樹 を読む。

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内田さんの本は、これまで3冊読んだ。全て新書で購入した。抱く感想は、ある意味いつも同じである。

内田さんの本は、あまり購入する気にはならない。なぜなら、ブログで繰り返し繰り返し同じことを述べているから、わざわざ本を買わなくてもよいように思えてしまうからである。しかし読んでみると、とても意義があるというか、元気づけられる。

私がとても印象に残ったのは、この一文である(きっと他の人もそうであろう)

「私が「日本人は固有の身体文化を有しており、それは自然への深い親しみの感情によって彩られている」という仮説にこだわるのは、私たちの手元に使える武器がもうこれしか残っていないからである。」(太字は、本文ではルビ「・」)

先日の集団的自衛権行使容認が、我々の日常にどのような影響があるかは分からない。ある人は「この日、日本の戦後が終わった」と言っていた。私は、この決断が戦争へ歩を進めることになるか、一概には言えないように思うが、ひとつ思うのは、(TPPと相まって)日本がグローバリズムの波にのまれる可能性が、徐々に高くなってきたということ。それは、日本がこれまで奇跡的に保ってきた「日本文化」というものが、徐々に瓦解するかもしれないということである。

ここでいう日本文化とは、京都に代表されるような伝統文化でも、秋葉原のオタク文化でも、江戸の下町文化でもない。日本人が無意識に行っている動作である。

東日本大震災の時に、被災後、日本国民が混乱を(あまり)きたさず、復興作業にあたったことが世界から称賛されたが、これは、自然の厳しい列島で暮らす我々が、根本的にもっている性質と言うこともできる。文化とは、より水面下にある、そこで暮らす人々を根本から規定するものであろう。それが、変容する可能性があるということ。

ただ、このように書いてみても、やはりしっくりこない。どこか、学生の頃ゼミで書いていた文章のようだ。もはや、私は「日本は・・・」など、語る気にはならない。こんな小さな世界においても、まだまだわからないことがありすぎる。世界は大きすぎる。

でも、だからと言って、国際政治に無関心というわけにもいかないであろう。もう、私は若くないのだ。大きいことを言おうとも、やろうとも思わない。小さくても良いから、それが正しいのではないかと、少なくとも私の身体がそう応えるようなことをしていきたい。

何か、前に進む原動力となる意味で、内田さんの言葉は、やはりすごい。
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