今の生き方

2014年07月19日 21:23

先日、久々に上司と飲んだ。上司ふたりは共にアラフィフで、本社にいた時にお世話になった方々。3年程前、毎週のように定例後飲んでいた。その頃から、ある程度気楽に話せるありがたい上司だった。

その席で、ちょっとした驚きがあった。私が所属する企業は大手の為、ある程度の給料は保障されている。上司達は、世間一般から見ればそれなりにもらえているのだが、月の手取りで考えると、何と私と同じであった。

理由は簡単で、管理職である上司達に残業代はつかないが、私は残業代がつくため、それが差を埋めているのである。つまり、手取りは同じでも、あくまで私は残業代でカバーしているので、年収と言う意味では全く異なってくる。

昇給すれば徐々に給料は上がるイメージだったので、何というか、ちょっとした寂しさのようなものも感じつつ、自分がそれぐらい貰えていることに、ちょっと不思議な感じだった。

今日、ランニングマシーンを走らせながらテレビをみていると、生活保護改正法についてニュースが流れていた。被保護者がいる場合、状況によっては、親族がその保証に協力するよう要請があるらしい。その要請が私には来ていないということは、私の親族に生活保護を受けている人はいないということであろうか。

私はこれまで、お金に困るという経験がない。元々酒、煙草、女、ギャンブルをしないため、倹約家(?)ということもあるが、学生の頃から「学費を稼ぐために時間をつかうなら、そのお金と時間で今しかできない経験をしなさい」という両親の教えの下、私はありがたい程、学生時代は自分の好きなことに没頭した。

会社を辞めるということは、しばしよく考えてきた。常にそれは頭のどこかにある。贅沢なことだと皆に言われるが、人が生きるということは、給料を貰うことそのものではない。人が生きるのは、目の前にいる大切な人か、目の前にいない誰かのためである。もはや、その二択しかないかと、最近思っている。

給料は、そのひとつの方法論でしかない。しかし、現代の日本においては、重要な方法論であることは間違いない。これから、目の前にいる大切な人のために生きるか、目の前にいない誰かのために生きるか、それはわからないが、自分なりに生きて、その都度汗を流せばよい。そんなことを思った。

スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://porcorossolecorb.blog10.fc2.com/tb.php/1390-92efb144
    この記事へのトラックバック


    最新記事