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カッコイイ建築家

2014年06月02日 23:38

この4月、会社の先輩が退社した。デザインをしたく入社したが、まわされた部署はデザインとは程遠い部署で、自分の人生を考え直し、某有名建築家アトリエに入った。私は、私自身が会社に対する反骨心があったからか、その先輩に好かれ、何度も飲みに連れて行ってもらった。

私も、この会社にずっといる気がなかったため、同じ志を持っている意味で、その先輩には共感する点があったのだが、会社を辞める頃から、徐々に気持ちが離れていった。

会社を批判するようになったからである。批評ではなく批判であり、かつての私がそうであったこともあり、心が離れていった。彼のなかで、辞することに対するためらいがあり、それを振り払うため、自分を鼓舞するためであったのだろうが、どうしてもカッコ良く思えなかった。ダサく思えた。

会社を辞めてから、彼のツイッターはフォローしていた。(おそらく)正直な気持ちを吐露したツイートは、それなりに好感が持てるものでもあった。ただ、かつて自分がいて、社会的に保護され、多くのものを失ったかもしれないが、しかしそれと同時に何かを得ていたかつての場所について、悪口を言う最近の姿は、とても情けなく思えた。

この会社の設計部は、デザインには向いていないかもしれない。しかし、そのデザインとは何かね・・・?新建築に掲載されることか?一部の建築マニアをうならせることか?多くの人を喜ばせることか?名声を得ることか?私は最近、(所謂)流行りの建築雑誌を読まなくなった。社寺建築や木や森についての本を読んでいる。いつか、とある教授が発した言葉。「なぜ君がコルビュジエを知っているのか?」。私はその言葉を直接聞いていないが、今とても響く。

私もかつて、この会社には何度も絶望した。しかし、今考えてみると、それは建築の質ではなく、社会的評価でもなく、それに携わる「人」についてであった。誰も見向きもしない、評価もされない建物を、しっかり社会的な責任を持ち、接している人々は、とてもカッコイイ。

先輩を批判する気はない。でも、少なくとも今は、今の私からは、どうしてもその姿をカッコ良くは思えないのだ。
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