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小さな建築

2013年11月24日 10:37

考えさせられる文章を読んだ。青井哲人先生の、豊川斎赫先生著『丹下健三とKENZO TANGE』についての批評(感想?)についてである。

群像の貴重な証言集めた労作。私たちはその声をどう聞くか──豊川斎赫『丹下健三とKENZO TANGE』

両方「先生」なのは、学生時代、共に教えを請うた方だからである。

『丹下健三とKENZO TANGE』は読んでいないが、学生の時講義を受けていたので、何となく内容はわかる。ただ、(所謂)大きな物語の復権が謳われているとは思っていなかった。やはり、何でも読んでみないとだめだな。

青井先生が批評的に書いていることについては、学生の頃、頭では分かっていたが身体が理解していなかった。先生の本も『植民地神社と帝国日本』の方が、『彰化一九〇六年』よりも憧れがあった。本の体裁としても、前者の方がどっしりしているし・・・

青井先生がおっしゃっていたようなことが、身体に溶けていき、身体で理解できるようになったのは、ごく最近のことではないかと思う。つまり(近代的な意味での)大文字の建築のみが、世界を語ることができるのはないということを・・・。

でもそれが分かったのは、やはり自分が優秀ではなかったからかもしれない。建築も、スケジュール通りコスト内で設計を納め、法的な条件をクリアすることだけで今は一杯一杯である。逆に言えば、小さなことでも、ひとつひとつ出来ていくことに喜びを感じる(純粋に喜びを感じてしまうことに、私自身疑いの目を持っているが・・・)。

もうひとつは、やはり「人」であろう。人は、物以上に数量では測れない。これもハイデガーの教えが、今になってやっと分かるような、そんな感じである。日本国民を幸福にする国家的な建築と、ひとりの人を幸福にする小さな建築に、ヒエラルキーは存在しない。

Yくんも、読んでみると面白いかもよ。
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コメント

  1. 静岡のY | URL | -

    Re:小さな建築

    久しぶりです。
    私も先週この記事を読みました。
    10+1webは時々アップデートされているので、時々チェックしてます。
    10+1webではこの記事の前に、丸山先生がレムの「錯乱のニューヨーク」について議論してました。
    今回の青井さんの批評文の最後(「敬意」という段落)は、少なからぬ思いが込められているように感じましたが、私としては「もの」としての建築にも、やはり興味があります。
    また話しましょう。
    それでは。

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