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週末備忘録

2017年01月22日 20:53

1/17(火)
字を書くとき、ペンを軽く持つことを心がける。すると、しっかりペン先と紙の質感が伝わってくる。字も、自分の意志にそうように書ける。

1/19(木)
朝から身体が重い。気持ちの問題だと思われる。やはり、精神的にきつい。
俵屋さんを予約する。
コンペは、とても順調にいく。この会社での成長は感じる。

1/20(金)
ここ数日、さだまさしの『風に立つライオン』をよく聴いている。ブータンに憧れていた時とは異なる、より具体的に、身近で、温かいものとして、である。
以前竣工した掛川案件を見る。かつてより、とても綺麗に、しまって見えた。施主が、しっかり管理しているからだと思う。
午後本社へ。社寺の方とお話をさせて頂く。異動に関し、具体的に進捗があるわけではない。しかし、「まず設計として、うちの会社としてのスタンスをもっていることが重要」という話は、とても良かった。

1/21(土)
朝、諸々雑務をこなし、茶道の自主練。それから、茶道教室へ。
この日は、袴の着付けを習う。それから、終日茶道教室。
茶道は、以前よりお点前が雑になっているように感じる。物と物が接触するとき、より静かに、優しくすべし。そうすると、色々なことが上手くいくように思う。

1/22(日)
午前、近くのアピタへ行き、エプロン、糸、針を買う。どれも初釜用である。それから、スタバで茶道のお勉強。
これから、茶道に身を置こうと思っているのだから、やはり真剣になる。そして、やはり楽しい。
車で茶道教室へ。初炭と濃茶の練習。急に正客をすることになったので、そのことで頭がいっぱいになる。特に、千鳥の盃がわからん。
夕方、車で帰宅。さんちゃんが、今日はいつも以上に身体になじんでいるように感じられた。さんちゃんと、京都の職人さんと、茶道の出会いはリンクする。さんちゃんとも、仲良くなってきたということか。帰りは、少し窓を開け、辻井さんの曲を聴きながら、いつものように帰った。週終わりのこの風景は、なかなか憂欝なものであるが、ふと、一年前の壮絶な日々のことを思うと、よくやったもんだと思える自分がいる。
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57_床

2017年01月21日 22:40

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京都Soilさんで頂いた、スウェーデンの建築の飾り。
具体的にどういう意味があるかわからないが、何か御神体のように、勝手に感じている。
持った質感や重量が、とても気に入っている。
私が関わりたいのは日本建築であり、北欧とは違う世界だが、本質的には同じである。

拝啓Yくんへ

2017年01月18日 21:24

コメントありがとう。

この結論は(といっても、まだ何も結論を出していないですが)、私にとっても意外でした。
上司の言葉ではなく、私の判断そのものが、です。

まだ、言葉にする段階ではありませんが、
やはり、愛がなくてはだめ、ということかと思います。
そして、愛は理屈では定義できないということかと。

希望という言葉も、なかなか難題ですが、最終列車を見送った後の風景が、もしかしたら希望そのものなのかもしれません。
これも、よくわからず書いています。

愛がなく、何かを生みだそうとすることは罪です。

今は、正義でも、哲学でも、建築的意義でもなく、ただ、愛と楽しさを思って、温かい気持ちのなか、こんなコメントを書いています。

また、会おうぞ。

251_無鄰菴(京都市東山区)

2017年01月15日 23:13

山縣有朋の別邸で七代目小川治兵衛の作庭。「無鄰菴」と名付けられた山縣邸は三つあり、第三の無鄰菴が京都・南禅寺参道前に造営した別邸で、「無鄰菴会議」の舞台ともなった場所である。

吹雪のなか、広間でお茶を頂いた。硝子戸のみの被覆。こうやって見ると、本当に日本建築とはペラペラである。その、儚さに希望を見出すことは、もはや建設では無理なのかもしれない。寒いが、やはり美しい。

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週末備忘録

2017年01月15日 23:12

1/10(火)
笑うことをテーマとする。そうすると、周囲の環境とうまくいくような気がするが、仕事が集まってきてしまうようでならない。笑うということは「不快ではない」という意思表示。今いる環境が「不快社会」であるならば、笑顔はもろ刃の剣。
夕方、上の方より「この4月の異動はなさそう。長期的に異動は考えろ」と話があった。その瞬間、目の前の風景が遠のく。なるほど、自分は、やはりこの風景の先に希望を見ていたのだ。しかし、それがなくなってしまった。
動く。

1/11(水)
異動のショックから立ち直れないなか、不条理なスケジュールのコンペ。とれる見込みはなさそうだが、それでもスケジュールは進む。辞めよう、と思う。

1/12(木)
午前は、とある現場の施主打合せで外出。年末、電話で怒鳴られた件。自分は無関係だと思うが、致し方ない。逆に気持ちは晴れている。しかし、朝辻井さんの音楽を聴いていたら、涙が出て来てしまった。
色々なことを焦らず、しかし、しっかり動くべし。

1/13(金)
朝、ふと思う。今が、最終列車だと。
社寺設計の道ならまだしも、大工(というか数寄屋建築家)の道を考慮するなら、現在32歳、既に遅い。
私の目の前には、かすかに数本の列車が見える。それは、選択肢でのひとつではなく、最終列車なのだ。乗り遅れたら、どこへも行けない。
思えば、色々な人が、その列車を見送ってきたのだろう。もちろん、いつが最終かは個人が判断する問題だ。列車を見送ることもひとつの美しさであるが、私は、列車に乗ろうと思っている。

1/14(土)
朝、11時まで寝る。そのおかげで、身体は健やか。身体は、一番の親友である。彼が喜ぶことは、誰かを喜ばせることに繋がる。きっと。
午前中、転職希望先にお手紙を書く。ゆっくりと。これが正しいのかよくわからない。もしかしたら、とてつもなく問題になるかもしれない。それでも、仕方がない。自分なりに、誠意を持って行動したのなら。
大雪にて茶道稽古が中止になったので、自主練。濃茶と初炭をそれぞれ2回ずつ。お稽古が終わったら、京都へ。
大雪の京都。マフラーに、バックパックに、ニューバランスとフル装備。リバーさんそばの家庭的な(?)イタリアンを美味しく頂き、お風呂に行ってから、就寝。とても暖かいリバーさん。

1/15(日)
美味しい朝食を頂き、外へ。三十三間堂で弓引き初めを見る。射っている姿は見えなかったが、晴れ着姿の初々しい男女をお目にかかり、晴々しい気持ちに。大学センター試験を受けた諸君も、良い結果であればと思う。
それから無鄰菴へ。雪吹雪く中、美しい庭と茶室と洋館を見る。感想は別記。
お昼は中華。身体が温まる。それから、蔦屋で本を見ながらリラックス。楽しい時間。
向かいの図書館へ行き、お茶と陰陽五行の本を見て、ライカの本を読む。カメラについても、検討中。
その後、Soilさんにて、北欧の守り神(と私が勝手に思っている)を頂き、三条で洋服を見て、ユニクロで見立ててもらう。洋服については、もう少し勉強要である。
職人さんと別れてから、ヨドバシカメラでカメラを見る。結局は、Sony RX100でしょうか。買う意味があるのか、色々考えつつ。
雪の影響で、ゆっくり運転の新幹線にて名古屋へ。明日からを思うと、気持ちが落ち込むが、かつて身体共に疲弊した時期に比べれば、かなり楽である。考えれば、あの時は地獄だった。
そして、想う対象が私にはある。これ以上、何を望もうか。

前へ踏み出すための本

2017年01月14日 15:53

『自分思考』 著:山口絵里子 

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名古屋のマザーハウスに山口さんが来られた時に、サインを貰った本。正月、実家にて読了。わかりやすく、読みやすい本であり、山口さんがいつも言っているようなことが、いつものように書かれていた。今の私にとっては、とても勇気づけれた。

『走ることについて語るときに僕の語ること』 著:村上春樹

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前に一度読み、それなりの影響を受けた本。村上春樹が小説家になろうと思った瞬間をもう一度感じたく、文庫本を購入し、再度読んだ。やはり、この本は重要な本だ。私は、彼の小説をそれほど読んだわけではないし、これからも読もうと思っているわけではないが、彼については、この本を読むだけで、十分信頼できると思える。

56_床

2017年01月14日 15:43

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コルビュジエの椅子。大学1年のときに、サヴォア邸で購入した。
今みても、やはり美しいと思う。
しかし、私の美の観点は変わった。
でも、今でも「建築家は誰が好き?」と聞かれれば、やはり「ル・コルビュジエ」と答える。

250_両口屋是清八事店

2017年01月09日 21:04

中村昌生氏設計ということで、一度は見とかねばと足を運ぶ。木造(かな?)の美しい数寄屋建築である。私にとっては、この程度の規模が最適である。巨大建築と比べても、どこでディテールを詰めるかという密度でいえば、決して負けない。
立礼席は、不思議な模様がちりばめられ、妖艶であった。
模様の力はすごい。機能が伴わない分、恣意性や、創造性があるからだろうか。

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55_床

2017年01月09日 21:01

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名碗、ルーシー・リー。
出会ってから1年が経とうとしているが、美しさが消えたことがない。

新年の抱負

2017年01月09日 20:55

もう既に遅いかもしれないが、言い訳はある。
ふと大切なことを知り、思いだしたからである。

ひとつは「身体は他者である」ということ。

松浦弥太郎が「おもてなし」というテーマで話をしているとき「美味しいものを食べること」ということを語っていた。何気なく聞いていたのだが、ふと「身体は他者である」ということを思った。すると、美味しいものを食べるということは、「他者」に対してのおもてなしである。そして「私(と認識しているような何か)」からすれば「他者である身体」は、永遠に付き合っていかなくてはならない親友であり、その親友を通して、あらゆる方々と接する。故に、自分の身体にとって心地よいことをしてあげるということは、私自身に対する贅沢ではなく、他者、そして、この世界で接する人々に対するおもてなしなのだ、ということ。

そして、笑顔が大切である、ということ。

松浦弥太郎も言っており、山口絵里子さんも書いており、年始にお茶の先生にも言われた。そして、京都の職人さんにも。年末の社内衝突を思い、年始は笑顔でいた。といっても、そんな簡単に笑顔は作れないが、頬を上にあげ、人と話すと、これまでは大して面白いと思わなかったことが、みなと一緒に笑える。それはきっと、笑うための準備だ。そして、良い空気の流れを作るための準備である、と。


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