古内東子の言葉

2015年10月25日 21:45

大事なものがどんどん増えていく
ひとつひとつ守ってく
明日には今日より光が見える
そんな自分でいたい

『Beautiful Days』 古内東子 より
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素敵な週末

2015年10月25日 20:02

土曜日、早朝から御茶のお稽古。しかし、今日は御茶会。どんなものなのかと思いきや、いつも以上にフランクで楽しい会であった。私は薄茶会に参加した後、喫茶店に避難しながら仕事をこなし・・・と思ったが、結局現地を見ないとこれ以上スタディを進められないことがわかり、本を読み、夕方の御茶会ビュッフェへ。

老若男女入り乱れ、圧倒的に男性陣が少ない中で、最初はポジション取りに迷ったが、途中からはとある女性と白熱トーク。三島由紀夫から始まり、建築、法律、政治、文化・・・こんな白熱した論戦は、いつ頃以来だろうか、と思うほど。異なるフィールドということもあり、とても新鮮だった。そう思うと、私は現代の建築家が嫌いなのかもしれない。いや、彼らを「建築家」と思えないということかもしれないが・・・。

夜は仲の良い男友達の車で送ってもらい、なぜか独身男女が多い御茶会であるがゆえに、結婚の話で盛り上がり、家に着く。


日曜日、始発にて御殿場へ。土曜日スタディしていた仕事の現地視察。たまたまYくんの地元であるため、YくんとYくんジュニアくん達に会いに、新幹線にて。

御殿場は、名古屋や京都とも異なる空気感で、清々しかった。Yくんの車で、けいちゃんとたーちゃんに遊んでもらいながら、保存された農家と内藤さんの建物(富士高原研修所)を見学した。けいちゃんとたーちゃんと建物との接し方を見ている方が面白く、ディテールの写真などは撮らなかった。なんとなく、偉い先生方の建築論を聴くより、彼らがどのように振る舞うかを見る方が、よほど面白い(と、友人の子供を愛でる自分もどうかとも思うが・・・)。

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御昼は、Y君宅で、奥さんの料理を頂く。けいちゃんが生まれる前に、一度泊まりに来たことがある。その頃は、とてもモダンな空間が流れ、Yくんと奥さんの相変わらずのセンスの良さを感じたが、今はそれに加え、彼らのセンスが加わっていた。

行き帰りに電車は常に熟睡。ちょっと気になっていたパスタ屋で夕飯を取り、家にて今週の気持ちを整える。

さてさて

風景-53

2015年10月18日 20:44

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緑化するのか、建物を建てるのか・・・。矛盾を同一化しているところは、西田幾多郎の哲学を思わせる・・・?

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寮のそばで見つけた喫茶店。何かのアニメ映画に出てきそうな、不思議な空間。

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行きつけの京都駅内カフェ。早朝の、まだ人が少ない店内と、それでも歩きまわる店員さん。

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寮のそばで見つけた、建設中の住宅。朝見たら鉄骨の建て方完了時で、スリーブが均等に開けられた鉄骨とその構成は美しく、しかし、数時間後には、表面に「張りぼて」が貼られていた。張りぼて・・・というのは、蔑んだ言いまわしではなく、「何かを似せて作った物」と、ここでは言いたい。良い悪いは知らないが、やはり、考えてしまう。

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自然なのか人口なのか、美しき空虚。

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田舎の喫茶店のトイレ。別段、高級感もしゃれっ気もない明るい店内なのだが、トイレだけはやたら暗く、異世界を思わせた。確かに、日常のなかで、トイレくらいは暗くても良いかもしれない。

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名古屋市覚王山にある揚輝荘。かつて栄えた社交場。とある施主から勧められたので、足を運んだ。特徴的な外観よりも、網代天井の方が気になった。大学一年の頃、洋館が好きで、いくつか見て回ったりしていたので、ちょっと懐かしい。

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商業地域で出くわす、カオナシ建築。表はめいっぱいお化粧しているが、それ以外がのっぺらぼう。

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逆に、住宅街で見つけた端正な住宅。庭の大きな石が何を示しているかわからないが、佇まいが美しい。

俗っぽく

2015年10月18日 20:07

先日、とある案件にて、私が設計責任者になった。情報漏洩・・・することはないと思うが、社内的な諸般の事情により、私が設計責任者になることになった。

設計責任者になったからといって、何かが大きく変わるわけではない。しかし、私はこれまで働いてきたなかで、設計責任者になった人は、若くても45歳程度だったため、かなりの違和感を覚えた。

上司がどう思っているか知らないが、自分の能力によって設計責任者になったわけではないため、別に鼻高々ではないが、しかし、気持ちが引き締まることは確かである。法的な責任があり、自分の名前が一番上にくるのだから。

こういった経験をするたびに、自分は至極庶民的だと感じる。こんな小さいことで、才能のある人は心が動いたりはしないのであろう。

私は庶民的で俗っぽい。とってもいいことです。

下手であるということ

2015年10月18日 19:59

最近、私の携帯は悲鳴をあげているらしい。あまり理解しているわけでもないのだが、パケット通信料がオーバー(?)しているらしく、容量をあげない限り、通信速度が下げるらしい。といっても、特に何も手続きはしなくても、日常使いと変わらないが・・・

その要因は、Youtubeを観て・・・いや、聴いているからである。最近は、なぜかドラマ「古畑任三郎」を何回も聴いている。良くできたテレビドラマだと思う。こういったコミカルな、大衆的なドラマを生み出せるのは、やはり天才だと思ったり・・・

音楽も聴いている。先日は9月ということもあってか、竹内まりやの「September」。今月は特に理由はないが、古内東子の「Beautiful days」。しかし、やはり心情とマッチしており、先月はどこか季節が移ろう寂しさを、今月は、温かい冬への光を感じるような、そんな時間だった。

竹内まりやや、古内東子の唄を聴きながら、思う。彼女らの声は、どこか現代に消費されないものがあるようにと。その要因は何かと考えると、彼女らは、一歩間違えれば「下手」ではないかということ。声に特徴があり、何というか、単なる美声ということだけではなく、多様性がある。彼女らに声が似ている人が歌を唄ったら、結構下手だったりするのではないかと。

女優もそうである。ある時期から、田中裕子の存在の大きさを強く思ったが、彼女は美人であるが、と同時に庶民的にもなれる。しかし、田中裕子似の人がいたら、結構庶民的で存在感のない顔立ちだったりするのではないだろうか・・・。

全て憶測であるが、何となく思うことは、現代は、あまりに無難に上手いもののみをすくい取り、下手なものを排除しがちであるということ。そのために、確かに上手いし、きれいだが、時代に消費されやすいものばかり、市場に溢れているのではないかということ。

無論、市場経済とはそういうものであろうから、当たり前のことなんだろうけども、でも、それはやはり、ちょっとつまらないと思うわけで・・・

贅沢

2015年10月16日 21:19

昨日、ビルケンシュトクのサンダルを、修理から引き取った。ソールがボロボロだったのである。購入してから数年経つが、どこでも履いていた。

同じ頃、ポーターの鞄を修理に出した。マジックテープや、チャックの部分が切れており、鞄としての用途を段々満たさなくなっていた。高校生から使っているから、無理もない。むしろ、こんなに使いこむことができるポーター製品は、やはりすごい。こちらは修理に3カ月かかるとの事だったので、まだまだ時間がかかる。

これまで長い間使ってきたものを、修理に出すということ、そして、それを待つということは、とても贅沢なことである。共に、修理費は1万円である。その値段で、違う物も買える。

でも、修理するということは、これまでの蓄積に上に、これからが乗っかるということである。時間をかければかけるほど、自分と同化していく。

こんな贅沢は、なかなかない。

遠い建築 近い建築

2015年10月16日 21:09

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ほっこり

2015年10月15日 22:12

最近、ウキウキしている。着物を着てからである。着物を着てから、世界が変わった。まだ2回しか着ていない。それでも、世界が変わったと言い得る。

着物は、実に気持ちが良いのである。洋服と違って、かなり開放的である。身体の中まで、風が入ってくる。そして、着物は実に儚いものである。ジーンズなどとは異なり、傷めつければ、すぐに消えてしまうような、そんな儚さがある。

いつか、とある職人の見習いさんが言っていた。布は、刺繍は永遠ではないと。確かに、千年単位で残る建築に比べれば、彼らの命は短い。しかしそうであるからこそ、肌に触れた時、羽織った時の「時間」を、これでもかと強く感じるのだ。あの少年が、金閣寺と融和したのは、金閣寺に、いつか消滅してしまうという「時間性」を感じたからである。布には、そんな魔力があるように思える。

私は着物を着ることで、初めて自分の身体と和解した。この、全体的にこじんまりとした、足が短く、なで肩で、現代のファッションモデルとは似ても似つかないこの身体と、一枚の布を介し、私は初めて融和した。

三島が自分の身体と融和したことはあったのだろうか。結局のところ、どんなにボディビルで身体を鍛えても、戦闘機で宙を舞っても、彼が自分の身体と融和することはなかったのではないだろうか。問い詰め問い詰め、結局、死を持ってしか、彼の理念と身体は融和しないと意識し、しかし、それでも・・・

最近、どんどんお金を使っている。しかし、そのコツを覚えた。それは、誰かと繋がるためであれば、金は惜しむべきではないということ。着物は、何か空気に身体を投げ出すような、そんな快感がある。それも、自分は無防備であると・・・。それは、もっとも有効なコミュニケーションツールかもしれない。

私は今、自分の夢を感じ、浮遊感を覚えながら、安心感を覚える人と時間に包まれ、徐々に自分の生まれ故郷を、発見しつつある。

週末備忘録

2015年10月12日 23:19

土曜日、午前中美容院に行き、その後喫茶店にて太宰治を読む。午後はベランダ水槽の掃除をしてから、歯医者へ。夕飯は蕎麦を打ち、本を読みながら、古畑任三郎のスペシャルをYoutubeで観る。

日曜日、午前中は本を読んで過ごす。午後は着付け教室とお茶の稽古。初めて着物を着る。着物に慣れるため、外を歩いたりしたが、とても心地が良い。ずいぶんに合うと周りに言われた。自分は体系上、和服の方が合っているようである。お茶の所作も、和服の方が好ましい。

月曜日、始発にて京都へ。午前中は京都の見習いさんと落ち合い、表千家北山会館にて展示を見て、草履を買いに四条へ。その後、羽織紐を購入しに、男性用着物店も。その後、喫茶店でゆっくりし、見習いさんと別れてから、以前伺った竹屋さんに行き(休みだった)、その後、楽美術館へ。利休好みの黒楽茶碗は、ぞっとする程美しい。その後名古屋へ帰宅し、着物を着る練習。そして、諸々のまとめ。

また、平凡な日々が始まる。くりかえしくりかえし・・・。

私の古典

2015年10月12日 23:01

『住まいの探求 増沢洵:1952-1989』 を読む。

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ずっと探していて、ヤフオクでやっと見つけ、即購入した。増沢洵と設計事務所設計の住宅建築を、作品集としてまとめている。読んでみて、改めてこの建築家は信頼できると思い、自分自身の、建築家としての指針にしようと思った。

作品と、彼が書いた文章を読むと、大きく2つ気がつく点がある。

ひとつは、彼の思考について。1952年から1989年といえば、戦後モダニズムからメタポリズム、ポストモダンと、さらにポストモダンの終焉が謳われる時代、それを横断しておきながら、彼の思考は常に一貫している。それは、所謂「時代性」というものに、ほとんど影響を受けていないような、そんな印象を受ける。いや、逆説的にいえば、彼ほど時代に影響を受けている建築家もいないともいえる。彼は、経済性について、他の建築家と比較するとしつこい程言及している。普遍の建築を目指しているように思えながら、その時代の規格品をどのように採用するか、実によく考えられている。それはいわば、物語としての「時代性」に興味がないということかもしれない。それは、行ってみれば頭のいい文化人が描いた物語でしかなく、(大文字としての)建築家の延命手段でしかなく、しかし、彼はまったくそれに乗ってこなかった。

もうひとつは、彼の設計した住宅について。語弊を恐れずに言えば、彼の住宅はほぼ4パターンしかないのではないかということ。
①平屋ほぼ一室空間(「コアのあるH氏の住まい)等)
②吹き抜け2階建てほぼ一室空間(「自邸」等)
③ピロティによる、上層平屋ほぼ一室空間(「CASE STUDY HOUSE No.3」等)
④2階建て大屋根(一連の大屋根住宅)
(※その他、合理的な上下階同一ヴォリューム積層型もあるが・・)

私は以前、彼の建築を考えた際「まず空間がある」ということを考えた。それは、①~③について考えたものだった。①~③の代表作は、そのまま彼の傑作と呼ばれ、④については、あまり評価を聞かない。この本を読み、④は①~③の統合ではないかと、勝手に考えた。①~③は、住宅設計条件としては、特異な方である。
逆に、2階建てで、共用スペースを1階、個室を2階に設けることは、とても一般的である。彼のすごい点は、それを否定しないということである。至極庶民的で、素人的な発想の建築ダイアグラムであっても、彼は施主がそう望むのであれば、そして、それが社会的に流通し何かしらの意味があるのであれば、そこには乗る。言ってみれば、1階に共用スペース、2階に個室という、現代住宅の一般化では、「名作」は生まれづらい。全体の形態は安定的で緊張感のないヴォリュームとなり、内部空間の躍動性もないが、彼はそこにこそ、建築の意味を見出していたような、そんな気さえ起きる。

私の解釈よりも、彼の言葉を記しておいた方がよっぽどよい。

「所求第一義」(中略)この言葉を私は私なりにこう理解しています。「今なにが大切かを考え、大切なことを大切に考え続けなさい。そして、大切でないことを大切そうに考えるのはやめなさい」

事を定め、それを実行していくには、頭と体を一緒に使う、自然を大切にする、よい建築を目測する。

設計が対象とするすべてのものは矛盾の上に成り立っているからである。

昨今かつての機能主義建築に対する反省がしきりになされているが、私は機能主義の建築のいたらなかったところは、機能主義によって補っていきたいと思っているのである。

棟上げの日は、たいがい、棟上げの時がよくてね、だんだん悪くなるんですけどね(笑)。まあ、それは余談にしても、棟上げで勝負できる家がいいんじゃないかとね。

やはり図面っていうのは正直だと思うんですよ。明快に描けば現場の作業も明快にできるんですね。それはやはり、現場主任さんなり何なり、やってくれる職人さんが、読んで何か感じてくれると思う。さっきその我慢するっていうのが必要だという話があったけども、我慢しながら描いているわけね。それで、これを描くのに我慢しているんだよっていう気持ちまでわかってくれると嬉しいんですよね。だから例えば現場から施工図を持って来ますよね。あれはみんなフリーハンドで直して、ダメなところは、赤なんかつけて返すでしょう。でも僕はあれば良くないと思うんですよ。そういう雑な感じが現場に伝わって、いい影響はないと思いますよね。僕は現場から返ってきた図面っていうのは、わざと、それはイジワルかもしれないけど、執拗に直しますよ、正確に。で、書き入れ字もすごく丁寧な字を書いて、これでやってくださいという気持ちで返すわけね。
(中略)
これを描くのにこのくらい苦労しているんだっていう、苦労の度合いをわかってもらいたい。そうするとつくる側も、ちゃんとつくりましょうって気になるんじゃないかな。だから図面は、雑な感じで描かないようにしたい。ただ非常に個性豊かな人が描くのは、いいとは思うんですけどね。それでもやはり普通に描くのがいいと思いますね。

単純性というのは芸術における目標ではない、しかし事物の真の意味に近づくと誰でも自分自身に反して、単純性に到達してしまう。

木造住宅では、真壁か大壁か迷います。でも、真壁のほうが造形的にやや優位のように思います。また仕上げられた天井よりも、床組や小屋組があらわれている構成に魅力を感じます。その理由をひと言でいうと、双方ともはりぼてでないからです。
(中略)
そこには現実を超えたひとつの世界をつくりだすリズム、あるいは秩序へのあこがれとそれをつくりだす喜びがあり、それが芸術性を高めてゆくのではないかと思います。あいまいに仕上げられる壁、床、天井、すなわちはりぼての建築では現実の世界を超えることはできないと思うのです。

といって自分がつくるものをうまいとも思いません。うまいかまずいかといえばまずい、いつもうまい人がいる筈だと思っています。そういうわけで、はじめからうまいものをつくろうとは思いません。よいものをつくろうと思います。よいものはひょっとするとうまいものになるのではないかという期待はちょっぴりありますが、今まで期待どおりになったことはありません。それでもよいものをつくりたいと思っています。


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