彼らの声を聴くための本

2015年08月23日 18:19

『a+u kimbell art museum drawing collection』を観る。

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本屋で見つけ、一度は躊躇したが、結局数日後購入した。東京では品切れになっているといううわさも聞いたが、a+uを購入したのは、数年ぶりである。キンベルは、今まで出会った公共建築のなかでは最高の感動を得た建築のひとつである。故に、そのディテールを知りたい・・・というよりは、その建築の為に、カーンやその周辺の建築家は何を考え、何に苦闘し、或いは何に妥協したのか、そんなことを知りたかった。
読んでいて思ったのは、単純に、図面がしっかりしているということである。私はこの図面を見ながら、自分が作図する図面のグレードを出来るだけ上げようと思い、作図に向かっている。


『[建築知識版]最高の木材ムク板見本』を嗅ぐ。

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京都の本屋で見つけ、南洋堂から取り寄せた本・・・というか、木のサンプル。いつかYくんの家に木のサンプルがあり、ほしくなっていたが、結構身近に売っていた。値段はそれなりだったが、仕事にも使えるので、重宝しそうである。何より、匂いと手触りが良い。建築には色々な匂いがあるが、私はこの匂いが好きである。

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いつか、建築になることを願って

2015年08月23日 18:02

社寺案件の設計を始めると、様々な変化を感じる。

例えば、社寺建築を作る上では、一番重要なのは仏様や法事といった行事、作法であり、そのために似つかわしい意匠である。意匠なのだ。施主打合せも、社内打ち合わせも、意匠性の問題となる。これは私が想定していたことではあった。今の時代、空間の意匠性が生きるとすれば社寺だろう、と。

ただ、そうすると色々と問題はあり、畑違いの人(大体の建築関係者はそうだろうが)においては、「興味がないか、何を正としてよいかわからない」とし、あまり口を出さない人もいれば、「そもそも伝統的意匠は好きではない」ということで、モダンな構成にするよう話をされたりもする。「モダンな構成」というのは色々とあるだろうが、軽快な意匠と言うことであれば、鉄骨の構成となりやすい。鉄骨造というのは、行ってみれば、表皮をパネルで覆うわけで、そのパネルは、基本的な反復可能な人口建材なのである。

基本的には、そうした建築は好きではあるし、他の用途で設計する場合は、意図的にそういった線や面の構成で外観を形成したりするが、現在担当している社寺建築においては、それは避けたくなってくる。

数寄屋造り風の意匠では、線材で繊細な構成をすることはあるが、今回はそういった建築でないということもある。ただ、私は想像するのだ。鉄骨で頑張って跳ね出し、構造的な工夫をしてところで、では30年後、50年、100年後、その建築は残っているのかと。

未来がどうなっているかなど、私にはわからない。ただ、これまでの建築をみれば、それは、「建築家好み」の繊細な表現よりは、どっしりとした無骨な印象でも、時間とともに風合いを増し、手で触りたくなるような表層をまとった建築の方が、長い間人の手に触れられ、残っていくのではないかと・・・。

いつかの上司(それは、私が尊敬する人であったが・・・)は言った。結局、我々に残るのは竣工写真のみである、と。そのために、竣工写真をフォトショップで加工したり、「美しかったであろう私の建築」を残そうとする。逆にいえば、竣工後は不具合さえなければ、もっといえば、不具合があってもそれを施主が文句を言わなければ、後のことは関心なしと、考えたりもしそうである(それが身近にある建築であれば、そうではないだろうが・・・)。

考えてみれば、「近代建築家」とは矛盾だらけだ。世界で最も必要とされる建築を作ろうと志しながら、それは再生産される(或いはされた)運命にあり、市場の流れの中では、消えていくことを望まれる。

私は、この建築の設計をしながら、竣工時のことではなく、50年後の事を考えている。私が生きているかわからない、いつかのことを考えている。

196_高徳寺(神宮前)

2015年08月16日 22:30

最近は、浄土宗のお寺に目が行ってしまう。手を合わせた後、堂内を拝見したが、仏具の豪華さと、外陣と外部空間との関係性が興味深かった。

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195_松濤美術館(渋谷)

2015年08月16日 22:29

白井晟一の快作。都心の建物郡に囲まれ、その異様さは感じなかったが、館内の官能的な空間に、素晴らしさを感じた。壮大な外部空間からきゅっと濃縮されたエントランスへ。そして、その延長には中庭があり、脇から展示空間が繋がる。ディテールが白井晟一そのもので、これが良いのかどうかは良くわからないが、宗教建築家としては、共感を抱いた。

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194_出世稲荷神社(神田)

2015年08月16日 22:27

蕎麦屋まつやのそばにある。出世稲荷とは私とは無縁のように思えるが、それ故に、興味深く感じた。

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193_三仏寺投入堂(鳥取)

2015年08月16日 22:26

鳥取県東伯郡三朝町にある天台宗の仏教寺院。山号を三徳山(みとくさん)と称する。開山は慶雲3年(706年)に役行者が修験道の行場として開いたとされ、その後、慈覚大師円仁により嘉祥2年(849年)に本尊釈迦如来・阿弥陀如来・大日如来の三仏が安置されたとされる。
鳥取県のほぼ中央に位置する三徳山(標高900メートル)に境内を持つ山岳寺院である。古くは三徳山全体を境内としていた。「投入堂」(なげいれどう)の通称で知られる奥院の建物は、垂直に切り立った絶壁の窪みに建てられた他に類を見ない建築物で、国宝に指定されている。また、三徳山は昭和9年(1934年)7月7日に国の名勝、史跡に指定された。
(wikipediaより)

いつか訪れたみたいと思い、やっと叶った。感想は別記したが、とても暖かいお堂だった。

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192_興禅寺(鳥取)

2015年08月16日 22:25

黄檗宗の寺院。山号は龍峯山。鳥取藩主池田家の菩提寺である。
(wikipediaより)

観音院に続き訪ねたが、どういうわけか、池のあるお寺だった。池をぼんやり眺めていたが、頂いた煎茶と、お菓子が、何かとても印象に残った。夕方訪れたため、睡蓮はしぼんでいたが、それでも、かつての美しさを感じることができた。

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191_観音院(鳥取)

2015年08月16日 22:24

鳥取県鳥取市にある天台宗の寺。詳しくは、補陀落山 慈眼寺 観音院(ふだらくさん じげんじ かんのんいん)と号する。本尊は聖観世音菩薩。境内にある日本庭園は江戸時代初期を代表する名園、観音院庭園として広く知られる。1630年代前半、僧宣伝により雲京山観音院の号で栗谷に開創、1639年(寛永16年)頃に現在地に移り現在の号に改めたとされる。 以降、旧鳥取藩主池田家の祈願所八ケ寺(1709年指定)の一つとして栄えた。
(wikipediaより)

時間があったので訪れたが、庭が美しかった。世界遺産でも国宝でもないお寺の方が、人の生活感があり、訪れるという感覚がある。これは最近、お寺の仕事をするなかで知ったことである。

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190_天理教河原町大教会(京都)

2015年08月16日 22:22

またまた歩いて見つけた天理教教会。こちらは壮大。コンクリート建築の宗教的な扱いは、なかなか考えさせられる。

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189_天理教平安西分教会(京都)

2015年08月16日 22:21

京都歩いていて見つけた天理教の教会。コンクリート造りの宗教建築。コンクリートで宗教的な意匠を作るということで、参考として記録した。

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