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183_熊野本宮神社(和歌山県田辺市)

2015年07月25日 19:30

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182_熊野速玉大社(和歌山県新宮市)

2015年07月25日 19:29

熊野三山の一つ。熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)と熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)を主祭神とする。
(wikipediaより)

そんなに建築的な感動がなく、へぇ~と思って見ていたが、普段はさほど好きではない宝物殿のなかにある「糸花」という、糸で花を形作った象徴物に、私は惚れ惚れしてしまった。小さく、軽く、儚く、それこそ、風が吹いたら飛んで行ってしまいそうであるが、そのぎゅーっとつまった宝物に、私は深い感動を覚えた。

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181_神倉神社(和歌山県新宮市)

2015年07月25日 19:28

熊野三山の一山である熊野速玉大社の摂社。境内地は国の史跡「熊野三山」の一部、および世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部である。
(wikipediaより)

個人的に好きな、得体のしれない自然物を崇拝する神社。期待以上の迫力。僕は拝みながら、この岩に注連縄をした人はどのような気持ちだったのだろうと、そんなことを想像していた。

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180_熊野那智大社(和歌山県東牟婁郡)

2015年07月25日 19:27

京都の職人さんが行きたいといったため、人生2回目の那智大社。前回は雨だったが、今回は台風一過の晴天。滝の勢いはなかなかのものだった。私が「まるで布のようだ」と言ったのだが、中国語の案内で「爆布」とあった。これは日本語でも滝を示すらしい。その後食べたかき氷はみぞれを頼んだのだが、まるで滝のようだと、その人は言っていた。

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179_八幡神社(和歌山県東牟婁郡)

2015年07月25日 19:26

神功皇后が三緯を征して後、新羅国より御凱旋の際、忍熊王の難をさけ、難波から紀水門(現在の安原附近)に御到着、御子誉田別尊(応神天皇)を武内宿禰に護らせて上陸させ、皇后みずからは更に日高郡衣奈まで迂回をして、再び津田浦(現在の安原小学校附近)に御上陸し頓宮を造られ御滞在なされた跡が当社である。御鎮座年代は不詳であるが、欽明天皇の御宇、諸国の神功皇后御経歴の地に八幡造営の詔命があり、当社の創建もこの時と推憶される。

紀伊勝浦に泊まった際、温泉まで歩いた時に出会った神社。「出会った」というのは、隣接された公民館で、お祭りの練習がされており、幾人かの子供たちに促され、見学させて頂いたからである。御夫婦で舞を行うようだが、扇風機フル回転の公民館を走っていたのは、御夫婦と親戚のお子さんとのこと。いつか伝承させるべく、連れてきているのだと、はにかんだ笑顔で話しかけてくれた。「伝統とはなんぞや」と机の上だけで議論しているよりも、よっぽど気持ちがよかった。

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178_橋杭岩(和歌山県東牟婁郡)

2015年07月25日 19:25

和歌山県東牟婁郡串本町にある奇岩群。同町の大字鬮野川(くじのかわ)小字橋杭の海岸から紀伊大島方面へ大小約40の岩が南西一列におよそ850メートルもの長きにわたって連続してそそり立っている。直線上に岩が立ち並ぶ姿が橋の杭のように見えることから橋杭岩と呼ばれている。また干潮時には岩の列中ほどに附属する弁天島まで歩いて渡ることができる。
(wikipediaより)

京都の職人さんの要望で寄った。海岸沿いの、反り立った岩群。しかし、それよりも美しかったのは、弁天島内の神社である。何年も、もしかしたら誰に足を踏み入れていないのではないかと思わせるような、神秘的な神社だった。まるでトトロに出てくる木のトンネルのような参道を歩くのだが、これを見た時、トトロに会えるのは純粋な心を持っているかではなく、服が汚れても、虫に刺されても、ふとした美しい場所にそそられ、足を踏み入れることができるかどうかではないかと、なんとなく思った。

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177_道成寺(和歌山県日高郡)

2015年07月25日 19:24

天台宗の寺院。新西国三十三箇所観音霊場の第五番札所である。道成寺創建にまつわる「髪長姫伝説」(「宮子姫伝記」)や、能、歌舞伎、浄瑠璃の演目として名高い、「安珍・清姫伝説」で知られる。この伝説は、平安時代中期に編纂された『大日本国法華験記』にすでに見える古い話である。拝観の際には縁起堂で「安珍清姫」の絵巻物を見せながらの絵説き説法が行われる。
(wikipediaより)

紀伊地方、というか、地方特有の抜けた景観と、広大な土地に建てられたお寺。五木寛之の百寺巡礼のひとつであり、京都の職人さんが行きたいというので、一泊車旅行で紀伊半島を廻る際、最初に選んだお寺。建築の優美さは、それなりにあるが、なにより、住職さんの絵説き説法がよかった。以前だったら、別段興味はなかっただろうが、それに興味を持てる今を、感謝したい。

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始動

2015年07月18日 19:14

今週は、私にとっては大きな一週間だった。社寺の仕事が入ったのである。現状、金額が合っていないため、今後どのように進めるか、或いは頓挫するかわからないが、来週住職と打ち合わせに行く。

もちろん詳細を記すことはできないが、とりあえず、新建築に掲載されていた私は堀部さんの建築をコピーし、眺めた。今は、プロジェクトが円滑に動くことを願いばかりである。

でも、その話を受けた時、正直嬉しいとかそういう気持ちではなく、寂しさを感じた。この案件が動けば、設計は私主導となり、本社監修となる。つまり、今となりにいる上司に見てもらうことはできない。それは、何となく上司を裏切ったような、申し訳ないような気持になるのである。しかし、今の上司だからこそ、私は自分がやりたいと思うことを、言動で表すことができるのである。

まぁ、ほんとうにまだわからん。でも、もし動けば、私にとっては人生をかけた勝負である。

176_八坂神社(京都府与謝郡伊根町)

2015年07月13日 22:30

山の上から、海へ放たれた神社。きっと、長年漁民の平安を祈ってきたに違いない。山を登りきった時、聞きなれない音がした。何の響きかと思ったが、風の音だった。これほど、風を聴いた神社はない。

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175_舟屋(京都府与謝郡伊根町)

2015年07月13日 22:30

伊根地区にある民家の種類のひとつであり、伝統的建造物である。船の収蔵庫であると共に住居の役割も持つ。舟屋は伊根湾の海面すれすれに建築されている。土台や柱は椎の木を用い、梁は松の原木を使用している。1階には船揚場、物置、作業場があり、出漁の準備、漁具の手入れ、魚干物の乾場や農産物の置き場などと幅広く活用されている。また、2階は居室、民宿といった生活の場となっている。
(wikipediaより)

なんだかんだで、出発から8時間程度かかったが、来て良かった。純粋に、ある意味ミーハーに、綺麗だった。海に面しているが、背景は山の為、家に囲まれた道路は、地中に埋設されているようであり、不思議な感覚だった。この街の魅力は、海に開かれている場所よりも、むしろ、その背景にあるように思えた。

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