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見ることがなかった河

2015年06月29日 22:16

『深い河』 著:遠藤周作 を読む。

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京都の職人さんに勧められ、読んでみたが、良かった。何というか、自分では自ら進んで読まない部類の本であり、これを読む人の気持ちを伝わるような、そんな本だった。

インドを舞台に、様々な人の想いが交錯するのであるが、私はインドに2回行っても、ガンジス川には行かなかった。この本を読んでみると、行っておけばよかったかと思ったりするが、実際に行ってみると、インドは、人間の熱気と臭気、味覚、音と、五感を震わされるようなインパクトがあり、なかなか体力的にも大変だった。インドに行きたい気持ちと同時に、ガルダイヤに行きたくなってしまった。

この小説を読みながら、私は、終始自分と大津を重ねていた。私は、ひとつ人生の選択を変えていれば、大津のような人生を送っていたかもしれない。いや、今でも、これからも・・・である。他人とは思えなかった。

善と悪、信仰と科学は、常に矛盾しあい、ごわごわに絡まりあいながら、これからも進んでいく。きっと、あの河のように・・・

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172_岡崎神社(京都市左京区)

2015年06月23日 22:20

京都市左京区岡崎にある神社である。別名「東天王」とも言われる。かつて付近一帯が野兎の生息地であったことから、兎が氏神様の神使とされる。
(wikipediaより)

たまたま寄った神社。本殿を通り森が見られる。建築の透明性と、森の神話性。

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171_船岡温泉(京都市北区)

2015年06月23日 22:19

京都市北区紫野南舟岡町にある公衆浴場(風呂屋)。船岡山南麓、鞍馬口通の南側に位置する。脱衣場や浴場などが国の登録有形文化財に登録されている。
(wikipediaより)

京都の職人さんに勧められ訪れた。銭湯なので写真をとれないわけだが、露天風呂から接する中庭の気持ちよさは、風のイエに通ずるものがあった。

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170_建勲神社(京都市北区)

2015年06月23日 22:18

京都市北区の船岡山の中腹にある神社である。織田信長を主祭神とし、子の織田信忠を配祀する。旧社格は別格官幣社。正しくは「たけいさおじんじゃ」と読むが、一般には「けんくんじんじゃ」と呼ばれ、「建勲(けんくん)さん」と通称される。旧称健織田社(たけしおりたのやしろ)、建勲社(たけいさおしゃ)。江戸時代後期から明治時代初期に流行した藩祖を祀った神社のひとつ。
(wikipediaより)

山を登り、汗をかきながらたどり着いた神社。よくはわからないが、神社は、ただあるだけで良い。そこに豪華さも壮麗さもなければ、また良い。

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169_大報恩寺(京都市上京区)

2015年06月23日 22:17

京都市上京区にある真言宗智山派の寺院。山号は瑞応山。千本釈迦堂と通称される。おかめの物語や、12月の風物詩である大根焚きで知られる。また、智積院能化の隠居所として、護持された。
(wikipediaより)

ちょうど市が開かれていたようで、片づけ時期に立ち寄った。全て蔀戸で覆われており、爽快だった。これは、どうにか風のイエに採用したいと考えているが、なかなか難しい。蔀戸は環境制御の意味でも重要だが、なにより、純粋にカッコイイのだ。

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168_平野神社(京都市北区)

2015年06月23日 22:16

京都府京都市北区平野宮本町にある神社。式内社(名神大社)で、二十二社(上七社)の一社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。神紋は「桜」。
(wikipediaより)

こちらは想像以上に(といっては何だが)優美だった。春日造りが横に2棟並ぶ形式で、厳かであった。

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167_北野天満宮(京都市上京区)

2015年06月23日 22:15

京都市上京区にある神社。旧称は北野神社。二十二社(下八社)の一社。旧社格は官幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。神紋は「星梅鉢紋」。通称として天神さん・北野さんとも呼ばれる。福岡県の太宰府天満宮とともに天神信仰の中心で、当社から全国各地に勧請が行われている。近年は学問の神として多くの受験生らの信仰を集めている。
(wikipediaより)

やはりというか、それなりに優美な風格をもつ神社。多くの人を集めるような引力を持つ。目の疲れから、世界がぼやけて見えていたので、牛の目を撫でてきた。

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風と化すために

2015年06月18日 21:02

一年以上前に、書いたスケッチ。風のイエの概念を、パースと図面に落としたものである。

色々な個人的感情があり、自分のなかでまとめられなかったが、しかし、自分なりに発展というか、発見するものがあり、さらに構想が進みそうなので、途中記録として残す。

元々風のイエ構想が持ち上がったのは、もう6年前のことであり、それから、毎日とは言わないまでも、常に頭の片隅で育てて来た概念である。逆にいえば、これだけひとつの建築的思考が、外部的な意味では形式を変えず、ずっと生きている。

当初の構想より、進展があった部分は、下記である。

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①上下階同一に、X方向2か所、Y方向4か所耐震壁をバランスよく配置。
②上階の片持ち縁側をなくし、柱を上下階で通す。それに伴い、1階各室のレイアウト調整。
③上階の居間を「冬の居間」とし、下階の居間を「夏の居間」にする。
④和室の概念を、茶室に置き換える。

①は、H邸での体験からである。H邸は、やや構造的に無理をしている。そのためかはわからないが、先の震災で天井がゆがんだ。私はそれを経験し、つまり、愛する空間が軋むのを経験した時、それは残念なことと知った。一般の方からすれば当たり前の感覚であろうが、私はその時、初めて知ったのである。構造がしっかりしていることは、耐震上安全というよりは、私としては、その空間が、段々と「風化」していくときに、その現象を捉える為にも、構造的な構成は重要だと考えるようになった。(書いていて発見したが、風と化すことを「風化」というのか・・・)

②①と同様、縁側の跳ね出しは、明らかにサッシ枠の軋みを促すので、柱は上下階で通し、構造的に安定させる。それにともない、1階は、より外部との接続が図られるよう、土間や半屋外スペースを設けた。

③これはブータンで知った考え方。季節に応じ、住まいを変える。夏は涼しい1階を居間に、冬は暖かい2階を居間に。年に2階の引越しの度に、室内空間が更新され、道具類も整理される。

④明かなる茶道の影響。しかし、まだ図面に反映されてはいない。茶室を考えるとなると、検討事項が山のように増える。故に、今後の楽しみである。


風のイエ構想は、私が考えた、いわば、私の建築家としての生命線なのだが、その変容は、全くもって人との出会いによってである。これからも変容していけばよい。その都度、考えればよい。

幸福な時間をありがとう

2015年06月18日 20:39

休日出勤が続き、コンペが不調続きだったこともあり、代休をとり、大須骨董市へ行った。小雨だったが、店はしっかり出ており、逆に人が少なめだったため、とてもしっかり見ることができた。

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戦利品は、瀬戸の片口、鳥の香炉、亀の印鑑入れ、ウミガメの剥製。全部で5000円弱。休憩に入った喫茶店で、「いいものないわ」というおじさんの発言を聞いたりしたが、「本物」かどうかは別として、というか、その歴史的価値は無視しても、私にとってはとてもよい買い物で、興奮した。

どれも用途があるが、ウミガメだけは純粋な置物。昔から、ウミガメが好きだった。海のなかを泳いでいながら、まるで空を飛んでいるかのようで、そのフォルムの美しさにも惹かれた。しかし、部屋のなかで目が合うと、ちょっとぎょっとする。

こんなに思いきって買ったのも、そしてその喜びに浸れるのも、あの存在があるからであることは、忘れていはいけない。今日一日でもっとも幸福な時間が、吹き抜けのある喫茶店で小説を読んでいた時間であることさえも・・・

166_宝厳寺(竹生島)

2015年06月14日 21:23

滋賀県長浜市の竹生島にある真言宗豊山派の寺院。山号を巌金山(がんこんさん)と称する。本尊は弁才天(観音堂本尊は千手観音)、開基(創立者)は行基とされる。西国三十三所観音霊場の第30番札所である。観音霊場であるとともに、弁才天信仰の聖地でもあり、日本三大弁才天の1つにも数えられている。
(wikipediaより)

竹生島神社と併せて参拝したお寺。個人的に、お寺としての空間的美しさは感じなかったが、同行者は、やたら牡丹の装飾や天井模様に見入っていた。私は空間を見て、その人は平面を見ていた。

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