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161_某神社(京都)

2015年05月31日 21:59

車の往来が多い通りに面した小さな神社。このぽっかり感、愛でたくなる。

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160_某稲荷神社(京都)

2015年05月31日 21:58

お店のなかに組み込まれた稲荷神社。元々、この場所にあったのではないかと思われる。何もない空間が、建築に纏われることによって、なおさら強調される。面白い。

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四苦八苦な日々

2015年05月31日 21:48

本日は、ほぼ終日睡眠であった。この数週間、大型コンペと監理物件、申請対応、竣工後対応、コンペ後対応に追いまわされ、平日はひっ迫していた。それに加え、木曜日は異動になる先輩と夜カレーうどんを食べ、金曜日は別の先輩とオープンカーを走らせ深夜にラーメンを食いに出かけ、土曜は実家から母が来て、開け放しの居酒屋で語らい、おかげで終電を逃すなど、なかなかどたばたした一日だった。

ブログは、読んでいる人がいるいないにかかわらず、定期的に書くようにしているのだが、週末は京都の職人さんに会いに行っていることもあり、なかなか難しい。以前よりも、休息が必要になっているというか、やはり体力的には年相応に感じる。

ただ、平日の業務を忙しくさせているのは、珍しく、というか初めてに近いくらい、自分の建築的試みが案としてまとまりそうだからであり、それに時間を費やしているのである。

要は、普通は密閉されている施設に対し、風を呼び寄せるのである。そのために何をすればよいかは簡単で、風の入口と出口を作ってあげるのである。ただ、入口は良いのだが、出口というのはなかなか難しい。視覚的な効果が得られにくく、実現が難しいのだが、とりあえずは、今回は入口は作れそうなのである。といっても、おそらく実現しないコンペであるのだが、そうはいっても、考えを形にしておくことは、私にとってはとても重要で、歓びが伴う作業なのである。

私は、建築のカッコよさよりも、如何に風が通るか、また、その考えに人を呼び寄せることができるかを考えていた。いつか、SANAAあたりが設計した住宅で、部屋に配置するインテリアレベルまで調整しているものがあったが、当時はわかるようなわからないようなであったことが、今少し理解できるようになった。ただ、その、建築によってざわざわが起こるという現象自体を、建築家が描くということには、何か違和感を思う。いわば、ざわざわとは計画者が意図しない地平で起こることに、私は魅力が感じる。故に、如何に最小限の建築的操作で、風が起こるかを、ここ数週間考えていた。上司の指摘で何案も修正したが、結果的にもっともわかりやすいものになったかもしれない。

また、私の案には、何か独創的な思想があるかといえばそうではないが、そうでないことに全くの疑問がない。それが良い建築であれば、どんどん複製すればよい。私にとって、自分が考えた事が、他の事例に似ていようが、どうでもよいことだ。

学生の頃、必死に「自分の建築」を考えていたが、今ではそんなことを思わなくなった。大学3年の設計課題で、「自分が目指す道は緑化だ」と思い、緑化建築を提案したら先生に怒られたことを思い出す。今、そのことをやっと飲みこめている気がする。

建築家として、きっと成長している。

拝啓、Yくんへ

2015年05月20日 22:59

拝啓Yくんへ。

コメントありがとう。

羨ましがられても・・というところですが・・。僕は、正直言うと、学生の頃、周りの人がどのようなものを作ったか、ほとんど記憶がありません。部屋の中で寂しく、どうやったらコルビュジエを越えられるのかなど、そんなことを考えていたと思います。精神的には毎日つらく、授業で先生に評価されると、自分の存在が認められたようで、安堵したことを覚えています。

そのため、学生時代の風景はぼんやりしていますが、僕は、Yくんが何かについて「好き」「嫌い」といったこと、もの、或いは、そういった表情、空気については、よく記憶していると思います。

僕は、Yくんの物事に対する評価は、とりあえず置いておきます。距離をとりながら、長い時間をかけます。ここ数年、気がついたら、Yくんは、随分自分より前を歩いていたのだと思うことがあります。ただ、特に追いつこうとも思いません。時が来るのを、ただ待ってます。

私の研究室の同期のお嬢さんが、海外の建築家を追い求め旅立ったのですが、その大きな理由はなんだと思いますか?

それは、大学院に進学し、「建築に夢を見てしまったから」とのことです。先生の薦めで進学しましたが、それは後悔していることでもあるとのこと。自分には、普通に就職し、働いてる将来があったのかもしれないと。

あまり関連のない話ですが、私は感銘を受けました。

最近、そのお嬢さんとは随分連絡を取っているように思います。良いことだと思います。

Yくんはそのことをどう思いますか?もちろん、名回答など期待しません笑。また、お会いした時に、息子さんと語らっているその眼なんぞ眺めながら、ぼんやり考えてみます。

これからは現場はきつい時期ですね。くれぐれも体調管理に励むよう。

では

159_金剛輪寺(滋賀県愛知郡)

2015年05月17日 19:23

滋賀県愛知郡愛荘町にある天台宗の寺院。山号は松峯山(しょうほうざん)。地名から松尾寺ともいう。本尊は聖観音、開基(創立者)は行基とされる。西明寺、百済寺(ひゃくさいじ)とともに湖東三山の1つに数えられる。
(wikipediaより)

以前、西明寺と百済寺は訪れていたが、金剛輪寺はとばしていた。そこで、滋賀の神社と併せて来訪。やはり、前二寺と同じにおいを感じた。空気が水分を含んでおり、川の音とともに、とても心地よい。運転疲れということもあってか、目が疲労しており、より一層幻想的に映った。
千体地蔵のおしゃれさと、空中に浮かぶ茶室(!?)の建築的な美しさは、私をとても興奮させた。

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158_大瀧神社(滋賀県犬上郡)

2015年05月17日 19:22

古来多賀大社の末社、あるいは奥宮として考えられてきたようである。祭神高オカ神(たかおおかみ)闇オカ神(くらおおかみ)で、室温湿雨を司り水脈を主宰し、農作物の生茂繁植の道を補助し給う神である。社殿の創立年代は、大同2年(西暦87年)坂上田村麿将軍の願いで建立されたものと想像される。寛永15年(西暦1638年)徳川家光公により修復され、今日に至り、昭和48年(西暦1972年)滋賀県有形文化財に指定され、昭和54年(西暦1978年)本殿の屋根の葺替及び部分修理がなされた

多賀大社同様、神社本のリストにあったため来訪。流造の社殿だが、拝殿前に新たな建物があり、全体的な構成が崩れているようにも思える。人がおらず、それをいいことに社殿内へ足を踏み入れる。そこには、粗末ではあるが神域があった。塀が周り、石像の周りに落ち葉が敷かれ、そこは神聖な場所だった。現実にはどうであるか、或いは、この神社がどのように位置付けているかは知らないが、少なくとも、私にとってはそうであった。

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157_多賀大社(滋賀県犬上郡)

2015年05月17日 19:20

滋賀県犬上郡多賀町多賀にある神社。 伊邪那岐命(イザナギ)・伊邪那美命(イザナミ)の2柱を祀り、古くから「お多賀さん」として親しまれた。 また、神仏習合の中世期には「多賀大明神」として信仰を集めた。式内社で、旧社格は官幣大社。現在は神社本庁の別表神社である。お守りとしてしゃもじを授ける「お多賀杓子(おたがじゃくし)」という慣わしがあるが、これは「お玉杓子」や「オタマジャクシ」の名の由来とされている。
(wikipediaより)

車で高速に乗り、はるばる名古屋から訪れた。以前購入した神社本内のリストにあった神社で、歴史などは調べないできたが、鰹木等に金をあしらった外装は、とても優美だった。
奥書院も入ったが、青紅葉の庭はしんとしており、三島由紀夫の最後の風景を思い出した。美しく、あまりに静かで、天国のように恐ろしい。

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多宝塔竣工

2015年05月16日 20:26

昨年のGWに購入した、石山寺多宝塔の模型がやっと完成した。ちょうど一年要した。

できばえば、あまり宜しくはないが、今はこの模型を参考にしながら、図面を描いている。

手を動かした分、身体がその形態を覚えていればよいが・・・。

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美しい環境

2015年05月16日 20:23

休日。先週購入したタニシが全く動かず、匂いをかぐとかなりの悪臭がする。購入したお店に聞いてみると、おそらく死んでいるため、無料で交換するとのこと。1匹100円だが、売られた時に既に弱っていたのではないかと思われる。

急な外出となり、その店は電車では行きづらいため、またしても車の登場となる。運転の練習ということでは良いのだが、一人乗車で頻繁に運転していては、環境に宜しくないであろう。

ただ、何が本当に環境の良いかは、考えれば考えるだけ難しい。もののけ姫のキャッチコピー案ではないが「結局人間がいなければよかったのでは?」という安易な解が浮かんでしまう。

そんななか、ふと室内メダカ水槽のことを思った。ガラス瓶に、砂と石、流木に、水草とメダカがいる。機械的に酸素補給などしていないため、餌をあげることと水のやり替え以外は、自律的に環境循環している。だが、それだけでよいかというと、なかなかそうでもない。というのは、ほっとくと苔が湧き、水槽が汚れ、美しくなくなる。そのため、定期的に苔をとる作業が生じる。

また、メダカは卵から孵り、健やかに泳いでいるが、数匹が成長し始め、身体の小さいメダカは、大きいメダカに存在を脅かされてしまう。ほっておくと、どんどん大きくなるメダカと、小さいままのメダカに別れる。おそらくだが、その大きくなるメダカの数が、この水槽の容量によって担保できるメダカの数なのだと思う。実際、そんなに多く成長しても、水草の酸素供給が間に合わず、水槽は汚れ、植物も枯れていく。

そんなことを考えてみると、我々の環境はこれに似ているように思う。ほっとくと循環しているが、ひとつバランスが崩れると、全てが死んでいく。そして、そのための容量は無制限ではない。

私は、大きな水槽を購入したいという欲求に駆られながらもそうしないのは、苔掃除が大変だからである。自分が手の届く範囲の大きさとしたい。そうすると、おのずと生体の数も水草の量も決まってくるのであろう。そして、その状態が、もっとも水槽が美しくみえるのではないかと思っている。もちろん、美しく仕立てるため流木を入れたり、部屋にいるときは照明を照らすようにしているが、多少そうした手が入るのも、きっと悪いことではない。元々あった自然の姿が美しいなど、そんなことは幻想にすぎないのだ。

結局のところ、私が美しいと思うようバランスをとるしかない。それが結局のところ、最も良い環境なのではないかと思ったりする。

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漂流本

2015年05月16日 10:15

『女子漂流 ーうさぎとしをんのないしょのはなし』著:中村うさぎ 三浦しをん を読む。

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三浦しをんは『舟を編む人』しか知らないが、何となく、勝手におとなしい人のイメージがあった。この本を読んでみて、ずいぶんとイメージは違ったが、イメージと一緒である必要はどこにもない。そこまでフェミニズム論ではないが、ざっくばらんに女性の性について語っている対談本。面白く読めた。

面白い点はいくつかあったが、男性が好きな女性のタイプは「わーすごーい!」と何でも言ってくれる人らしいです。確かに、クラブだがキャバクラだか、上司に連れて行かれたときは、そんな子ばっかだったなぁ・・・

漂流というのは、女性は、いわば社会的に与えられたイメージ(=マジョリティとしての「本土」)が強く、そこへ向かって努力するのだが、何かしらの要因でドロップアウトしたり、沖へ行ってみたりと、海の上を漂いながら生きていくということで、ただ、実際に本土はたどり着けたとしても、そこには何もないという、ある意味確信をついたような言葉だった。

そんな女子トークを聞きながら、では私はどうなのかと考えてみる。最近は、本土への上陸はきっぱり諦め、でも、遠くにかすかに見える程度に、常に意識はするようにしている。逆に、異なる方角へちょっと泳いでみたら、違う本土が見つかり、多少人口は少なそうだけど、そちらへ行こうと頑張っている。

生き方(生き方)は各々自由。ネガティブでなければ、十分結構。



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