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風に揺られながら

2014年10月25日 21:31

どうしようもなく小さいことに、いちいち落ち込む性格である。現場に迷惑をかけると、工事長は御立腹ではないかと不安になり、飲み会の席でちょっとした失敗があると、次の日でも悩んでいる。成功したことはあまり覚えていないが、失敗したことは後を引く。以前、久しぶりに会った従妹と喧嘩別れし、その後ずっと落ち込んでいたが、数ヵ月後彼に会った時は、喧嘩したことなど忘れていた。

元々、何か他人を喜ばせることができない人間の為、せめて迷惑をかけずに生きていきたいという考えが、小さい頃から私にはある。本当に、面倒くさい人間だとつくづく感じる。

それでも、いやそうだからこそ、何か人に喜んでもらえていると思えるときは、とても幸せな気持ちになる。先日、定例と現場打ち合わせを済ませ、現場を去る時「ではお先に失礼します」と言うと、皆が「お疲れー!」と返してくれた。今の現場は大型赤字案件で、なかなか厳しい現場であり、もうすぐ定年退職する上司の後を私が引き継ぐ形になっているのだが、工場設計が初めてであったことと、異動したばかりで勝手がわからなかったことが重なり、当初ミスを連発させていた。工事長が毎週のように激怒していたが、最近は穏やかである。ミスが全くなくなったわけではないのだが、働き方を調整した。今の現場はしっかり物を考えて頂ける方々なので、設計の思想を共有していれば、現場側でもチェックが働く。つまり、現場と意志共有できるような指示の出し方に変えたのである。それが今のところ上手くいっている。

昨日、設計と総務の方々と夜まで飲んだのだが、私のカラオケ「夢のなかへ」はなかなか好評でほっとした。その前のボーリングの成績は散々だったが、少しでもほっとしてもらえると嬉しい。ボーリングもカラオケも、上手出なければならないものではないが、それでもやはりほっとするのである。

何でもできるわけではない。失敗やミスが完全になくなることもない。だからこそ、日々丁寧に丁寧に、まじめに生きていきたいと思う。どのように生きればよいかは、風に揺られながらなんとなく決めればよい。

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77_禅林寺永観堂(京都市左京区)

2014年10月19日 21:04

浄土宗西山禅林寺派総本山の寺院。一般には通称の永観堂の名で知られる。山号を聖衆来迎山、院号を無量寿院と称する。本尊は阿弥陀如来、開基(創立者)は、空海の高弟の真紹僧都である。当寺は紅葉の名所として知られ、古くより「秋はもみじの永観堂」といわれる。また、京都に3箇所あった勧学院(学問研究所)の一つでもあり、古くから学問(論義)が盛んである。

禅寺特有の、枯山水の庭と緑、そして水と空気の間を走る回廊。禅寺は美しいが、どこでも同じような美学で統一されているので、頭のなかで整理することが難しくなったりする。しかし、常に裏切らないことも禅寺の魅力である。和様のようなどっしりとした落ちつきも良いし、天竺様のような上昇空間の体験も好ましいが、禅寺は構造物そのものというよりも、木々や自然の美しさに身を委ねている感じがあり、その点が好きである。

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76_南禅寺(京都市左京区)

2014年10月19日 21:03

臨済宗南禅寺派大本山の寺院。山号は瑞龍山、寺号は詳しくは太平興国南禅禅寺。本尊は釈迦如来、開基(創立者)は亀山法皇、開山(初代住職)は無関普門(大明国師)。日本最初の勅願禅寺であり、京都五山および鎌倉五山の上におかれる別格扱いの寺院で、日本の全ての禅寺のなかで最も高い格式をもつ。

敷地内に、三門に本堂に、方丈庭園などが配置されているのであるが、名刹の名に相応しく素晴らしい寺院だった。三門の剛健さも良かったが、天授庵の美しさは格別だった。あの、池に浮かぶ祠(ではないだろうが・・・)は、虚無感と壮麗さを兼ね備えていた。スケールを操作し、あの世の世界を作り出すのは仏教建築の特権である。良い建築に出会った。

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75_青蓮院(京都市東山区)

2014年10月19日 21:00

天台宗の寺院。青蓮院門跡とも称する。山号はなし。開基(創立者)は伝教大師最澄、本尊は熾盛光如来である。

たまたま立ち寄ったお寺。見学ルート自体がよくわからなかったので、しっかり見たとは言えないのだが、庭を散策するなかで、方丈の軒の低さと、その美しさを見た。こういう小さなことでも、新しい発見があると嬉しい。同じような屋根は散々見てきているのであるが、おそらく微妙に異なるのであろう。社寺建築というよりは、住宅スケールでものを考えるとき、重要な収穫だった。

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74_知恩院(京都市東山区)

2014年10月19日 20:59

浄土宗総本山の寺院。山号は華頂山。詳名は華頂山知恩教院大谷寺。本尊は法然上人像(本堂)および阿弥陀如来(阿弥陀堂)、開基(創立者)は法然。浄土宗の宗祖・法然が後半生を過ごし、没したゆかりの地に建てられた寺院で、現在のような大規模な伽藍が建立されたのは、江戸時代以降。徳川将軍家から庶民まで広く信仰を集め、今も京都の人々からは親しみを込めて「ちよいんさん」「ちおいんさん」と呼ばれている。

檀家さんの集会というか大会のようなものが開催されており、異様な賑わいだった。縁日など、その場の賑わいを求める人が集っているわけではなく、みなある信仰のもとに集結していることを考えると、ちょっと不思議と言うか異世界であった。私はキリスト教徒でもイスラム教徒でもなく、おそらく仏教徒になるのであろうが、あまり一つの体系化された思想をよりどころに生きることは、性に合っていないと感じた。完全に自由でありたいとは思わないが、全てから解放される「瞬間」を、私は求めているので、自分とは異なる世界のように感じた。

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73_東寺(京都市南区)

2014年10月19日 20:58

真言宗の根本道場であり、東寺真言宗の総本山。「教王護国寺」とも呼ばれる。山号は八幡山。本尊は薬師如来。寺紋は雲形紋(東寺雲)。平安京鎮護のための官寺として建立が始められた後、嵯峨天皇より空海(弘法大師)に下賜され、真言密教の根本道場として栄えた。中世以降の東寺は弘法大師に対する信仰の高まりとともに「お大師様の寺」として庶民の信仰を集めるようになり、21世紀の今日も京都の代表的な名所として存続している。昭和9年(1934年)に国の史跡に指定、平成6年(1994年)12月には「古都京都の文化財」として世界遺産に登録された。

晴天に恵まれた初秋の京都。朝から訪れたが、大型バスを始め、大勢の人で賑わっていた。平安京の記憶を残す唯一の寺院。何より美しかったのは、五重塔と観智院。五重塔は、境内の南に位置するため、境内内からは逆光で黒々としているが、そのシルエットが凛としていた。塔は、ぱっと見で美しいものとそうでないものがあるが、素材と呼応したプロポーションの美学があるのであろう。付随する観智院は、五大の庭が有名であろうが、説明過ぎる庭の構成に、あまり禅庭の良さが感じられなかった。しかし、庭と庭を結ぶ半屋外廊下の気持ちよさは、なかなかのものであった。「売り」ではない場所に美学を見出すことが、寺院建築にはしばしある。

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人間とは言動の意志である。

2014年10月15日 22:36

入社する前は、きっと会社なんて大したものではないのだろうと思い、それでも、きっとそうではないだろうと想い、でも実際に入社してみるとがっかりする人たちのオンパレードで、しかし、それでも、僅かながら「この人に会えてよかった」という人がいる。先日、その方が名古屋にみえ、酒を交わした。その時、良い言葉を頂いた。

「一番ダメなのは、何をやっているかわからないやつなんだ」

就職6年目で、どんなプロジェクトであろうと主体的に臨まなければならない年齢である私は、この意味がよくわかる。会社に入りたての頃はよくわからなかった。なぜなら、他人をどのように評価するかなど、まったく不要な能力だったからである。

今プロジェクトに参画しながら、特に自分より若い人については、何を考えているかわからず無難にこなそうとする人よりは、失敗が時々あっても何をしたいか明確な人の方が付き合いやすい。失敗したとしても、そのフォローも容易だからである。前者の場合は、失敗したかどうかもわからない。

言い方を変えればこういうことだ。そこに「意志」があるかどうか。「建築とは空間の意志である」というのは、ミースの言葉だが、建築が空間の意志であるならば、人間は言動の意志である。

これは仰々しい哲学ではない。そう考えると、失敗しても怒られても良いではないかという、自分自身への免罪符となっているのである。

そういうものは、少なくとも私にとっては、とても重要なのである。そういった心のよりどころがあるかどうかで、崖っぷちの状態でも、生きていくことができる。そう思う。

商品と物の価値

2014年10月13日 21:39

先日の飲み会で「お前は世間一般の常識をしらない」と、年上の人に怒られた。「年上の人」と書くのは、上司でも先輩でもないと思っているからである。私より建築の経験があり、知識がある、一回り程度年上の男性である。一般常識を知らないことは否定しないが、別に日々テレビで報じているようなマスコミネタを知らなくても、別にいいだろと思う。確かに、設計者は話すことが重要な仕事のひとつなので、世間一般が注目する話題は知っているに越したことはないかもしれないが、あくまでそれは設計者としての必要な素養のひとつであって、すべてではない。テレビを見ない生活をしていると、確かに情報が遅い。でも、本当に必要な情報がさほど多くないし、私はもっと別の場所から情報を得たいと考えている。

そのためか、スポーツジムでランニングマシーン備え付けのテレビを見ていると、タレント達が急に老けこんでいることに驚いたりする。日頃、テレビで映像を見ていないと、記憶の映像は補正されるように思われる。私にとって、そのタレントはもっとも私に影響があった時の映像に補正されるように思えるのだ。普段継続的に見ないからこそ、見えてくるものもある。

それにしても、テレビの世界は移り変わりは速い。一年経ったら、四角い映像の世界は、一変しているのだろう。考えてみればそれは当然で、彼らは「商品」なのである。商品とは、ずっと永続的に売れるものもあるが、大抵のものは、手を変え品を変え、売れなくなったら廃棄し、また新しい製品を生みだすのである。市場経済とはそういうものであろう。

ネットの記事で、AKB48の卒業生の凋落ぶりがひどいなど書かれていたが、その事実の正否はともかくとして、理屈の上では、それは当り前ではないかと思ったりする。彼女らは商品であり、ましてや、AKB48は「誰でも会えるアイドル(だったか?)」を標榜するのであるならば、個のタレントとしての力など、そもそもないのではないか。「普通であること」を売りにするのであれば、その意外性の枠を出てしまえば、商品の効力はなくなってしまう。

私の部屋のなかには、ゴロゴロと色々な物が置かれているのであるが、即物的で大量生産品の物は、やはり飽きやすい。しかし、ガラスケースに入れると、とてもそれらしく見えてくる。それはなぜかと考えていたが、要は、ガラスケースに陳列されることで、商品は「過去の物」としての歴史性を表明するからかもしれない。昨日訪れた飛鳥寺の自動販売機は、10年以上(もしかしたら20年程)放置されているように思え、陳列された缶のパッケージは古ぼけて薄くなっていた。地面に投げ捨ててあればただのゴミであるが、これが美術館のガラスケースに入っていれば、1990年代を代表するパッケージデザインと捉えることもできる。

物の価値は、ほぼ相対的なものである。ただ、そこに歴史があり、想像性があり、素材と佇まいがあるならば、永遠に価値を持つようなそんな期待感を持つことができる。少なくとも私の場合は、そうなのである。

建築の在るべき姿

2014年10月13日 20:15

『戦後日本住宅伝説 挑発する家・内省する家 展覧会』のカタログの末尾に、各建築家の小論文が掲載されている。そこにある増沢洵の論文が、とても興味深い。

「調和のある建築」というタイトルで、建築の在るべき姿を述べているが、予算、形態、材料、構造、設備、寸法、材質感などを挙げているが、最初にくるのが「予算」なのである。彼は「設計の与条件のなかで予算は最も重要な条件である」と述べる。私が知っている建築家武勇伝では、「予算なんてもんは」といった感じで、どちらかと言えば予算に縛られない建築を想像すること(そして、結果として批判を浴びることになったとしても)が、建築家としての美しい姿のように教え込まれたような(勝手な)記憶があるので、この論文はかなり新鮮だった。

それだけであれば、我々組織の設計者も然りなのであるが、彼の「よい建築といわれるものは共通して素材の選択と用い方が的確である。それは建築の機能を考えて選択された材料が、木は木らしく、石は石らしくという率直な用い方によってその特性が生かされて建築を長持ちさせているのだと思う。」という発言は、いかにも増沢氏らしく、とても好感が持てる。学生の頃は、レムコールハースのように、あえて素材を誤った使い方をしたり、既成概念を壊す方が新しいことかと思っていたが、今は、増沢氏の考え方の方がよっぽど新しいと思う。なぜかと言えば「素材の声を聞く」ということは、相当な熟練とイマジネーションを必要とし、かつ、これまでその全てを達成できた人はいないと思うからである。私は今、その素材の声を聞くことに、少しでも肉薄したいと考えている。

また、Youtubeを見ていたら、原広司自邸の動画が流されていた。おそらく今回の展覧会用に撮影したものではないかと思うが、これも興味深かった。原邸は、私が憧れた住宅のひとつであるが、実際に映像を見ると、かなり無機質というかバーチャルな世界に思えた。もちろん、それは原氏が「安易な素材性」といったものに傾倒していないため、当たり前のことであるし、それを超えた土着性というかインターナショナリズムを意図したのだと思うが、何というか、思ったより気持ちよくなかった。そもそも原広司の建築で気持ちよさを求めてはいけないのかもしれないが、何というか、宇宙空間みたいな感じであり、優しさを感じなかった。あくまで映像であるため、それ以上の感想を持てないのだが、これはなかなか意外だった。いつか爆笑問題のラジオで、太田がザハの東京五輪スタジアム案について「あれはなんですか?宇宙に建てるの?」と、揶揄というか、疑問に感じて発言していたことをちょっと思い出した。

何にしても、今は建築の優劣など興味がないし、写真や映像では限界がある。そういう意味でも、あの素材感に満ちた家におじゃま出来た事は、私にとってはとても有意義な体験であった。

原邸動画

72_大神神社(奈良県桜井市)

2014年10月12日 22:17

奈良県桜井市三輪にある神社。式内社(名神大社)、大和国一宮、二十二社(中七社)の一社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。

鳥居から神社まで、壮大なスケールの神社である。しかもその鳥居が、一般道路の上に鎮座しており、まさに、庶民の生活を上から見守っているかのようなスケール感があった。一日の生活の中で、この神社は人々とどう関わっているのだろうか。改めて、神社とは人と共にあるのだなと、強く感じた。

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