自由という表徴

2014年08月30日 17:41

幼い頃、鴨に憧れた。犬にも憧れたことがあったため、人間以外の動物に憧れる習性がどこかあるようだが、断然鴨に対する憧れは強かった。理由は簡単で、水面に浮かび、陸を歩き、空を飛べるからである。人間は水と陸は何とか頑張れても、空は飛べない。鴨は、3つの世界を行き来し、自由であると思っていた。

今、飛行艇が好きである。これは、完全に紅の豚への憧れからであって、飛行艇そのものではない。でも、紅の豚に登場する、いわば宮崎駿が描いた飛行艇だけではなく、実在した飛行艇にも興味がある。実は、以前から小型飛行機は好きであったが、飛行艇だと、よりユーモラスで想像力を掻き立てる。

フィオの言葉。「私ね、小さい時から飛行艇乗りの話を聞いて育ってきたの。飛行艇乗りの連中程、気持ちのいい男たちはいないって、おじいちゃんいつも言ってたわ。それは、海と空の両方が奴らの心を洗うからだって。だから飛行艇乗りは船乗りよりも勇敢で、丘の飛行機乗りより誇り高いんだって」

コレクターではないが、今までサボイアS21とカーチスR3c-0は模型で作り、ダボハゼ号は購入した。それぞれスケールは異なるが、並べてみると、海を泳ぐようでも、空を飛んでいるようにも思え、どこか自由を感じる。

部屋に置くような小物は以前から好きで、雑貨なども好きであるが、やはりそこに時代性がないものは、いずれ飽きてしまう。時代性があれば、それに触れる「意味」を感じることができる。

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人間の視点、彼らの世界

2014年08月30日 17:19

夏直前に、水鉢に浮かべた一株のホテイアオイは、見る見るうちに増殖を続け、気がつけば、水面が全てホテイアオイで覆われてしまった。

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この時期は水面で泳ぐことが多いメダカ達。水面がホテイアオイで覆われていることと、水面に陽が当たらないこともちょっと問題があるのではないかと思い、ホテイアオイを持ち上げ水の中を見てみると、誰ひとり朽ちることなく、生き生きと泳いでいた。なぜそれがすぐわかったかと言うと、水が透明だったからである。

ホテイアオイを浮かべる前は、水がよどんでいた。それは、藻に覆われてしまった水草を抜き、バクテリアの繁殖が抑えられたためと推測できる。バクテリアがいることで、糞や水中の汚染物を分解してくれる。

一面を緑で覆われ、メダカの姿も見えない状態であったが、人間の視点からは窮屈に見える世界は、彼らにとってはとても良い環境なのかもしれない。ちょっとした哲学である。

夏の終わりに

2014年08月29日 22:03

夏休み、枯山水の庭を見て回った経験から、具体的な行動に移したことがある。別に大したことではない。部屋を綺麗に片づけただけだ。名古屋に来てからは、あまり物を増やさず、余白を残した状態にしておこうと思っていた。今は、あくまで今後の為に「準備期間」であるし、自分が好ましいと思うものが周りにあると、誰も受け入れられない空間になってしまうと思ったからである。

ある時期から、少しずつ物が増えて来たが、さほど気にせず部屋に置いていた。だが、枯山水の庭を見たとき、それは「どこでも実現可能である」ということを感じた。というか、その精神こそが、枯山水の(ある種)狂暴的な部分であり、現代的な意味でもあると・・・。

そこで、ベランダになんとなく置かれたタイルのサンプルを、(少なくとも自分が)美しいと思えるよう配置した。何度も動かしレイアウトした。全てがビシッと決まったわけではないが、何かしらの美しさを感じることができるまでになった。これは枯山水という、いわば「歴史的な何か」ではなく、どちらかと言うと現代アートというか、即物的な表現ではある。私にとって枯山水の庭は、固定化されたものではなく、加速度的な何かである。故に、常に思考を働き続けるべきである。

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京都をめぐってからまだ2週間程度であるが、既に夏は過ぎ去ったかのように、部屋は涼しい。室温も30度を切り、下着姿ではやや寒いくらいである。文章を書きながら、背後のスピーカーからは、辻井伸行さんの『風の家』が流れている。この曲を聴いて泣いたのも、確か夏の終わりだった。

今日も、人知れず寂しさを感じながら、空白の時間のなかで、自分の将来を考えていた。

デザイン・・・って、何ですかね?

2014年08月27日 22:48

名古屋へきて、仕事上の精神は安定していた。そのひとつの理由は、担当案件が工場であり、意匠性がほとんど問われないということ。意匠設計としては、通常つまらない仕事なのだが、私にとってはよかった。「意匠」と言っても、所詮は化粧だ。ビニルタイルの色を何にしようと、施主の好きにすればよい。その案づくりの為に某大は時間とコストをかけるなら、被災地に寄付した方が全体的には良いであろう。

今、デザインを求められている。実際はどうかしらないが、とりあえず案作りをしなければならない。この作業はほんと辟易する。デザインが、嫌いなのではない。「化粧」に興味がないだけである(それが本質的に意味がないとは思わないが・・・)。

今作製中の「石山寺多宝塔」の模型は、あくまで表層模型の為、中は空洞である。板の外部に、柱や窓、組手の部材を接着剤で着けていく。それは言ってみれば、ただの化粧である。しかし、その化粧が促されることで、ただの板に生命が宿っていく。中の空洞など、消えていってしまう。

これは、言ってみれば私の「好み」の問題である。客観的な考察ではない。ただ、多宝塔に「化粧」が促されると、とても安らかな気持ちになる。必然性があるように思えるのだ。ただの板の状態など、とても狂暴的に思える(学生の時作っていた矩形の模型など、まさにそれなのだが・・・)

会社でそんな鬱屈した気持ちになりながら、ふと空を見て、そこに飛行艇が飛んでいることを想定してみる。定員いっぱいのジャンボジェット機でもなく、自衛隊の飛行機でもない。ゆっくりと、ただ飛んでいる飛行艇の姿を想像すると、私はふと、希望に満ちた気持ちになり、身体がやや軽くなるのだ。

実家の週末

2014年08月24日 22:42

昨日は、午前中歯医者にて、昼前の新幹線で東京へ。弟の誕生日のための帰省なのだが、東京へ遊びに行く良い機会。まず青山へ行き、飛行機模型専門の模型屋ウィングクラブへ。サボイアS21をはじめ、様々な飛行機を見る。どれも美しい。そのまま秋葉原、上野へ行き、模型とフィギュアを見る。やはりGT2000の1/18スケールは美しかったが、とりあえず購入せず。最近、ドラえもんの映画のキャンペーンでか、ドラえもんのフィギュアをたくさん見る。しかも、これがなかなか美しい。どこか、哀愁があり、多分のび太以下全員集めると、とても虚構な風景になるであろうと思う。

夕方家に帰り、弟と夕飯を食べていたが、近所のおじさん、おばさん方に呼び出され、バーベキューへ参加。同世代の子供を持つ家族7組の、計14人のおじさん、おばさん方。もちろん、小さい頃から面倒を見てもらっていたので、顔見知りもいい所なのだが、そうであるからこそ、大学生の頃はそういう会に参加することは絶対的に嫌だった。今では、いくらでもフランクに付き合える。ハイデガーを読んでいる頃からすると、ずいぶん変わったものだ。同級生もちらほら来ており、10年振り、20年振りの会話。子供がいる人もいるし、独身もいるが、「なぜおまえはそんなに変わらないのか」と、ずいぶん驚かれた。自分のなかではずいぶん変わったようにも思うが、外見がどう変わったかはよくわからん。会社ではずいぶん年とって見えると言われたばかりだが、年齢不詳なので仕方ない。

翌日は、午前中はまったり。アイスを食べたり昼寝したり。お昼は誕生日パーティー。姪っ子もずいぶん大人になって、懐いてくれた。

午後、また東京へ寄って帰ることに。ウィングクラブへ行き、再度検討。その際、お店の人に、飛行艇について色々教えてもらった。大戦間の平和な時代に、速さを競った飛行艇。なぜ飛行艇だったかと言えば、当日のエンジンでは、飛び立つまでの助走が長く必要で、滑走路を陸で確保することは難しかったため、海や川で離着水が可能な飛行艇でスピードを競ったとのこと。つまり、飛んでいる時は水に浮くためのボート(?)は不要らしい。戦争に入り、技術が向上すると、離陸距離が短くなるため、飛行機の考え方は変わっていくが、機能性を極限まで求めだす前の飛行艇には、とても夢があるように思える。青山を歩いている時、オープンカーを何台か見たが、形はかっこよくても、どうも音が宜しくない。私は車のエンジン音が好きではないらしい。車が好きになれないのは、それかもしれない。

夜、名古屋に帰ると、自分の街へ帰って来たようでほっとする。湯島が自分の街だと思ったことはなかったが、名古屋は私の身体に合うのかもしれない。

実家から持ってきたサボイアS21とカーチスR3c-0の模型を眺めながら、ブログとして記す。

開かれていく・・・

2014年08月22日 20:02

私は基本的に車には興味がないのだが、これまでにカッコイイと思った車が2台ある。ひとつはドイツで見たシトロエン2CV、そしてトヨタ博物館で見たTOYOTA GT2000である。どちらも元々知識がなかったため、第一印象で好きだと思ったのだが、後日調べると、シトロエンはフランスの名車で、宮崎駿の愛車でもあり、GT2000はトヨタとヤマハが生んだ、日本のスポーツカーの傑作であった。こんな車だったら乗ってもいいかなと思った車は、どちらも手が届かないような名車であった。

人間は見たいものしか見ていないというのはまさにそれで、GT2000に興味を持ってからは、色々なところでスポーツカーが目につく。先日、とある雑貨店でGT2000の模型があり、その美しさに改めて惹かれてしまった。購入しようかと思ったが、それは非売品で、実はディエゴスティーニでかつてGT2000特集があり、全て組み立てた完成品らしい。総額は13万程度だとか・・・。

それでも、一度興味が湧いたため諦めきれなかったのだが、探してみるとAutoartというメーカーで、1/18ミニカーが出ている。素材はアルミダイキャストで、その質感にも惹かれるものがあった。先日、かなり歩いてとある模型ショップへ行き、その車を見た。思ったより小さく、完全に箱から出してもらえず全貌がわからなかったため、購入には至らなかったが、その後ネットで調べたりする中で、やはりその美しさに魅せられた。

私は実際に運転するなら、オープンカーがいいと最近思う。シトロエンもGT2000もオープンカーだった。私が車が好きになれないのは、以前ブログに書いたように、あたかも筋肉が(それとは無関係そうな)被覆に囲われているからだと思っていたが、もしかしたら、単に密閉されているからかもしれない。乗り物でいえば、小型飛行機や船、バイクや自転車など、身体が空気に触れているものの方が好きである(旅行好きだが、飛行機に乗っている間は心地よくない)。

これは建築についても同様である。密閉空間で空調により制御された空間が好きになれない。風が抜ける場所が好きである。そんなことを考えてみると、ふとひとつの真理に気がついた。

建築を(社会的にも空間的にも)解放することは、近代建築のテーマであったが、どうも私にはそのように感じられにくかったのは、その具現化は「ガラス」という素材によっておもに行われたからだと思われる。ガラスをはじめとする近代工業製品は、軽快さは持っているが、触れづらい。近代建築は、逆に人間と環境との境界を明確に分けたように思えるのだ。

私が意図する建築は、それではなく、まさに環境に開かれる建築である。それは、環境と同化し、溶けていく建築である。建築は消えていくのである。これは「(近代)建築家」は志さないであろう。なぜなら、建築がその威厳を誇れないからである。建築は圧倒的に弱くあるのだ。私がそれを志すのは、近代建築に対するアンチテーゼではなく、私自身がそもそも閉じているからである。「開かれた建築」を作りたいのではなく、「開いていく建築」を作りたいのである
以前にもこのような考えに到達したことはあるようにも思えるが、改めて、そのようなことを感じた。

先日、部屋のなかで、隅に据えられたラウンジチェアを斜めに振ってみた。すると、とたんにその美しさを現した。椅子からオットマンに伸びる曲線は、GT2000に通ずるものがあり、そして、ポルコロッソの名機サボイアS21にもどこか似ている。GT2000は、車というより船のようだ。

調べる中で、ウィングクラブというお店で、木製のサボイアS21を作製しているらしい。値段もそれなりだが、帰省する際寄ってみよう。

誰も見えない。なにも聴こえない。

2014年08月19日 23:24

あの人に三島由紀夫自邸の写真を見せた時、それは明らかに、その煌びやかな白亜の洋風の夢を誘うための「道具」だった。

・・・今になって思うと、何をそんなに必死になっていたのかと思うほど、私の意識は反れていた。それが「本質」でなくとも、問題ないと考えていた。いや、決しても問題であるわけではない。少なくとも「その時」は・・・。

幼いころから、同世代と付き合うことが苦手だった。年の離れた人の方が付き合いやすい。昔も、今も変わらない。その理由は、今はっきりとわかる。年が離れている(つまり社会的に立ち位置が異なる)と「本音」を語らなくても許される。上司の話を聞いてあげるのは、それはその人が「上司」だからである。そこに、それ以上の意味はなくても、成立する。しかし同世代であれば、本音を語らないことは、その人を信用していないことになりかねない。なぜなら、同世代であれば「本音で語れるはず」だからである。

いつだったか、東京にいた頃、強引に会社の先輩に飲みに担ぎ出され、哲学めいたことを話した。自発的に述べたわけではなく、とある上司が話したことに対し、自分なりに意見を述べただけだ。それは、その場にいた人たちに強烈な印象を与えたらしい。「三島由紀夫」という単語を出すだけで、「ちょっと変わった人」になってしまっていた。

先日、京都で出会った建築家とは、久々に本音で会話ができた。とても幸運なことである。

最近は、少しずつ、自分の感情を開けるようになっているように思う。30歳になって何を今更なのだが、30年かかったのである。「大人の階段」ではないように思うけど、日々の変化を感じる。

ふと気づけば、この暑さも過去のものになろう・・・

風景-46

2014年08月17日 21:48

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とある喫茶店。家具のセレクト、壁の塗装、光の演出。全てが手作りで、無骨で、繊細で良かった。

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三角屋根と半円出入り口。それなりに昔の建物であると思われるが、今の(?)ポップな(?)建築の印象に近いような感じ・・・?。

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こういう風景は、とても虚無的で、時々恐怖感さえ覚える。

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学生の頃、こんな設計をしたことがあった。構造体が意匠と分離しても、何かをディスコントラクションするほどの力は感じられない。それよか、今は鉄骨と外壁の止水納まりを考える方が面白い。どっちがどっちということでもないだろうが・・・

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屋外トイレ(だと思われる)。篠原一男のような伊東豊雄のような、幾何学的なニヒルな表情。

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なんとなく・・・どっかの高級時計のロゴに似ているけど・・・まさかね・・・

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無口なファサードが絶妙なバランスで並ぶ。今改めて見ると、ちょっと怖い。

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・・・はい!

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昼の歓楽街。ほっとかれた芝生と、投げ出された椅子。とてもシュール。

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屋上に軽い勾配屋根が乗る。山本理研さんの住宅より、軽快で良いのでは(と毒づいたり・・・)

64_セラミックパークMINO内茶室

2014年08月17日 21:29

岐阜多治見にある、磯崎新アトリエ他設計の陶磁器の美術館。それに併設された茶室。どのような意図で、どのように使用されるのかよくわからないが、ディテールや素材感がとても現代的な茶室だった。しかし、その高貴な空気はしっかり流れており、茶室としての強さは感じられた。

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63_山田天満宮(愛知県名古屋市大曽根)

2014年08月17日 21:29

文教の祖神として、世の崇敬厚き山田天満宮は、贈太政大臣正一位菅原道真公の御神霊を奉祀する神社。

高さが抑えられ、平面的に広がる天満宮。コンパクトにまとまっており、都市に空白を穿つ意味では、共感を持てた。

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