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そこには空間があり、時間があった

2014年07月30日 22:50

今日、設計担当している巨大工場の敷地内を調査していると、小さな神社があった。どんな由来があるのか、特別な意味があるのかよくわからないが、生産性にはまったく寄与しないであろうその神社に、私は足を踏み入れた。

感動的だった。工場独特の油のにおい(これは、私をやや辟易させる)のなか、そこには静寂があった。

なぜか・・・それは、人が入れないからである。実際には歩くことができるが、砂利が敷きつめられ、とてもゆっくり歩く必要がある。「現代人」は、そこは歩けない。

工場がダメで、神社が良いわけではない。そこに「何もない場所」があり、それは私が欲しているものであり、現代社会に必要ではないかと思うだけである。「何もない場所」は、常に相対的なものである。物理的なモノがない場所がそれに該当するわけではない。

そこには空間があり、時間があった。

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許されたい

2014年07月29日 22:16

新しい仕事が舞い込んできそうである。地方にある工場と本社の再編。再編といっても、小さな敷地で小さな建物が群れている状態。でもだからこそ、プロジェクトに入り込みやすく、上司が口うるさく言わないため、仕事としては面白い。

ただ、ふと私は考えてしまう。この敷地いっぱいに、空白の庭を設けたらどうだろうか。枯山水の庭、石庭。特に人が集まるためでもなく、収益も期待せず、ただ単に、空白を設ける。現地を見ていないため何とも言えないが、はっきり言えば、それが最もこの土地を生き生きさせ、許されるのではないかと思った。

・・・そうなのだ。許されること、それが私にとっては重要なのだ。何がしたいかでも、何ができるかでもない。そこに「建築」があることによって、「建築」を行うことによって、私が許されるかどうか、それが根底なのだ。

きっと、それが、物心ついてからの私の生き方なのだろう。他人に何かを付与したいとか、影響を与えたいとか、貢献したいとか、そういった欲求がないと言ったら嘘になるが、何より、自分の存在を認めてもらいたいということ。それが最も基本的なことなのだ。

学生時代アフォリズムに傾倒したのは、許されたいがために、まず誰かに気付いてほしかったのだろう。学生の頃とは考え方が変化しているように思ったが、根本的には変わっていない。時が過ぎただけだ。

これから行われるであろう再編計画の配置図を見ながら、そんなことを思った。

日常の事件をリアルに描いた本

2014年07月27日 20:36

『我が家の問題』 著:奥田英朗 を読む。

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本屋に立ち寄った際、ふと購入した。どこの家庭にもありそうな「事件」を、とても日常くさく描いている。結婚している人、家族と一緒にいる人は、一度読んでみると面白い本。短編小説であるが、どれもリアリティがあり、色々な人間模様があるのだと、肩の力が抜けた。

これを読んで、良い意味で、結婚はあせらなくてもよいかなと感じた。一年前、結婚にやたらあせっていた事が嘘に思えるほど、実際今はあせってもいないのだが、結婚には人それぞれの形があるから、周囲を見て焦ったり、真似をしたり、羨んだりしなくてもよいと思える。

時々、建築でも社寺でも、文化でも歴史でもない本を読むと、普段あまり接しない世界のため、とても惹きこまれる。この感動を500円程度で得られるのだから、やっぱ本っていいなぁ。

43_政秀寺(愛知県名古屋市中区)

2014年07月26日 21:54

臨済宗妙心寺派の寺院、瑞雲山と号す。天文22年(1553)、織田信長が、自分の素行不良をなげいて諌死した平手政秀の菩堤を弔うため、小牧山の南、政秀の領地小木村に創建し、沢彦和尚を開山とした。寺は天正12年(1584)、小牧・長久手の戦いで焼失。その翌年清須に再興され、慶長15年(1610)清須越で現在地に移設された。本尊は木造十一面観世音菩薩坐像である。政秀の墓はかつて本寺にあったが、今は名古屋市の平和公園内政秀寺墓地に移されている。

美しい禅宗のお寺。本堂自体はさほど感動しないが、庭が美しい。石庭の庭で、都心のなかで心の移ろいを感じることができる。大通りに面していきなり庭のため、演出が劇的ではないが、それでも「都市の空白」は、少なからず形成されていた。

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42_若宮八幡社(愛知県名古屋市中区)

2014年07月26日 21:53

大宝年間(701~704)文武天皇の御世に、名護野庄今市場に勧請されたと伝えられる。享禄5年(1533)名護野合戦(今川、織田攻防)のおり、社殿悉く兵火により焼失するも、織田信秀が天文8年(1539)再建。その後豊臣秀吉社領200石を寄進し、天正12年(1585)社殿を再修。のち徳川家康慶長15年名古屋城築城のさい、現在地に奉遷し名古屋(名古野)総鎮守と尊称される。 昭和20年(1945)3月、戦災により社殿等焼失。昭和32年5月に現在の社殿造営復興。

大須商店街の向かいにある、都市的なお寺。本堂内部はとても静寂で、炎天下のなかで、涼しげだった。

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41_白林寺(愛知県名古屋市中区)

2014年07月26日 21:51

臨済宗妙心寺派の寺院であり、東海山と号せられている。寛永二年(1625年)の正月に、時の尾張藩祖徳川義直が、国老成瀬正成のために創建したといわれる由緒をもち、一宮妙興報恩禅寺より蘭叟紹秀和尚を勧請し開山とした。 本尊は、木造釈迦如来座像として知られている。明暦三年(1657年)火災にて消失し、その後,正成の嗣子正虎が再建して、以来成瀬家代々の菩提所として現在に至るまで護持されてきた。成瀬家は、三万五千石の尾張藩犬山城主でもある。昭和二十年三月十二日の戦災により、寺は山門と御霊屋を残して焼失したが、再び現在の処に建てられた。

中区の繁華街から、門をくぐり、石畳を歩くと、木々のなかから本堂が現れる、ドラマチックな演出。遠過ぎず、近過ぎず、程良く湾曲した道は、とても素晴らしい。アプローチが素晴らしいお寺。

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素晴らしき趣味の本

2014年07月26日 19:40

『枯山水 NHK美の壺』 著:NHK出版

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NHKの番組をまとめた本だと思われる。枯山水の庭について、ガイドブック的ではあるが、導入書としてはとても良い。特に、石庭の作法など、具体的な話が盛り込まれており、また、これから行きたい庭もたくさんわかった。織られたページを開けると、竜安寺石庭がワイドで現れてくる絵は、何度見ても興奮する。

石庭が素晴らしいのは、『無意味』ということに付きると思う。樹木を植えれば、環境的な成果が言葉で、或いは数値で言い表せる。CO2排出量減、夏の日射射影、生物多様性・・・等々。石庭は、それが無い。言ってみれば、単に無機質な石と砂の集まりである。しかし、そこに自然を呼び起こそうとするとき、それは至って無意味な、本質的に人間的な行為となる。それが私にとってはとても心地よく、また、現代社会に逆行する意味でも、必要とされることだと思える。これは私の勇気となった。

『利休入門』 著:木村宗慎

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利休について、より人間的に語られた本。現代人の目線で、茶について論じている。これもガイドブック的な本であるが、ビジュアルが素晴らしく、良本であった。伝統文化としてのお茶は、とても敷居が高いように思われるが、過去も現代も、とても世俗的で庶民的なものだと思える。

『熊野詣』

熊野三山の自然について語られた、ほぼ写真集。しかし、これがとても美しい。写真家が素晴らしいということもあるが、なぜ私がこの風景に美しさを感じるのか、しばし考えた。「闇があるから」ではないかと思った。白いキャンパスに描かれた風景ではなく、闇のなかで、少しずつ光に照らされ、その輪郭や色彩を露わにする様相。そこに、私は風景の美しさを感じるように思われる。
私が建築のパースを書くとき、しばし夕日となる。それは、燦々と降り注ぐ太陽よりは、私の心情とマッチし、また、そこには全てがあるように思えるからだと思われる。

豚に真珠

2014年07月26日 18:55

今になって思うと、ずいぶん昔から腕時計が好きだった。

最初に買ってもらった腕時計は、家族でキャンプに行った帰りに、お土産屋で500円だったデジタル時計だったと思う。いくつものメモリがついており、どれも飾りでしかないのだが、いかにも男の子が好きそうなデザインで、子供ながらに単なる装飾だとわかっていても、とても嬉しかったのを覚えている。

その次は、小学5年生の頃、従妹とお揃いで買ってもらった6000円程度の時計。アナログとデジタルが融合したもので、ストップウォッチ機能がついていたと思う。私はその「マシン」を、とても興奮しながら味わった。

小学校高学年の時は、実家近くのホームセンターの時計コーナーで、ショーケースに入ったGショックを見ていた。10000円程度したので、到底購入できないが、様々なデジタル機能がついた時計に、私は憧れた。

中学の時は、スプーンを愛用した。父親と新橋の時計店に行き、何かの記念に買ってもらったように思う。シンプルなデザインで、ストップウォッチ、アラーム、タイマー等、一般的な機能がフル装備されていた。社会人になってからか、母が体調を崩し、体温計の電池がなかったため、強引に時計の裏側を開け電池を出したため、修理屋に持っていっても完全に普及せず、今は(おそらく)実家で眠っている。

中学2年、ハワイに行った時、母は何か好きなものを買えと10万円分のトラベラーズチェックを渡されたが、あまり買いたいものがなく、結局買ったのがスウォッチの時計。叔母に「オヤジ臭い」と笑われたため、ずっと使用していなかったが、大事に保管し就職活動から、今までずっと使用している。これからもずっと使い続けたい愛着ある一本。

中学3年、グアムに行った時、白のGショックを買ってもらった。重厚過ぎず、おしゃれな一品で、今使っても悪くなさそうなものだった。故障しているわけではないため、実家のどっかの引き出しにあると思われる。

高校1年、イタリアに行った時、これまたスウォッチの時計を購入。海外に行くと、何か買わなければいけないという妙な衝動に襲われるのだが、この時はそれほど高価ではない、ピンク色の透明な、とてもかわいらしいシンプルな時計を買った。ちょっとおしゃれの勉強をしていた頃で、ピンクが自分のなかでの流行だった。

大学生の頃、フリーマーケットで、ズッカの時計を購入。姉の彼氏が着けていてカッコ良かったのだが、中古で購入。確か4000円程度だったと思う。その後ランニング時に着用していたが、ビニル製のベルトが切れ、おそらく処分してしまった。

その後、しばらく時計は購入していなかったと思う。前述したように、社会人になってからは、ハワイで買ったスウォッチを愛用していたため、特に他を必要としなかった。例外的に購入したのは、SEIKOのランニングウォッチ。ランニングをしだしたときに、12000円程度でヨドバシカメラで購入。150ラップまで記録でき、ランニングウォッチとしてしばらく愛用していたが、現在通っているジムには、ランニングマシーン自体に時計機能があるため、現在は使っていない。ソーラー電池式の為、何十年も持たないだろうが、今後ともランニングの際は、ずっと着けていたい時計。

そして先日、あまりに自分のファッションが寂れているため、色々探して購入したゼッペリンの自動巻き機械式時計。今は休日愛用している。飛行船時代をオマージュしたデザインと、内部が見えるスケルトンのデザイン、そして5万円という経済的思想が気にいっている。これもずっと使い続けたい一本。

そして本日、あろうことか、またひとつ購入してしまった。その名も「ROLEX SUBMARINER NONDATE Ref.114060」である。ゼッペリンを購入し、腕時計熱は納まったのだったが、この数日の些細な出来事が、急に購入を駆り立てた。

ひとつは、先日参加したパーティーだった。周囲の男性はすらっとイケメンで、服装も気を遣っており、それに引き換え、私は残業後のスーツ姿。元々イケメンくん達には引けをとる外観だが、その上に羽織るものも軟弱では、ちょっと見劣りし過ぎると痛感した。必要以上に着飾ってもしょうがないのだが、サラリーマン生活も6年目で独身30歳を迎えたので、多少花のあるものというか、人目をひくようなものを持った方がよいのではないかと、ひどく世俗的なことを思った。

それとは反対に、最近急に、他の職についても意識し始めた。これは私にとって定期的なことなので、晴天の霹靂でもなんでもないのだが、それはもっと土臭く、汗をかきながら働くような仕事だ。今よりも給料も低くなるだろう。そんな時、ボロボロの作業着に高級時計というミスマッチは、とても良いように思えた。

そう考えると、デザイン性、耐久性、メンテナンス性等色々な観点より、出来るだけ長く使えるものがよいと思え、その瞬間、ロレックスサブマリーナーということになった。

半日着けてみて、とても良い。純粋に見やすく、機能的である。また、大ぶりでゴージャスだが、スーツにも似合うシックな印象を持ち合わせており、その絶妙なデザイン性は着けてからわかった。そして、人生のなかで最も高価な買い物と言う意味で、やはりずっしり重みがある。

といっても、平日はスウォッチを使うし、運動するときはセイコーだし、ちょっとラフに行きたいときはゼッペリンを着ける。あくまで、全体のなかで使用したいと思っている。

オーバーホール数回分の保障付きなのであるが、とりあえず4年後を目途にするため、購入日を記すために日記として残す。

原動力としての書

2014年07月26日 09:34

『日本の身体』 著:内田樹 を読む。

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内田さんの本は、これまで3冊読んだ。全て新書で購入した。抱く感想は、ある意味いつも同じである。

内田さんの本は、あまり購入する気にはならない。なぜなら、ブログで繰り返し繰り返し同じことを述べているから、わざわざ本を買わなくてもよいように思えてしまうからである。しかし読んでみると、とても意義があるというか、元気づけられる。

私がとても印象に残ったのは、この一文である(きっと他の人もそうであろう)

「私が「日本人は固有の身体文化を有しており、それは自然への深い親しみの感情によって彩られている」という仮説にこだわるのは、私たちの手元に使える武器がもうこれしか残っていないからである。」(太字は、本文ではルビ「・」)

先日の集団的自衛権行使容認が、我々の日常にどのような影響があるかは分からない。ある人は「この日、日本の戦後が終わった」と言っていた。私は、この決断が戦争へ歩を進めることになるか、一概には言えないように思うが、ひとつ思うのは、(TPPと相まって)日本がグローバリズムの波にのまれる可能性が、徐々に高くなってきたということ。それは、日本がこれまで奇跡的に保ってきた「日本文化」というものが、徐々に瓦解するかもしれないということである。

ここでいう日本文化とは、京都に代表されるような伝統文化でも、秋葉原のオタク文化でも、江戸の下町文化でもない。日本人が無意識に行っている動作である。

東日本大震災の時に、被災後、日本国民が混乱を(あまり)きたさず、復興作業にあたったことが世界から称賛されたが、これは、自然の厳しい列島で暮らす我々が、根本的にもっている性質と言うこともできる。文化とは、より水面下にある、そこで暮らす人々を根本から規定するものであろう。それが、変容する可能性があるということ。

ただ、このように書いてみても、やはりしっくりこない。どこか、学生の頃ゼミで書いていた文章のようだ。もはや、私は「日本は・・・」など、語る気にはならない。こんな小さな世界においても、まだまだわからないことがありすぎる。世界は大きすぎる。

でも、だからと言って、国際政治に無関心というわけにもいかないであろう。もう、私は若くないのだ。大きいことを言おうとも、やろうとも思わない。小さくても良いから、それが正しいのではないかと、少なくとも私の身体がそう応えるようなことをしていきたい。

何か、前に進む原動力となる意味で、内田さんの言葉は、やはりすごい。

懐かしい夏

2014年07月23日 20:45

先週末、熊野古道を歩いた。ひんやりした森林を汗をかきながら歩いたため、風邪をひいた。30歳にして、なんて幼稚な・・・

30歳独身として、今は何不自由なく生活しているが、一番それを寂しく思うのは、体調を悪くした時である。生まれてこの方、さほど身体が不健康ではないため、身体を壊したときのための治療法を身に着けておらず、そのため、ひとりでは正直困る。昨日は、弊社に常設する医務室にて診てもらい、薬を貰って回復傾向にある。そういった施設があるのも、早めに帰ることができるのも、それなりにまともな企業だからかもしれない。

昨日、朦朧としながら夜道を歩いていると、今、既に子どもたちは夏休みであることに気がつく。

夏休みの記憶と言えば、プールや蝉の抜け殻、真夏の太陽と日陰、祖父母の家等々・・・。良い記憶がたくさんあるかと思えば、中学はプレッシャーで潰れそうな部活の日々だったし、高校含めても、それほど幸福な時間だったかと言えばそうでもない。でも、それでも、それを「懐かしい」と思う感情は毎年湧いてくる。

子供を持つということ。私にとって、それは実現するのか、或いはいつ実現するのか全く分からない希望であるが、自分の子供を持つことの理由は、自分の子供時代の追体験にあるのではないかと思ったりする。私は、一日たりとも過去に戻りたいとは思わないが、過去の自分と語り合いたいと思うことはある。それが実現するとしたら、子を持つことであろう。

子供を持つことが、子孫繁栄だとか、老後の安定だとか、性的な快楽の結果だとか、まぁいろいろあると思うが、私にとっては、今はその理由がわかりやすい。

本当は、「この人との子供がほしい」と思えることが、もっとも真っ当なように思いながら、そう思考が働かないことは、まさに今の自分の状況を表しているようで、何とも言い難い。

まぁいいさ。こんな時は語るのさ。こんなとき、ふと哲学は生まれるものなのさ。



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