2013年09月28日 22:29

いつもの定例で、お施主さんが冷えた麦茶を出してくれていたが、ホットコーヒーに変わった。
私はそれを、半分程いただいた。

今朝、寒くて羽毛布団をかけた。ほかほか、暖かかった。

今日明日は仕事山積みで、既にパンク状態。
東京の夜景は、それでも時々、驚くほど美しい。

ひとり想う、秋かな。
スポンサーサイト

今日

2013年09月26日 17:59

今日がいい日であると・・いいな。

無責任に夢を描くことが許された少年とその時間を想い・・・

2013年09月23日 20:38

今朝は起きられなかった。それなりに週末は睡眠時間確保したつもりだったが、身体は「まだ足りない」と悲鳴を上げていた。鏡を見て驚いたが、目にクマができていた。

ひとりになった今、会社に行くことに別の意味がある。純粋に人と会える。特に合コン等に行かない私としては、女性と接することは会社のみといっていい。別段深い意図はなくとも、それでも多少のモチベーション向上にはつながるわけで・・・。

社会人になり、多くはなくともそれなりの給料を得、ひとり暮らしをするということは、高校生くらいの憧れであった。確かに、現状が貧しいものかといえばそうではないし、この生活に楽しさを見出している。決して当時の思いがお門違いであったということではないが、でも、至福の時間かといえばそうでもない。

ひとり暮らしのアパートには、雑誌『CasaBRUTUS』を数冊持ってきた。思い出のある号である。特に「三大巨匠特集」は名著である。何度も見ては、ヨーロッパ、アメリカのへの思いをはせ、巨匠の建築からヒントを得ては、自分なりに建築の絵を描いたりしていた。

また、安藤忠雄特集も良く読んだ。彼はある時期、多くの学生同様に私のヒーローだった。彼の空間に惹かれ、日本中を旅した。

イームズ特集はなめるほど見た。

今読み返すと、さすがにそこまでの興奮はないが、でも「当時興奮した」という記憶は、ありありと思い出される。

あの頃と今は、やはり違うように思える。実務に時間が追われているし、日々日常に発見があるため、それほど大きな夢を描くにくい。

でも、それでも思いだす。思いだすと、自分を客観化できる。現状が良いのか悪いの、それは良くわからないけど、単に美しい建築を建てれば世界が輝くと考えていた10代の頃の自分は、とても大切にしないといけないと思い、また、そろそろ私も、次の世代のために、そのような夢を描かせてあげなければならないのだと感じる。

私は、もう若くはなくなっているのであり、でも、歳をとるには、まだまだ思慮と行動が必要だ。

三十路前の男でして

2013年09月21日 23:33

昨日は現場主任との飲みだった。とても上手くいっている現場主任との飲み。店決めは主任にお任せとしたら、まさかの新丸ビルのフレンチだった。

東京駅の夜景を見下ろせる高級レストランの料理に舌鼓を打ちながら、会話が弾んだ。

この会でも話題になったのが、私の結婚であった。最近、やたら「結婚」という言葉を耳にする。三十前の男なら当然なのかもしれないが・・・。

主任は結婚しているが、別に結婚はするものではないと言っていた。好きなことができなくなると。ただ、奥さんのことを話す主任は、それなりに幸せそうだった。

必ずしも結婚をしなければならないわけではないが、最近、やたら結婚したいと思うのも事実。結婚できる人が必ずしも優れているとは思わないが、尊敬できる人は、ほとんど結婚している。

あまり「婚活頑張ろう」という気にもならないが、何とかしなくてはならない気もする・・・

・・・意味のないブログになってしまった。

石川啄木の言葉

2013年09月21日 18:11

二晩おきに夜の一時頃に切通の坂を上りしも――勤めなればかな  

建築に何が可能か

2013年09月16日 22:44

南洋堂で高額古書として購入。『建築に何が可能か』(著:原広司)

130916-1.jpg

建築家原広司が30歳の時に執筆した建築論である。購入したのは、まさしく彼が30歳に執筆したことが理由であり、久々に「建築論」を読んだ。

内容については、分かったような分からないような。学生の頃は「分からなければ建築家として無能」という強迫観念があったが、今では肩の力も抜け、ありのまま読める(それが良いのかよくわからないが・・・)。

40年前の論にして、現代の論とでも言うべきか、今の若者は読まんだろうし、でも、結局今の建築家や原広司が試みていることが既に書いてあるように思える。とにかく、原の若かりし頃の息遣いや時代の息吹を感じられたのは良かった。絶版にもなっているし、大切にしよう。

また、建築家の内藤廣氏が原との対談を行っており、それが論文としてまとめられているが、それもとても重要な論文である。何となくだが、内藤氏と対談することで、より原の論は見えてくるような気がする。

私も30歳に近付いている。「論理不在の時代」かもしれないが、それは「いま・この時代」にいるから見えないだけかもしれない。

久々に、そんな哲学めいたことを考えた夜だった。

台風過ぎて、秋の風

2013年09月16日 19:48

昨日、本日と台風だったが、必要のため出勤した。

朝、暴風雨の御徒町は、人がおらず静かだった。とても好きな、心落ち着く風景である。

びしょ濡れで会社に着くと、私のフロアには誰もいなかった。オフィス空間は「誰かがいる」ために作られているため、その空間に「誰もいない」ことは、とてもシュールで好きである。

夕暮れ、気付くと雨はとっくに止んでおり、遠くに生える超高層には、夕焼け色のそれが映っていた。赤く燃えるように、それはとてもとても美しかった。

外は、湿気を含んだ涼しげな風が舞っていた。今日は筋トレではなく、不忍池を走ろうと思った。

豚から人間へ

2013年09月16日 19:43

「風立ちぬ」を観てから、まだ余韻に浸っている。良い映画の証拠である。

考えてみると、この映画はとてもすごいと思える。なぜすごいかと言うと、豚が(実在する)人間になっているからである。

ポルコロッソ自身は宮崎駿の分身であることは当然だが、二郎もまた他の名を借りた分身である。ただ、前者は豚で後者は人間。そして、前者は人の世から離れひとりで飛ぶことを選び、後者は善悪入り混じった世俗世界のなかで飛ぶことを選び、そしてひとりの女性を抱きしめた。

宮崎駿が何年もかかってこの映画に辿りついたことは、やはりすごいと言わざるを得ない。

生きねば

2013年09月15日 21:13

金曜日がコンペ概算提出だったため、先週末が怒濤だった。木曜日は朝2時半まで仕事をし、タクシーで帰宅し、金曜日は滑り込みセーフで概算出した後(スケジュールがギリギリだったのではなく、私の眠気がギリギリだった)、あろうことか先輩、後輩と飲みに行った(眠たくてしょうがなかったが、逆にいうとこういうタイミングでしか飲めない)。

話としては、仕事と結婚の話題。いかにもアラサー独身会社員である。最近は、あまり深く考えないようにしている。深く考えず、常に静かに意識するような感じで・・・。

土曜日は朝何とか身体を起こし、実家へ帰省。歯医者へ行き、ファースフード店で食事を済ませ、美容院に行って髪をカットしてもらい、千葉に戻って映画『風立ちぬ』を観た。

19時に実家に帰り、夕飯を頂き、20時から23時前までテレビ鑑賞。眠気に耐えられず就寝。

朝は母が用意してくれた朝食を頂き、Yくん夫妻宅へ。奥さま、お子様とご対面。談笑そして、お食事まで頂く。いやいやとてもありがたい時間でした。最近は周囲の人と仕事上距離を置くことが多いせいか、信頼できる何かがあるということは、とても幸運なことである。大切にせねば。

Yくんに最寄駅まで送ってもらい、電車に揺られ御徒町へ。とりあえず家に帰り、洗濯を済ます。仮眠をとろうかと思ったが、気が急っていたので文章を書く。生きねば、書かねば・・・。

夕飯を御徒町の中華料理屋チェーン店で済ませた後、湯島天神を通る。誰もいない境内は、仄かな灯りが宙に浮いているだけで、とても深く、静かで、狂気をはらんでいた。本殿の屋根が宙を舞い、私を見下ろしていた。

最近、以前に増して、「この場所」についての興味がある。

生きねば・・・

風立ちぬ

2013年09月15日 19:55

映画『風立ちぬ』を観た。

130915-1.jpg

あまり観ないかなぁと思っていたが、観て良かった。

映画館に足を運んだ理由は、宮崎駿が引退するからである。彼の引退を知ったので観に行った。

引退インタビューは、Youtubeで全て観た。というか、仕事をしながら聴いた。『もののけ姫はこうして生まれた』は何遍も観たが、宮崎駿の発言があの当時(20年近く前)とほぼ変わらないことに驚いた。

映画は感動的だった。二郎に宮崎駿自身をかなり投影しているように思えたが、組織設計者という意味では、自分と重ねてみることも十分可能だった。実在する人物を主人公にしたのが初めてらしいが、大人の男性を主人公にしたのも(豚を除けば)初めてではないだろうか。

自分に何ができるか、と再度考えるにはとても良い映画である。


最新記事