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手紙

2013年04月22日 23:30

友人から葉書をもらった。

葉書や手紙を、最近好ましく思う。H邸の御夫婦も、内覧を葉書でお願いしたことを、とてもよく思ってくれた。

手書きだから温かみがあるとか、気持ちがこもっているとか、色々な理由があるだろうが、私は「不便」であることに意義を感じる。

手紙はすぐには着かないし、書ける量も限られる。わからない字があれば調べなくてはいけないし、何より、人の手がなければ届かない。

科学技術の進歩は、いつ・どこでも・いくらでも、を目指す。そして、一度この魔力にかかると、抜け出すことが難しい。

難しい、というか、不可能に近い。近代という魔物は、突き進む以外の方法を知らない。

その「できなさ」ということが、ゆとりを生む。もはや我々は、自分たち意思で足を休めることすら難しいのだ。

H邸は、なぜか人々が長居してしまうのだとか。空白が、そこにはあった。

また御夫婦に御礼の手紙を書こうと思う。あの空間に、私の書いた文章が届けられると思うと、それだけで私はワクワクするのだ。
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偉大な住宅

2013年04月21日 20:48

本日、H邸を探訪した。約半年前に手紙を書き、4月になったら連絡するよう書いてあったため、先日電話をし、そして叶った。

約束の13時に行く。階段をあがり建物に近寄ってみると、確かに玄関らしい設えがない。それは知っていたのだが、実際に見ると面食らう。ベルが控えめに付けられていてボタンを押すと、奥様がドアを開けてくださった。

奥様は丁寧に対応していただき、私の傘を預かり定位置に置いた。玄関はたたきがフローリングとぞろのため「どこまで靴ですか?」と素人的な質問をする。石敷きのたたきから用意されたスリッパに履き替え、中へ。ご主人が迎えてくださった。

庭側に設えられたテーブルに4つ並ぶYチェア。お土産を渡し、椅子に座る。簡単に挨拶し、すぐ雑談となる。とても気さくな御夫婦で、話がはずむ。聞きたいこともたくさんあったため、いくらか質問もした。話し上手、聞き上手なのだろう、会話が途切れない。

コーヒーとパンケーキ、それから日本茶にお菓子と、とても心地よいタイミングで奥様が動かれる。本当に絶妙で軽快。

しばらくお話をしてから、家の中を案内して頂いた。本当に家の隅から隅まで。歩いてみて分かるが、この家は透明なシークエンスに満ちている。中心は大きなワンルームなのだが、コア、スライディングウォール、家具など、各々が断片的に配置され、全体が見えなくとも、視線が抜ける。なんともいえない空間の広がり方である。そして、各所から住宅の端まで見通せる。それが、空間の奥行きを感じさせる。まさに名作住宅のセオリーである。

それからコアについて。実際使いやすいか聞いたが、使いやすいとのこと。ブロックでできているため防音が完ぺきで、中で何をしても、外からは気付かない。逆に、そとから中が覗けるので、万が一の際なかを確認できて良いのだとか。

また作りつけ家具が多い。随分と収納スペースを確保している。住まい方が上手なのだろうが、ものがあふれ出ず、上品な家具で設えてある。まさに設えである。

コアのブロックといい、上部ガラスといい、床のフローリング、壁天井のラワンべニア等、全てが素材感に満ちている。しっかりしたものを選定しているので、60年経っても朽ちない。ボード張りが基本な現在、やっぱり再考する必要があるのではないか。

それからまた椅子に戻り、お話をさせて頂く。「4月に」というのは、冬が厳しいからだそうだ。大きなワンルームのため予想していたが、やはりそうらしい。ただ夏はとても快適だとか。私はエアコンがあまり好きでなく、風が通る住宅が好きと話すと、奥様もそうらしく、すき間だらけの家だと御主人は笑いながらおっしゃった。

ふいに御主人が立ち上がり、障子をあけると、まさにワイドスクリーンで庭が広がった。これには思わず立ち上がってしまった。あの臨場感と言ったらない。身体が震えた。最初この住宅に入った時、空間の感動というものはなく、思ったより小さく感じた。しかし、なかを歩き、庭との連続性を感じると、空間は引き延ばされ、ゆったりとした時間に包まれた。

1時間半くらいした頃、「すいません長居してしまって・・・」と切り出したのだが、話をまだまだ続けてくださったため、時間を忘れてお話した。私が住んでいるカプセルのことや、最近の建築事情、ブータンや旅のこと等。親戚の家に来たような楽しさ。

それから庭を見せて頂く。庭から見ると、本当にサッシのみのファサードのため、小さいが異様な光景である。まさにモダニズムの外観である。庭は、なかから見ると、風にそよぎ小鳥が舞っており、ずっと見ていて飽きないのだが、外に出るとまた違った表情である。この庭は見られるために、とても美しいのだと感じた。

雨どいがないため、雨のしずくが屋根からカーテン状に落ちるのだが、それがきれいなのだとか。そういうセンスがないと、この住宅には住み続けられないように思う。

実に3時間半、あっという間に過ぎ、さすがに御暇することにした。奥さま曰く、この住宅には人を落ち着かせる力があるらしく、誰もが長居してしまうのだとか。確かに、ゴロンと横になりたくなるような、重心の低い住宅である。

この有名な住宅に住むことに対し、気取らず、でもセンス良く住まわれていることに感動した。そして、「名がある」ということの無意味性を強く感じた。

いつでも来てくださいと言われたので、ではまた夏になったらと、笑いながら返した。

しかし、私はこの住宅には住みたいとは思わなかった。それは、この住宅が今生きているのは、何代にもわたって住み続けられた方々の功績である。故に、この住宅はモダニズム住宅の普遍的な解を示しているのではなく、感じの良い住み人の、愛情に呼応した空間であった。よそ者の私が住める気は全くしない。

この住宅を参考に、将来の自邸を設計していると言ったら、是非建ったら見せてくださいと言ってくださった。偉大な建築家は偉大だろうが、人に対し優しい言葉をかけてくださるひととその住まいは、もっと偉大である。

バラッドを聴いていた頃

2013年04月21日 00:27

この間、会社のOB会があった。私は基本的に好きではなく、仕事が忙しいため行きたくなかったのだが、せっかく企画している方がいるので、1時間程度顔を出すことにした。

いつもながら設計系がおらず、知っている人がひとりもいない。想定通りだが、とりあえずサクッと食事をして会社に戻ろうと思い、寿司を頬張っていると「ポルコさんですよね?」と話しかけてくる男性。

食べ物を物色している際、この人同期だなと思っていたのだが、記憶がはっきりしていなかった。話を聞くと、大学の同級生で、他社に就職した後、中途で我が社に入社したのだとか。学生の頃話したことはなかったが、共通の友人を通し私のことを知っていたらしく、そう言う意味では6年ぶり(学部の卒業式以来)の再会となる。

私は大学の学部時代、人との付き合いが希薄だった。同級生と飲むよりも、大学の図書館にこもり、建築の本を眺めるのが好きだった。故に、このような形で同級生と出会えたことはとてもうれしいことであった。

連絡先を交換し、今後共通の友人(Gくん)と飲むことを約束。

会社に帰り、施工図のチェック。床伏図。現場にあまり自主性がなく、現場でミスがあった際、多少なりとも設計に落ち度があると全てを設計の責任にする現場監督のため、施工図チェックは入念となる。自分がまとめた案件。実際に形になるのは、期待よりも不安の方が圧倒的に大きい。

最近は、以前使っていたiPod Touchを残業、休日出勤時に愛用している。サザンのアルバム「バラッド」をシャッフルして聴く。ちょうど、大学1、2年、アパートにこもりひとり建築を模索していた頃聴いていた曲。限りなく広がる「建築」という崇高な世界と、社会に歓迎されないどうしようもない自分。

あの頃の自分からは、今の自分は想像もつかない。プロジェクトをまとめ、客先にプレゼンに行き、業者と打ち合わせを重ねる日々。そう言う意味では成長したように思える。

でも、あの頃感じた将来の不安は、今のそれとは異なる。あの頃は、本当に何も見えなかったが、今では、ぼーっとしていると定年までまっしぐらである。

あのおんぼろアパートの空気を思い出し、振り返らず、前を見て・・・

時代に無口な建築

2013年04月21日 00:09

先日、出張先近くに白井晟一の建築があると聞き、足を運んだ。

茨城キリスト短大のキアラ館という教会で、どうやら白井晟一にとって最初の教会建築らしい。

品位のある建物群を歩き、守衛さんに言われた道を進むと、その無口な表情が顔を現す。
ノアビルと同時期に建てられた建築であるが、質感が似ている。この静かな建築は、私は好きである。
軒を低くしたエントランスに導かれ、なかに入る。事務所の方に声をかけると、快く案内してくれた。

内装は質感に溢れ、職人の手作業を感じる。案内の女性が言うには、一度打設したコンクリートをはつり、荒々しい表現としたり、現場泣かせだったらしい。吹き抜けのダウンライトを交換するのが一苦労らしく、照明が切れないよう気にしているとか、とても朗らかに話して頂いた。

ホールではちょうど新入生の訓示が行われていた。懐かしいような、でも、ある種恐怖感をもって振り返らざるを得ないあの頃。みな、希望をもって生きてほしいものだ。

それから近くの建物を見たりしながら、外観をぐるっと回る。今手がけている案件と表情が似ている。私も「沈黙」を目指した。社寺建築に進みたいと思った時、その動機を自分なりに探したが、「マイノリティであること」「手作業であること」「芸術が生き延びていること」ではないかと感じた。教会も同様。まだ芸術が生きる余地がある。

時代を対しそっぽ向いて、ひっそりこの建物も築40年だとか。全く古さを感じさせない。同世代の中銀とは意味が異なる。

時代の息吹と呼応するのも惹かれるが、時代の空気と無縁な建築に、最近より惹かれる。

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カプセル76日目

2013年04月19日 07:24

朝、なかなか起きれない。ハードスケジュールのなか、疲労困憊である。

今は週休1日ペース。設計事務所としては、良心的な方かな。

カプセル75日目

2013年04月17日 10:50

最近は、ちょうど良い室温を保っている。とりあえず一年住めればと思っていたが、一年は経ったな。

最近は、自分の行く先を人任せにすることにしている。一緒に住んでくれる人が現れたら、その人が住みたい場所にふたりで住めば良い。

その時のための準備を、ずっとしているようなものだ。

展示会に行ってきました。

2013年04月14日 23:17

午前中出勤し、午後中銀の展示会へ。

赴きある建物の一室、展示スペースそのものが展示物のようであった。

私が作成したスケッチも飾られていた。なかなか恥ずかしいような、なんとも言えないような気分。

展覧会といえば、大きなものしか行ったことがない。建築を見る際、最も入りやすいのは博物館であるし、結果的に展示物を見ることになるのだが、今回の展示会は小規模で、それゆえの力があった。

その根拠は、人との距離が近いこと。同じ空間にいれば、自然と会話が生まれる。大きな組織に属している現在、そんな小さくて大きな力を感じることが多い。

展示会を企画し、構成した方々に感謝。

激動の日々

2013年04月13日 22:27

久々の休日。午前中一杯寝る。上司からは残業を控えろ、休日出勤するなと言われる。最も大事なものは家族や恋人であると。それが正しいかどうかわからないが、いずれにせよ私は働き続けていた。

単純に、社内や現場から言われたことをこなそうとすると、休日出ても間に合わないわけで、否応なくそうなってしまうのだが、でも、それでも仕事をしようと思うのは、それは建築が好きだからである。

また、休日を与えられたときに、私は世界を知るために最も有効な方法を考える。建築を見に行くとか、誰かと会うとかそういったことがなければ、結局実際の建築を考えるのがもっとも有効と思い、出社している。

仕事を好きだからではない。建築が好きだから、そして、世界を知りたいからである。

そんな私の出勤状況を知っている上司たちからは、最近高評価である。ずっとこの会社にいるかわからないため、なんとも言えないが、何にしろ、人に良く思われるのは悪いことではない。

最近の悩みは現場監督である。厳しいとかそういうことであれば良いが、気性の変化が激しく、一言でいえば変である。他の人と話したがらず、私が他の現場監督と打ち合わせすることを嫌がる。理由を聞いても良くわからず、打ち合わせ自体も、相手が発狂して終わることが多い。

半分冗談で、かつ真剣に思うのは、彼が私を好きなのではないかということ。それがどういった類のものかは別として、そうでなければ説明がつかない。

そう思った瞬間、あの人と接することが恐くなった。途端にこちらに近づいてくるのはないか。変な恐怖感がある。

私は、セクハラというものの恐怖を覚えた。或いは、男性社会で受ける女性の恐怖感というものを少し感じた。なんともいえない、恐怖感である。それは、ちょっとした出来事で何かを想起させ、なかなか拭えない。

現場監督と私の関係性についてというよりは、女性の気持ちが多少わかった気がした。それは、私にとってとても大きな出来事であった。

とにかく、色々なことが同時並行で激震だったこの頃。

明日は出勤である。

それでも正しいことがある

2013年04月09日 01:03

それでも正しいことがある。


人の悪口を言わない。

人の失敗を期待しない。


このふたつに、正直埋没しそうな時がある。

それはいけない。決していけない。


しっかり立ち、はっきりしゃべり、よく聞き、ひとつずつ理解し

人を憎まず、人を信じ、人を想い・・・

headache

2013年04月09日 00:58

色々あった一週間。重たすぎて、呼吸もままならず、言葉に記すことも難しかった。

今の悩みといえば、これは私のせいなのか、私の能力不足なのか、それがわからないことである。

常に頭が痛い。常に切迫感だけがある。

先週の今頃はウキウキしていた。次の日に沈んだ。その繰り返し。

繰り返し繰り返し。



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