建築的喜び

2012年10月30日 21:42

自分の案が通った。もしかしたら、もしかしたら風のイエ(オフィスですが)が具現化するかもしれない。

もうひとつのオフィス案件は、一時停止。逆に案を練り直すから、風のイエになる可能性が出て来たとも言える。

今日の案は実質作業時間2時間程度だったが、いつだって頭の中でプランを練っているのだから、すぐ描ける。

ルイス・カーンとOMAの手法を用い、客先要望を解析し、再構成した。

前の部署ではあり得なかったなほんと。

無論、安易な「建築的喜び」に浸るつもりはないが・・
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ベジータの言葉

2012年10月28日 22:11

オレは・・・・・・・・昔のオレにもどりたかったんだ!!!!
残忍で冷酷なサイヤ人のオレにもどってなにも気にせずきさまと徹底的に闘いたかったんだ!!!!
気に入らなかった・・・知らないうちにきさまたちの影響をうけてお・・・おだやかになっていく自分が・・・・・・
オ・・・オレともあろうものが家族を持ち・・・わ・・・わるくない気分だった・・・
居心地のいい地球もスキになってきてしまっていたんだ・・・・・・

意匠設計者というあぽりあ

2012年10月28日 18:14

静岡のYくんへ。

ご無沙汰です。無事に製図試験を終え、評価もクラスのなかでトップでした。
結果はわかりませんが、描かれた図面が今の私の実力であると思っています。

宛名をYくんにしたのは、ちょっと意見を伺いたいことがあるからです。とはいっても多忙でしょうから、もしこのブログに気付いたら返事ください。

とある昼食の会話。

若手意匠設計者Aくん「でもコストコストって言いますけど、本当のローコストはいい建築をつくることだと思いますけどね」
(注:彼はデザイン至上主義者)
私「うん・・・でも、空間とかデザインに価値を置くのって、意匠設計者だけだと思うけどね・・・。それ以外の人はあまり関心がないんじゃないかなぁ・・・」
Aくん「そんなことないですって!」
私「俺らは建築を職業としているけど、洋服を作っている人は洋服に価値を置くだろうし、料理人は料理に趣を置くんじゃない?」
Aくん「そういうことじゃなくて、これらは文化なんですよ!文化だから守らなければいけないんですよ!」
私「まぁ、だからそれは人によって赴きが異なると思うんだけど・・・。俺の今までの設計者人生からいくと、あまり客先って空間デザインに関心がないよ。雨漏りがないとか、性能上の関心ばかりで・・・」
Aくん「それは、日本人の教養が足りないからです」
(唖然として、私しばし絶句)
私「まぁ、日本にはもともと建築っていう文化がなかったから、しょうがないんじゃない?」
Aくん「いやだからこそ、やらなきゃいけないんじゃないですか!」
私「・・・まぁAくんがそう思うのはそれでいいけど・・・。実際に建物を使うのは俺らじゃないし、所詮俺らは外から建築を見ているだけだからね・・・」
Aくん「・・・どういう意味ですか?」
私「いやだから、俺も雨漏りする建築がそれだけでだめな建築だと思わないけど、実際に雨漏りしても俺らは困らないじゃない。・・・実は俺中銀を借りて住んでるんだけど・・・」
Aくん「え!?すごいじゃないですか!」
私「すごいっていうか、まぁ週に何日か使っているんだけど、雨漏りとか虫とかすごいんだよね(笑)。ずっと住んでいる人もいるからほんとうにそういう人ってすごいと思うけど・・・。でも、中銀も保存運動があったりするけど、それって外から言われても、あんまり意味がないんだよね。だって内部にいる苦労を知らないんだから。」
Aくん「・・・」
私「俺はさ、建物が残るかどうかは、やっぱり人の想いだと思うよ。それにデザインが貢献できる点はあるとは思うけど、それはあくまで一つの要素であってさ。だから、まぁしっかり仕事しなきゃとは思うけど・・・」
Aくん「いや、まぁわかってもらえなくてもいいですけどね(高笑い)」
私「・・・そうね(笑)」

以上の会話についてどう思いますか?(笑)人物や人間関係等、色々な背景があっても会話ですが、学生時代意匠の人との会話を避けていた要因が、まざまざと再発したようでした。
私も大人げないのですが、個人的には「そうだからこそ、しっかり働かなければならないんだよ」ということを言いたかったのですが、意匠設計者は根本的にデザイン至上主義者なので、そこに疑いを持つことができないように思うのです。

自分が合っていて彼が間違っているともいえないので、お聞きした次第。
気付いたら、いつか返事ください。

ちなみに、学生時代の反動もあり「アポリア」はひらがなにしてみました(笑)。

続・風の小屋ー93

2012年10月28日 17:35

秋の夕暮れの小屋の中は、柔かい光に包まれたゆりかごのようで、やはり眠くなる。

「何の無い空間」って、もしかしたら眠くなる空間のことなのかしら・・・?

Villa Savoye

2012年10月28日 17:32

サヴォア邸という存在が、最近やたら大きく感じられる。

今実務で設計している事務所ビルもサヴォア邸のオマージュに近いものがあり、かつ次回設計する事務所ビルもどことなく近い。

ひとつには、上司の合意が得られやすい点にある。今の上司(40~50代)にとっては、我々の世代よりもモダニズム建築の色が濃い。客先よりも上司のチェックの方が面倒くさいので、その点論法として用いやすい側面はある。

しかし、やはりサヴォア邸のすごいところは「全てがある」ということではないだろうか。
いや、厳密に言えば「全てがあるようで、何もない建築」と表現した方が適切か。

「近代建築の5原則」と銘打っておきながら、不可解な矛盾に包まれ、機械時代を礼賛する形態でありながら、土のにおいを感じる。ライトやミースが近代建築の巨匠となったのは彼らが成功者であったためであり、コルビュジエが巨匠と呼ばれるのは、彼が最高の失敗者であったからであると私は考えている。

そういう意味で、サヴォア邸は最高の失敗作である。

サヴォア邸のレゴも、実に興味深かった。レゴがレゴたるためには、精巧な模型のようで在ってはならない。レゴはある種の記号であり、記号としての魅力がなければレゴ化する意味がない。

ただ、この作品は実に優美な記号化であった。建物内部の完成したら見えない箇所に特殊形状のブロックがはめられていたりして、まさにサヴォア邸の感触を覚えた。

この世界を全て記号として認識することは可能であるが、それを超えたものが真実である。レゴにとっては、やはりブロックをはめるときの、あの感覚であろう。

15年振りくらいかなぁ。

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正面性

2012年10月23日 23:37

私は、以前の部署で仕事上のミスを犯していた。異動になってから発覚したので、事実上どうしようもなかったし、自分のせいではないと言えなくもない。ただ、そのことについて、その後の経緯を私はきけないでいた。恐かったためである。

今日、以前の部署の上司に会った際、そっときいた。予想通り、今でもことは終息してないようである。

ただ、上司は私を責めず、反省も込め気にはした方がいいと、いつも通り丁寧な口調で言った。

気持ちが軽くなったわけではなく、ただ現実を知っただけだ。

私は逃げ腰の人生を送って来たが、今年の製図試験を含め、正面から自分と向き合う辛さを知り、成長したように思う。

美化することができない、物事の芯に、ほんの少しだけ触れたような・・

風景-30

2012年10月21日 15:13

雑居ビルに中に建つ塔。立体駐車場か何かかしら。なぜか塔は好きである。機能的に意味が希薄だからであろうか・・・。

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道路に置かれた石。周囲の雑踏とは無縁で、異なる時間がながれているようであった。結構好きな写真。

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のっぺらぼうビル。ファサードはプロポーションを整えるべき苦心するのが設計者の常であろうが、ここまで来るとのっそりぺらぺら感が逆に良い。なんかムーミンに見えてきた。

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手と足を動かせ

2012年10月21日 14:56

今週は仕事をした。自分の人生で初めて、仕事をしたくてたまらない一週間だった。

製図試験が終わり、それ以外のことに集中できる環境になったということではあるが、今800㎡程の小さな事務所ビルを設計しており、小さい案件故に自分で進められる。いつ社寺に異動になるかわからない身でもあるため、今吸収できることを精いっぱいやりたい。

また、設計する際は「風のイエ」になるべく構想するが、そのためには建物と私の身体が接続されなければならない。以前の案件は図面が完全に外注であり、できあがった建物は(いい意味でも悪い意味でも)私とは無関係に立っていた。今回は身体と接続するため、可能な限り自分で図面を起こすようにしている。

金曜夜はそのまま泊まり、土曜の昼退社。久々にカプセルを見に行く。これから忙しくなるので生活用品を戻そうかと思っていたが、正直現状がどうであるか不安だった。中銀カプセル応援団のHPにて落下防止対策(カプセルではなく外装材などの)のため網が貼られたことは知っていたが、私のカプセル自体安全かどうか疑問だった。

なかに入るとあの頃と変わらない空間がそこにあった。部屋は汚れておらず、特に問題ないように思えた。網がかった銀座の景色は、それほど気にはならず、むしろ網に保護された建築空間そのものに関心を覚えた。

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しかしトイレを開けた瞬間、(内容が言えないが)「住居」として成立しない要因が発覚した。これは何とか対処しないと今後生活できない・・・。

カプセルを出てから、メーカーより紹介してもらった参考案件を見に、御茶ノ水方面へ。設計者は頭を使う仕事だが、足を使わない人は、メーカーや現場から信頼がない。しっかり足を使うこと。

神保町に行ったので南洋堂に立ち寄り、製図終了記念にサヴォア邸のレゴを購入。在庫がなかったため手元にはないが、作ったら会社のデスクに置くつもり。私のデスクにある参考図書はコルビュジエ、ミース、リートフェルト、原広司、OMA等、年代が古い。私はこの時代の方が、まだ未来が見えるような期待感を覚える。

それから、秋葉原へ歩く途中「坪庭」という英訳された(外国人向けの?)本を1000円で購入。最近「石」にそそられる。このそそられ方は「本物」ではないかと最近思う。

参考事例を購入してから家に戻り、昼寝。夜は復元図面を描く。

今日は午前中作図。昼は久々のランニング。身体は付いていかなくとも、走り方は覚えている。なるほど、そうか!「かた」は残るのだな。日本における「道」の意味を、一瞬で随分理解できたような気がした。

製図試験が終わってから、時間がゆっくり流れている。社会人になってからは一級建築士が常に付き纏っていたが、それと並行して小屋建設等、個人的な建築活動が忙しかった(それは最高の娯楽ではあったが)。これからやるべき事柄リストを作ったが、小屋の修理にカプセル復旧、家の片づけ、ブログ本の作成等、身の回りのことばかり。

本屋も以前程の欲求がない。学生の頃、哲学書を読まなければ建築家として劣っていると思っていた時期もあったが、今はまったく思わない。手と足をしっかり使うこと。しっかり運動すれば、今度は頭にもしっかり入ってくるだろうし・・・。

良かったと思うよ

2012年10月17日 00:24

試験から2日経った。この間ブログを書かなかったのは、単純に時間がなかったからである。

試験当日は「いつも通りやればできる」という先生の言葉を信じ、いつも通りの手順で仕上げた。実際は通常より10分程度おしたが、それでも何とか「いつも通り」描き上げた。

試験が終わり、クラスメイトと談笑する中で、計画の要点のとある一問について、完全に読み間違いをしたことに気づく。これはあまりにもショックだった。空が真っ暗になるのを感じた。

私の心情通り、現実の空でも雨が降ってきて、タクシーにて最寄駅へ、そして電車にて学校に向かった。

帰る途中も試験の話をすると、やはりそれぞれぼろが出る。落胆し、ため息が漏れた。

学校に戻ると、先に帰っていた一軍と再会。彼らは試験の話は一切しなかったらしく、みな上機嫌である。既に飲む気満々らしく、みなで千葉の居酒屋へ行った。

飲み会は盛り上がり、これまでの思い出話をする。みなそれぞれ、長期製図の時間をかみしめたようであった。

帰宅後就寝。そして昨日は仕事の山にて会社に泊まることに。ただし、試験翌日には日建の模範解答例と総合資格の解答例(のようなもの)が発表され、私のプランははまっていた。しかも、幾人に聞いても未完が多く、試験内容に自由度があったためエスキスがまとまらず、見直しに時間がとれなかったそうである。

現状、私のミスは計画の要点一問である。しかし、私はまで、落ちそうな細い岩道をそっと歩いている。

昨年、一昨年はこのようなことはなかった。仲間がいなかったためである。今年はそれが一番違う。仲間がいるから苦しみ、焦燥感に駆られ、胸が苦しくなりながら、それを共有している。

結果より背景を肯定することはできない。合格しなければいけない。

でも、よかったと思うよ。だって、一緒に戦えたんだもん。

あした天気になぁれ

2012年10月13日 11:35

前日である。

明日の今頃は、ファーストエスキース中だろうか。

昨日晩、彼女に会い一通り図面をチェックしてもらった。実に有意義なアドバイスを貰えた。
また、彼女のお母様が僕に服を買ってくれたらしく、それを頂戴した。
彼女の車で品川まで送ってもらい、11時頃家に着いた。

最近、めっきり涼しくなり、家でも長袖・長ズボンのスウェット姿である。
また、この時期特有の喉の痛みと若干のだるさ(風邪?)を感じている。

午後は学校に行き、先生に何点か質問したら、早めに帰宅し最終確認。そして早めに寝る。

明日は良い天気であることを願う。



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