まあるい窓から世界をみたい

2012年02月29日 23:39

今週は仕事が落ち着いている。落ち着き過ぎて、やや暇なくらいである。そんな状態だからか、ふと考える。

私は世界を変えられるのだろうか。

そんなこと考えてもどうしようもないし、変えたからなにかということでもないのだが、私はしばし考えるのだ。

今回の決断は、やはりそういうことだと思う。世界を変えたい。そのための旅である。

定時に会社をあがり管理会社にて書類手続き。鍵を受け取りわがカプセルへ。自分の部屋と決まると、急にこの空間に安心感を覚える。管理人さんの話だとアスベストも問題なさそうである。

ただ寒い。雪降る東京。その夜空に突き出た宇宙船。通常の住宅とことなり三方上下が外界に接するため、それや寒いだろう。夏も相当厳しいだろうが、基本的に昼はいないから、やはり問題は寒さだな。

その後無印良品にて家具選び。あまり金額をかけるつもりないが、最低限快適な空間としたい。

できれば他の室も見てみたいものである。1972年4月竣工の中銀カプセルタワーマンシオン。ちょうど40年後の今、かつての前衛都市が如何に生き延びたか。カプセルが交換されなかった事実は、制止した外部を連想させるが、「内部」は違う。しっかりと息づいている。

いわば「metabolism in Metabolism」である。

しっかり身体をつかって経験したい。

記念すべきうるう年の2月29日。4年後は何してるかね。

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海と同化した民、私も旅に出る。

2012年02月29日 00:08

先日の情熱大陸は衝撃だった。冒険家八幡暁さん。シーカヤックにて海を渡る。いや、渡るというよりも歩み、触れ、同化して溶けていくような、そんな衝撃を見た。

大海原の中央で、ただただ波の揺動と一体化した姿は、それはまさに恐怖を超え「自由」だった。

三島由紀夫ではないが、自由と言うのはある一線を超える、いや諦める先にあるのかもしれない。

私は、この映像を見た日カプセル移住を決めた。これは私の旅である。日常の、日本の都市を泳ぐ宇宙船である。

映像の最後、島を出る時、シーカヤックが彼の身体の一部であることを私は知った。とても感動的だった。

7年間

2012年02月26日 22:55

本日、契約した。私は、黒川紀章設計、銀座8丁目に建つ中銀カプセルマンシオンに住むことになった。

住むと言っても、家族全員の寝袋を完備し、家族のセカンドハウスとして使う。私は基本的に平日のみ。おそらく週3,4日だろう。

解約してから室内プランを練り、今後のスケジュールも決めたが、気持ちは沈みがちでなかなか晴れやかな気持ちにはなれない。

これは旅立つ前日と同じだ。日本一周もヨーロッパ周遊も、ひとりで何か新しいことをしようとする時、決まって感じるあの寂しさ。今の自分の状況が如何に平穏で素晴らしいものであるか。

初めて一人暮らしをする時もそうだった。そして、一週間アパートで生活してから実家に帰った時、涙が止まらなかったのを覚えている。

今回は何も遠くへ行くわけではない。基本的にはこれまでと変わらぬ生活をするのだ。それなのにこれほど感傷的になるのは、それは私の性格に寄るのであろう。

辻井さんの曲が身にしみる。角田光代の本をまた読みたい。最近の平穏な日常のなかで、徐々に薄れていった生きるための痛み、恐さ、そんなものに直面する時のみ、詩は身体と響き合う。

本日総合資格にて、胸のなかをもやもやする気持ちについて整理してみた。

私の不安事。

風の小屋が竣工していないこと ・・・ 5月GW竣工予定
製図試験 ・・・ GW明けから本格的に。それまでは課題をこなす感じ。
仕事 ・・・ これは永遠の悩み。今は弊社で建築家として生きる可能性をまだ残しているから、とりあえずは頑張るしかない。ただ、最近辛いな色々・・・

それから家族。

セカンドハウス的に借りるとはいえ、私が家を出ればこの家には遂に両親だけになる。姉と弟は一度家を出て以来帰ってこない。結局私は大学1、2年一人暮らしした後、7年間ここにいたことになる。

本日誕生日を迎えたラウンジチェアも、7歳になった。

両親の心配をしてもしょうがないが、しかしなかなか心配である。

想いに耽る、夜である。

この一週間

2012年02月25日 22:22

この一週間ブログを書かなかった。忙しかったというよりも、あるひとつのことで頭一杯になっており、なかなかそれを記録に残す気にもならなかったためである。

とあるカプセルについてである。

まだ何かが決定したわけではないのだが、色々な情報を得て、頭の中で考え、歩き、経験したことを記録しておく。

2/18(土)
朝から飯田橋の不動産屋へ。某物件についての情報を得て、内覧を希望。現在賃貸に出ているのは一物件。6万円にて眺望抜群。ちょうどこの日に出た物件で、とても幸運だとか。

13時からの内覧に合わせ新橋へ。やや時間があったため、駅近くの不動産へ。ほぼ同じ質問をし、回答を聞く。つまり、飯田橋の不動産情報の信憑性を測ったのだ。

それからケンタッキーで食事をし、いざ内覧。エレベータにて当該階へ。鍵をあけ中に入ると、まさに洞窟。漆喰?の壁と内装のしていないモルタルの床(これは既に内装済みであると後々知ったが・・)。人工的なマッスのなかに穿かれた都市の洞窟。不動産情報と外観より、このカプセルは一部宙に浮いている。厳密にいえば、全てのカプセルは中央シャフトに超高力ボルトによってとめられているのだから、全て浮いているのだが、このカプセルはとにかく都市の高層階にて跳ねだされている。眼下には高速道路と都会の雑踏。しかしやはり怖い。内部を恐る恐る歩く。部屋が小さいため内覧は一瞬で終わる。

それから建物内を探検。外部へ出られる箇所はないかと思い、二つのタワーの渡り廊下に行きつく。ここは気持ち良かった。都市の狭間。ゴミ箱が置いてある。設備系は老朽化しており、カプセル上部にはハトさんたち。

シャフト内の階段にて1階に降り、共同シャワー室を見せてもらう。共同シャワーと聞いていたが、それは外部にあった簡易式シャワーであった。

それから不動産屋と電話にて話す。良い印象と悪い印象が入り混じり、頭のなかでなかなか整理できない。

家に帰り、家族と悶々と話す。なかなか設備系が弱そうな点を母は心配する。一応家族で共有するため、私だけの同意では満足ではない。父は外観から判断し、カプセルが地震で落ちそうで完全なる拒否反応。ただし、この建物が有名な建物だと言うと、それだけで評価が変わる。


2/19(日)

終日総合資格製図講座。頭のなかはカプセル。これから週末は製図が忙しくなる。課題をこなす時間も必要。そのためには、会社から歩けるカプセルに泊まり、平日ハイペースで仕事をこなすことが、製図勉強のためにもなるように思える。

2/20(月)

夜の様子が知りたいので、夜内覧できないかと不動産に持ちかける。OKとのことだったため、仕事を切り上げ夜の新橋へ。どれほど灯りがついているものか。

訪れて愕然とした。真っ暗。夜空に浮かぶ廃墟船である。ぐるっと回ると、5.6個灯りが発見でき、かなり安堵したが、とりあえず中へ入り内覧する。新橋の夜に浮かぶ船。夜景は美しい。照明を付け。ここで生活することを想像する。床に寝そべってみたが、まるで生活イメージが沸かない。

なかを実測し、流しの水を出してみる。すると突然管理人さんがやってきて、ここ排水管直ってないんじゃないかなぁと言う。マジッすか・・?それから色々情報収集。

例によって階段を下りる途中、住人が部屋に入っていくため話しかける。「どうですか住んで?「どうって・・・?」そんな感じで何となくの雰囲気を聞く。実際に住んでいる人と話せたのは幸運。

それから1階へ。管理人さんと話していると、スウェット姿の方が何人か館内をうろうろ。シャワーが共同で外にあるため、着替えをもった住人が館内を歩く。皆挨拶をしてくれる。海外でとまったバックパッカー用ドミトリーを思い出す。夜来ると、ここは人間味あふれた集落のようである。銀座8丁目。1970年代の近未来建築の内部。

2/21(火)
携帯メールにて不動産とやり取り。母が設備系不良のため引き気味だったため、私も一気に熱が冷める。メールにてキャンセルをお願いする。ただ、家賃を安くできれば・・・という条件付きで。

2/22(水)
不動産から了解のメール。不動産曰く人気物件にて、この家賃での人が入るのだとか。午後外出の際、早めに会社をでてカプセルまで歩く。そして遠くからみる軍艦は、やはり美しい。キャンセルしたものの、なかなか気持ちが離れない。

2/23(木)
新橋の不動産にまだ物件が残っているか確認する。そして、これまで掴んだ情報の照合をとる。管理人、住民、ネット、オーナー、不動産。皆言うことは異なる。外出の際、本屋に立ち寄る。先日発見した「メタボリズム・トリップ」という本を買う。チャーリー・コールハース(レムの娘)が写真を納めたメタボリズム建築の記録。カプセルも当然載っており、人工的な大地の姿を謳っていた。特に、3階外部で日光浴する女性の姿は、私にとって魅力的に映った。

2/24(金)
仕事を早く終わらせ、再びカプセルへ。8日中4日カプセル。実際に借りてもこんなに行かないかも。管理人さんと話す。その後新橋不動産へ。とりあえずおさえてもらう。また考える時間がほしかったのだ。

2/25(土)
起きたのは12時半。やはり平日の疲れ、睡眠不足が尾を引く。今のままでは平日仕事、休日もその延長と化す。平日カプセルに泊まれば、1日3時間程度余分に寝られる。

午後所用を済ませながらふと思う。「ずいぶん自分も平穏な暮らしになれたなぁ」と。学生の頃、建築家になるためにホームレスになることも想定した。社会を受け入れられない、社会に受け入れられない自分が生きていくためには、通常の幸福など考えていなかった。それが、大手に入りそれなりの給与をもらう中で、自分の生活を良好に維持することが主眼となっている気がした。

今、私はやはりあのカプセルに埋没しようと思っている。その理由は、やはり私は建築家でありたいからだ。

都市を考える上で、ひとつの理想的な位置にあるカプセル。また、歴史的にも建築が社会生性を持ちえた最期の(?)建築。そして今保存問題にも揺れる。この建物の性質上「保存される」ことは意に反するようにも感じる。ある意味、日本建築の歴史的位置を、自分の身体を持って考えるまれな機会。

また、この建物の良いところは風のイエと逆行するところ。窓がはめ殺しにて完全な空調管理。私が嫌悪する建築だ。また、私はマンションには住みたいと思わない。都心に住みたいとも。ならなおさら知っておきたい。頭ではなく自分の身体で。

懸念事項はまだある。本当に地震時大丈夫か。またアスベストは?家賃6万は妥当か?

上記の問題は、全て相対的なことだとこれまで考えてきた。地震や健康被害は、あくまでリスクの問題であり相対的なことだ。我々は常に死へのリスクを抱えている。現代社会はそれを隠ぺいしているだけだ。ただ、実際に自分がそこに身を納める。さらに、自分の家族もとなるとやはり考える。建築家としての自分と現実の自分はやや異なる。

考えはまだまとまらない。ただ、私は今過去の自分と戦っている。学生の頃の私ならどう考えたか。ある意味純粋に建築と向き合っていたあの頃。

さて

たっぷりな一日

2012年02月17日 22:01

本日は代休日。入札がひと段落し、業務に余裕が出たため代休を押しこんだ。

ただ、代休をとらなければならない理由もあり、ひとつはRICOH CX4が気付いたら(2度目の)液晶割れとなっていたため、修理に出さなければならない。そのサービスセンターが新橋にあり平日しか営業していないことがひとつめの理由。そして、本日弟が1カ月半のアメリカ旅行に出る。大学2年生、色々考えたあげく、考えず、目的地も決めずアメリカに行くことを決めたらしい。良い悪いは別とし、私の影響であることはお互い認めている。

8時にお互い朝食を食べたが、結局コタツで10時半まで寝ており、急いで準備し駅に向かう。

駅前の王将で食事。彼の年齢は私が初めてヨーロッパ周遊一人旅をしたのと同時期。私は泣きながら家を出たが、彼は私より6年のキャリアがあるため平然としている。ただ「行きたくない」と連呼。その気持ちは良くわかる。旅行とは基本的に「ムダ」なことであるから、必死にムダを満喫してきてほしい。

ホームで別れ、彼は成田空港へ。自分はそうでもなかったが、やはり弟が長期旅行に行くのは心配になる。若干の感慨に引かれながら、私は新橋へ向かう。

錦糸町に着く頃、弟からの着信。あまり良い予感はしなかったが、忘れ物をしたため家に戻ったが、鍵がなく入れないとのこと。急遽母親と連絡をとり、母親に仕事を中断し家に戻ってもらい、そのまま高速で空港へ言ったらしい。忘れたものが何かと問うと、クレジットカードだと言い「あほーー!」と携帯で叱咤する。

その後の連絡で、彼は何とか空港へたどり着き、飛行機に乗った模様。今頃飛行機のなかで寝ているだろうか・・・。

私はその後、新橋へ。予定通りサービスセンターにて修理の依頼。今回の場合13000円程修理費がかかるらしく、その場合ちょっと上乗せすればCX5が帰るが、それでも修理するかと問われる。私は修理を即断する。私はこのカメラについて思い入れがある。少なくとも、この一年間私が見た風景を切り取ってくれた相棒である。そんな簡単に破棄するわけにはいかない。

修理は2時間かかるというので、近くの汐留パナソニックミュージアムにて今和次郎展が開催されていたため、ミュージアムへ向かう。

今和次郎についてに知識はあまりなく、というのも学生時代Y君が今和次郎を良く引き合いに出していたため、それほどのめり込まない様にしていた(笑)ちょっと遠くから彼の様子を見、自分なりに観察する姿勢をとっていたのだ(アメリカのバス内の風景参照)。知っていたことといえば、考現学の創始者であり、風貌が何となく彼の恩師に似ていることくらいだ。

今回の展覧会にて、いくつか驚きの事実を知った。

ひとつは彼がコールハースであったということ。情報採集しデータベースを図り、かつそれを視覚的に表現した。グラフィックデザインということが希薄な時代であったろうが、彼のデータ分析はとてもAMOに先立つもののように感じた。今和次郎という人は、完全に「虫の目」の持ち主だと思っていたが、かなり俯瞰的な視点も持ち得ていたことが驚きだった。

展覧会のなかで、お綺麗な都会風の女性たちの会話のなかで「あ、こういう見せ方って分かりやすくないけど面白いね」と言っていた。正解。学問は時として、専門家より一般人に方が鋭い。

もうひとつは彼がコルビュジエであったということ。彼のモジュロールのように、人間の身体に基づく寸法体系というものがあったらしい。また、服装や髪形についてのリサーチも、それに近い物を感じた。共時的な視点。

彼の実績を見ながら、私は誰でも今和次郎になれるのだと感じた。彼は権威的に何かを成し遂げたわけではない。彼の情報採集は、誰もが日常的に可能なことである。私はこの展覧会を見ながら、畑研のリサーチについて思った。私も、自分の家の収納物についてリサーチし、データベース化したみたいと思った。

展覧会のなかで、とあるご老人が学芸員に話しかけている。何か知識をひけらかしているのだと思ったら、急に弊社の名前があがる。展示物を見ている話を聞いていると、どうも今和次郎が保存のために移設した民家を、弊社が撤去し開発を行うらしい。断片的な会話なので詳細は分からなかったが、こういった学術的なフィールドに、弊社は(いい意味かは別として)関わっているのだと感じた。私は何も言葉を発さず、展覧会場を後にした。

予定修理完了時間まで時間があったため、カフェでお茶。三島由紀夫処女作「花ざかりの森」を読了する。

その後カメラを引き取り、駅に向かう。道中、黒川記章の中銀カプセルタワーを臨む。この造形美はやはり建築だなと思う。撤去は既に決定済みだが、まだ解体しないのだろうか。何となく写真を撮り、新橋駅へ。

電車内にて、ふと思い「中銀カプセルタワー 賃貸」で検索をかける。すると、五万円台で借りられることが判明。以前にも一度調べたことがあったが、そうか、このくらいの金額だったかと思う。ただ、私はそれに急激に引き寄せられた。

というのは、最近千葉に実家への終電が間に合わず、弟のアパートにかなりお世話になっていたのだ。確かに最近の忙しさは相当だったため、しばらくは落ち着きそうであるが、それでも今後また忙しくなることは必須。いつまでの弟のアパートだのみでは無理があるかなと悩んでいたのだ。

ただ私は今、実家庭に小屋を建設中であり、家を離れたくはない。そう考えると現実的に一人暮らしは否であったのだが、ここで「セカンドハウス」という構想が沸きあがる。つまり、基本的には実家住まい。そして忙しい時だけ利用する。しかも家族全員に鍵を渡し、家族のセカンドハウスとして借りれば、賃料も全額負担しなくて良いかもしれない。

家に帰り、さっそく不動産屋に連絡。確かに空いており入居可能な物件がいくつかある。電話して気付いたことは、不動産の人達はこの建物が有名であることは知っているが、それほど価値があると思っていない。あくまで立地・延べ床面積・設備にて金額をはじいている。

また、いくつかの悪条件としては、部屋によっては設備が完全に遮断され、倉庫としての貸出だとか、トイレは使えるがお湯が出ないとか(1階に共用シャワールームがあるらしいが)、それからアスベスト問題に解体問題。忘れていたが、この建物は解体を待っている状態だったのだ。

ただ、実際に解体されるかは良くわからない(不動産屋だったら知っていても明かさないだろうし)。それに、今の私の状態ではぴったりの物件。日本初のデザイナーマンション。都会生活。

母親に相談したらかなり乗り気。私もニヤ気がとまらない。今日父親に話をし、特に問題がなければ明日不動産屋に行ってみる。実際に中を見させてもらい、状況を把握する。

なんか色々あった一日で、いつになく長いブログとなってしまった。

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社会のために

2012年02月13日 23:14

とある上司は、どういう訳か自分の考えに絶対的な自信を持っている。

典型的なサラリーマンなので、相手によって発言を変えるが、「自分のフィールド」と認識するや否や、絶対的な言動力を誇示しようとする。

そういった感覚は、人間として優れているとは思わないが、設計業務をこなす上では、やや有利に働くことがある。

「自分の感覚=正」なのだから、それ以外は間違った考えとなる。間違った考えは正さなければいけないから、修正を強要する。

デザインという答えのない問答について、常に答えを自分だけが知っていると錯覚できるのであれば楽である。

結果、打ち合わせもうまくいくこともある。(何せ、デザインに答えはないのだから)

ただ、その知性は、何をも超えていかない。閉鎖された壁の中でマスターベーションするに過ぎない。

それは建築ではない。

建築は社会の産物である。

今日も、どのような建築が社会に受け入れられるか、それを考えていた。

お返事ありがとうございます

2012年02月12日 22:29

fuku様

お返事ありがとうございます。
失礼ながら、ジャック・マイヨールって誰だったっけと思って調べたら、有名な冒険家さんですね。
hukuさんのお話も実に素敵な話ですね。

私が知ったコルビュジエと坂倉準三のエピソードは、あくまで当人が亡くなってから展覧会で知ったのですが、ご本人とそのような体験をされたことは、実に感動的なことだったのではないかと思います。

ネット上でも、このような会話を交わすことができることは、とても素敵なことだと感じます。

PORCO

最近見た風景

2012年02月12日 22:24

横浜、弟アパートそばで出会った建築。というか、以前から何度も見ていたが、弟のアパートの泊まるときは終電に間に合わない時であり、翌日も朝6時には駅に向かうため、外は真っ暗でしっかり見たことがなかった。昨日コンペにて終電に間に合わず、結局弟アパートにとまり朝9時半まで寝ていたため、家を出たのは10時過ぎ。初めてしっかり見て撮影。

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エントランスの構成としては、名建築家によるものではないかと思うほど素晴らしい。アプローチの先に駐車場があり、住まいがその上に浮いている。風のイエの構成に近い。

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駅へ降りる坂から覗く屋上テラス。もともと勾配屋根の上に増設したように思われる。屋上テラスは小さい頃から憧れていた。友達の家の屋上テラスがともて気持ち良くて、自分も将来屋上のある家に住みたいと思っていた。

風のすまいの屋根について考える時、屋上にテラスを作るかしばし悩んだ。だが、結局建築の「佇まい」を意識し、シンプルな屋根を架けることとした。

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美容院。とてもシンプルな構成の建築で、佇まいが良い。こういうシンプルな建築が最近好きである。

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東京タワーふもとで見た風景。雑多な都市の谷間に見た「小都市」。増築にて結果的にできた風景だろうか。美しい構成を見た。

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夜見た風景。とても夜景がきれいに見える時がある。

最近読んだ本たち

2012年02月12日 22:07

この1カ月程で読んだ本について。

『ジパングの岸辺―イバラード博物誌 3』 著:井上 直久

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彼女からのプレゼント。絵をみた瞬間、『耳をすませば』の世界だと感じた(実際に引用しているとのこと)。

絵本のような感覚。すっと風を感じ、涼しげで温かみのある世界にいざなってくれる、良い本である。

この文章を書きながら思ったが、絵本ってなんかとても魅力的だ。



『君たちには分からない―「楯の會」で見た三島由紀夫』 著:村上 建夫

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元盾の会会員よって書かれた本。三島由紀夫の盾の会での言動や、会話が綴られている。こういった個人的な視点、妙な批評性がない本は最近好きである。学生の頃は、やはりどこかに理想的で、誰もが幸福になるようなユートピアがあるのではないかと(今から考えると)思っていたが、なかなか現実の怠惰な社会(?)を見ていると、その可能性は著しく低いということを思う。単に時代性の問題かもしれないが・・・。

本のなかでは、三島由紀夫のジレンマを垣間見た。盾の会内部にあっても、彼の論理は理解されてはいなかった。やはり彼は孤独だったのだ。しかも(これはなんとなく予想がついていたが)、彼の剣道は下手らしい。村上春樹は(というか他の批評家も)、三島の運動活動はあくまで「美学」であり、運動そのものではないと言われているが、何となくそう思えてきた。

この本を読むと、彼の人間的弱さとちっぽけさ、或いはそれを反証したいがための強さ、そんなものを感じた。


『フィンランドという生き方』 著:目莞 ゆみ

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ヘルシンキへ行って以来、フィンランドにはまっている。やはり、現実社会に打ちひしがれ、何も活力が無くなってしまったら、ヘルシンキの白い雪で温まりたい。そんな幻想を時々抱く。

この本自体は、実にしっかりした構成の本で、風土・教育、その他彼らの日常生活について綴られている。フォンランドの大枠を知りたい人にはとても親切な本であると思う。この本を読んで何か衝動的に感じたことはないが、これからの日本社会を考える上でも、フィンランドをひとつに理想モデルになるのではないかと思っている。

共同体

2012年02月08日 23:32

今日、日中本社ビルから東京を見下ろすと、四角い陰影が大地に刻まれ、そして、その光は同じように、私の小屋にも降り注ぐのだと感じた。

太陽はとても大きく、とてもとても遠くにあるから、地上で場所が離れていても、同じような角度で動いていく。

私は、この太陽の元では、皆が「共同体」なのだと感じた。

そして、その共同体の思想は、ルイス・カーンのそれでないかと感じた。

とてもとても大きいものを発見したような気分だ。


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