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1月31日(火)晴れ時々曇り

2012年01月31日 23:06

やはり、私は建築家として生きていきたい。

それは賭けかもしれないが、私が社会のなかで生きていること自体、既に十分賭けである、
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1月30日(月)晴れのち曇り

2012年01月30日 23:14

昨日、水野美紀の情熱大陸を観た。

人は誰でも(かどうかは知らないが)、自由に生きることを欲する。社会のしがらみを振り払い、自由に表現することを欲する。

水野美紀は、あたかもそのように生きているかのように思えた。

人が生きる道に優劣は無いと、私は思う。彼女の興奮も、彼女の辛さも、私の生活の中で同様に味わうことができる。

そのはずである。

だが、やはり彼女の生き方に憧れを感じたのは確か。いいなぁ、と素直に思った。

社会のために何ができるか。それが今の、私の生きるための指標だ。

しっかりしっかり、考えながら生きていく。

1月29日(日)晴れやや曇り

2012年01月29日 20:40

昨日、久々に10kmを1時間で走り切る。脚を痛めていた時期もあったため、半年振りくらいだろうか。

走った後、風呂に入り畳(冬はコタツ)で寝る。幸福の瞬間だ。

最近甘い物を食べなくなり、また量も控えめになった。それが要因だろうか、店に売っているものはすぐ飽きがくる。

走り終わった後の爽快さは飽きがない。

飽きがない幸福なんて、とてつもない宝物を発見したような感覚だ。

明日からは、また騒々しい日々が始まる。

風の小屋―73

2012年01月28日 20:47

午前は熟睡。建設業に携わる者にとっては普通なのかもしれないが、平均睡眠時間4時間はキツイ。ただ、以前より睡眠時間が少なくてすむのは、やはり以前に比べエネルギーをつかってないからだろうか。とりあえずそのツケは週末にやってくるのだが。

午前は資材購入。午後から施工。

遂に天井施工へ入る。事前に野縁は付けてあったので、適切な大きさにカットし貼りつけていく。今回の工事は常にそうなのだが、作りながら設計を練り直していくということが前提なので、常に最終形を作るのではなく、空間がイメージできるところまでまず施工する。

今回の場合は、まず合板をカットしビスで仮止め。空間構成を確認し、設計の承認が取れたら(とるのは無論私だが)本施工。合板をはがし塗装、それから釘打ち、パテ埋め、塗装の順だろうか。天井を貼っていから塗装だとムラが出そうなので、一度はがす工程とした。

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天井が貼られると、天井高が分かる。天井高1775だが、低い・・・とは感じなかった。何を聞かずとも、空間が「座れ」とささやいてくる。座ると、ちょうど良い。茶室もきっと「座ってくれないか」と空間が語りかけてくるのだろう。

低い天井高でも、入口はピロティ下からくぐるので、とても高い位置に天井があるように感じ、空間は伸びやかに広がっていた。設計段階で意図した構成は、間違っていなかったと感じる。

また、当然室内は暗くなる。いや、陰影がつくのだ。それは空間に「場」を与え、流れを生む。

中央から順次東側へ貼っていたが、やがて北東のトップライトが姿を現す。光が、今までそこにあったはずの光が初めて姿を現した。カーンの言うように「光は建築の壁に照らされ、初めて自分が光であることを知る」のである。

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明日は出勤なので、今週の作業はここまでとなる。段々と、完成への音が聞こえる。嬉しいような待ち遠しいような、でもちょっと寂しい。そんな心持である。

1月27日(金)曇り時々晴れ

2012年01月27日 23:26

現場の主任に怒られる。

言い訳は山ほどあったが、言い訳でしかないから言わなかった。

何より、言い訳ばかりの人間はダサいから。

1月24日(火)晴れ

2012年01月24日 23:10

客先打ち合わせ、社内作業と無難にうまくいく。気持ちが晴れるのは週に一日あるかないか。

常に何かに追われている。

多分、この感覚はいつか大きな財産になる。

風の小屋―72

2012年01月22日 20:54

昨夜の大雨。雨漏りが心配だったが、小屋内に入ってみると雨漏りの様子がない。
これまで雨漏りには困らされてきたが、波板のダブルにて止水性確保。雨にて作業ができなかったが、止水性確保が確認できたことは大きい。心のなかで「I made it!」と連呼。

極寒の日曜日だったが、白い室内は暖かかった。

今日は雨のため塗装作業。宙に浮いた洞窟のような、包まれる感覚が芽生えてくる。

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近代建築は、ホワイトキューブが基本。しかし、その「白」という意味はそれぞれ全く異なる。バウハウスの白は、抽象化された色彩の白。コルビュジエの白は、地中海の白。篠原一男の白は、抽象化された日本の濃い白。

風の小屋の白は、何もない白。何も表現しないための白。

いい感じである。

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都市の陰圧

2012年01月21日 22:15

コンペの最中であるが、上司の気遣いで週末休みを頂いた。小屋を作ろうとも車がなく、さらには小雨降る肌寒い週末。あまり乗り気ではなかったら先輩に誘われた社外コンペの現地視察をし、さらに以前から見たいと思っていた建物を見に行くことにした。(朝カメラを手にしたら、液晶が漏れている・・・また修理か・・・)

社外コンペとはUR団地の再生。場所は足立区花畑。うちからはほどほど遠く、10時過ぎに現地着。

概要をあまり把握せず来たのだが、どうやら何期かに分け団地は作られたらしく、古い区画をバリケードが囲い、既に誰も住んではいなかった。改修か建て替えかどちらかだろう。私は今回対象となる建物を探しに団地を歩く。

団地生まれの私は、郷愁ではなく、根に刻まれた、あまり幸福とは言えない記憶がある。悲しいかな、記憶とは暗いほど濃く残る。

目的地を見つけた。そばに公園が造成されるようで、それも加味した提案ということだろうか。

現地写真を撮った後、駅へ戻る最中、再び人気のない団地へ入った。工事範囲なので関係者以外立ち入り禁止なのだが、バリケードのなかはかつての空気感が満たされていた。何も無い空間。ただ、いつかの子供たちの声だけが木霊する。

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谷塚から上野に戻り、浅草田原町へ。ここに白井晟一設計の「善照寺本堂」がある。いつか行きたいと思っていたが、社寺設計を志すものとしては一度見るべきだろう。

雪が降る中、田原町駅から徒歩10分。浄土真宗東本願寺の目の前にその建物はあった。建物を臨み、近づくが、中に灯りが・・・。ちょうどお葬式が行われていた。建築見たさと寺院の本来性に挟まれ、どうしようか悩んだが、とりあえずお葬式が終わるのを待ってもう一度来ようと駅へ戻る。

ジョナサンで食事をし、もう一度お寺へ。まだ式は終わり切っていない。こんな時、建築的な興味でなかを覗くわけにもいかず、駅へ再び引き返す。これがあの建物の本来的な姿なのだ。

それからメトロを乗り継ぎ、神谷町へ。東京タワーの麓にもう一つの目的地「ノアビル」がある。深く考えていたわけではないのだが、これも白井晟一設計。白井の建築はいままでひとつも見ていないが、本日は白井建築探訪となった。

神谷町駅から東京タワーへ歩くと、緩やかにカーブする道の先に、その建物は起立していた。なるほどこの建築は都市に建っているのだと、私はその瞬間確信した。無表情な建物は、都市的な開かれた場に穿たれていた。

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近づくと、低層部は荒々しいタイル張り。上層部は石張りの基壇。西洋風であるが、西洋の古典絵画に出てくるような古代の建物。いや、墓石といった方が適切か。商業ビルでありながら無口であり、集客性は望めそうにないが、都市に対峙する建築、いや塔の役割として、あたかもこの21世紀の現状を予想し、墓石として、陰圧として存在していた。

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磯崎新は未来都市を「廃墟」として捉えたが、白井の建築は気品に満ちていた。決して悲観的にではなく、都市の行く末を見つめているように思えた。

駅からノアビルへ歩いてくる時、やたら巨大な建造物を目にした。駅に戻る時立ち寄ると、どうやら寺院建築、あるいはそれに纏わる集会場のような建物らしい。なんともスケールアウトした、何層にも積み重なる屋根。こんな建築が東京にあり、しかも全く今まで知らなかったとは。(帰ってから調べたら「霊友会釈迦殿」という新興宗教の建物とのこと。)

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都市を、ある「衝突」をもって語ることは、今の私の心情からはやや遠いが、しかし巨大な宇宙船に吸い込まれる階段は、明らかに「無」を想起させ、私の気持ちを高揚させた。

都市という経済的論理に翻弄されるフィールドに於いて、しかし建築家は何かしらの道標を示すべきだという考えは今も変わらない。現在抱く構想は、都市に「無の空間」を穿つことである。そこが「陰圧」となって、風の吸い込み口となる。風は吹いていても、出口がなければ滞留し淀むだけだ。

都市には風が必要だ。

暖かい雪・・「仕方ない」と言える強さ

2012年01月20日 23:43

朝一、工事長にお願い(謝罪)するため、現場に行く。強風のなか雨が吹き、肌寒い朝。

現場に着くと、工事長と施工図屋が打ち合わせをしている。

着くなり私も打ち合わせに参加。本日お願いに来たのとは別の件。

軒天下ダウンライトの打ち合わせが終わった後、扉発注間違いの件を聞かれた。

経緯を話すと工事長は、「終わったことは仕方ない」と、以後同じことがないよう注意しただけだった。

普段、大声で怒鳴る工事長は、今日は最大ボリュームで怒られるかと思ったが、原因を把握しただけで話は終わった。

私は頭を下げ謝り、それ以外の打ち合わせを終える。

外に出ると雪が舞っていた。寒さは皆無で、暖かさだけがそこにはあった。

駅へ歩く道中、高架下で涙が出た。何気なく「仕方ない」と言った工事長の大きさを感じた。

「仕事ができる」とは、相手が何を欲しているか把握することである。

論理は時として、理解を拒む程効力を発揮することがある。しかし「理解を拒む」ために必要なことは、相手を「理解する」ことである。

そんな当たり前のことを再認識した一日だった。

ひとり 走る

2012年01月19日 23:16

本日、設計者としては最大の失敗をした。厳密にいえば、失敗に気づかず現場は進んでいた。

明日、朝一工事長にお願いに行く。謝りにいくと言った方が近いかもしれない。

怒濤の叱責があるのは間違いのないこと。憂鬱だが、正面から頭を下げることは苦ではない。

いつの間にか、私の目の前は開かれていたのだ。私は、ひとり先頭を走っているのだ。

ただ、ある設計者は「自分には責任はない」の一点張りだったが、普段厳しい現場の主任は、いつも通りの厳しい姿勢で、ゆっくり話を聞いてくれた。

私の上司も然り。

嬉しかった。


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