8月31日(水)

2011年08月31日 22:36

吉高由里子は、初めてブラウン管で見た時から好きだったが、Yくんの呟きを聞き、フォローした。

昨日、川上未映子で検索したら、美しい言葉をひとつひとつ置いていた。

一度会社を出るが、明日の上司の予定を鑑み、会社に引き戻す。結果的にはそれでよかった。

辻井さんの『風の家』は、明け方聴けば、きらきらひかる太陽を想い、夕方聴けば、明日まで透き通った澄んだ空を想う。
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8月30日(火)

2011年08月30日 22:10

そう容易く異動は出来なそうである。

今の場所で頑張るしかない。

すると私はとたんにやる気になる。

私は常に逆接的な思考が働く。

その「思考」が停止する時、真実は目の前にある。

そう思う。

8月29日(月)

2011年08月29日 23:33

気が滅入って図書室に行く。落ち着く。

異動について色々考える。「皆で一緒に頑張ろう!」的なムードになると困る、ということに困る。

周囲に隠れて、異動希望先にメールする。それが心の救いでもある。

次期総理が野田氏に決まったらしい。正直関心がない。

以前、海外ひとり旅をしている時に出会った青年からの問いを思い出す。

「政治家の目的は何だと思う?・・次の選挙に当選することだよ。」

ただ関心がないからこそ、しっかり知っておかなければいけないとも思った。

風の家 から 風のイエ へ

2011年08月28日 00:30

辻井さんのピアノと出会ってから、辻井さんの曲しか聴いていない。ただ、以前そうであったように垂れ流しに聴くことはない。耳を澄ませて聴いている。

曲を聴きながら、時々曲名の確認をする。何の「作品」か知るためではない。その曲がどのような背景で作られたかを確認するためである。

しかししばしば曲名を確認するのは、辻井さんの曲を聴いていると、それがどの曲なのかよくわからないからである。どれも似たような印象がある・・・というか、大きなひとつの音楽の、いくつかのパートを聴いているように感じる。

ネットを見ていたら、辻井さんの『風の家』がサザンのTSUNAMIに酷似しているという記事があった。そう言われると確かに似ている。

しかし、私にとってそれはどうでもよいことである。

辻井さんの音楽を「作品」と捉えるなら、それは確かに問題かもしれない。しかし私は、彼の音楽を「作品」と捉えることはしない。

それは、辻井さんが即興で曲を奏でることにひとつの要因があるだろうが、ただ彼の音楽を聴いていると、曲の違いは、その場に居合わせた環境によって変化しているに過ぎないように思うからである。

言葉が、それを奏でる人、受け止める人、そしてその環境によって全くもって変容するのと同じように、辻井さんの音楽も風の移ろいと重奏し、移ろっていくように思うのだ。

辻井さんの曲のタイトルが、どのように決めたかは知らないが、それは映画やドラマのタイトルであったり、場所を表す言葉であったりする。あくまで、それは暫定的に「作品」として固定化するために、その方法論としてタイトルを付けているように思えるのだ。

そういえば、画家の石井一男さんも同じである。彼の絵はタイトルがあるが、それは周囲の人が想いを込め命名するものであり、彼自信、絵は「作品」とは思っていないように思う。絵を描くのは、絵を描きたいからであろう。

そのように考えると、彼らから発せられた「表現」を「作品」として識別し、他のどの作品に似ているとか、同じような作品であるとか論じることは、とても貧しいことである。

辻井さんの『風の家』は、私がピアノを習っていた頃、初めて好きになった曲にフレーズが似ている。だから、懐かしさを覚える。

それは「複製」ではない。なぜならそれは「作品」といった額縁の納められた固形物ではないからだ。

もうひとつのKaze-no-ieが、それに伴って浮上する。 

8月27日(土)

2011年08月28日 00:05

歯医者に行く。「あなたの場合は働き過ぎでストレスが溜まっているから、虫歯になりやすい」と言われる。

「ほんとは歯磨きって一日の御褒美なんですけどね。だって、喧嘩してたら歯磨きはできないでしょ」と言われる。

元々頭がよく好きな先生だったが、より好きになった。

携帯販売店で新規契約をする。元々スタッフの手違いで契約更新の必要が生じたのに、更に説明のない手数料がかかるとのこと。

スタッフに不満を伝える。気分を悪くする。相手の対応より、金額の話より、不満を言わなければならない自分にである。

もし私がスタッフだったら、数日へこむだろう。それを考え相手に寄り添って話すように心掛ける。

駅のホームで辻井さんのピアノを聴く。そんなことどうでもよいと思えるほど、風が心地よい。大切なことは、もっと他にある。

総合資格の帰り、地元のお祭りに寄る。りんご飴を食べながら、花火を見る。

人が集まっている。23年この町に住んで、久しぶりに良い町だ
と思った。

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8月26日(金)

2011年08月26日 23:54

テレビは見ないと先輩に言うと、「どうやって社会のこと知るの?」と驚かれる。

今ニュースを見ているが、つまらない。

先日より、クーラー部屋に製図板を移動。増沢洵の自邸2階のアトリエを思い出す。大学1、2年の頃、ひとり製図板を抱えながら設計ができたらと夢見たが、その風景に似ている。

あの頃の私から見て、私はどのように映るのだろうか・・・

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8月25日(木)

2011年08月25日 22:51

上司との面談。基本的に褒められるが、萎える。

人が人にどう思われているか、それは人それぞれだ。

良くしてくれたCADオペさんが辞めるらしい。人生をしっかり考え直すようだ。少し寂しい。

風を見る

2011年08月24日 18:51

辻井さんは、風景に出会った時「見る」という言葉をつかうらしい。

それに対し、何かしら批評したいとは思わない。

ただ私は思う。彼には「風」が見えているのではないかと。

私には見えているのだろうか。

私も見たい。

辻井さんのピアノは・・

2011年08月23日 22:48

辻井さんのピアノは、とても儚く、一音一音語りかける。

辻井さんのピアノを聴いて、イヤホンで音楽を聴く時間が減った。より、周囲の音に耳を澄ますようになった。

辻井さんのピアノには、余白がある。

辻井さんのピアノは、木漏れ日の中で、夕焼けの下で風となる。

8月22日(月)

2011年08月23日 00:28

生暖かいオフィス。脱藩精神を無くすよう、周到に仕組まれている。

ゆったりと一日が終わる。

今日は早めに帰り、製図をやろう。

残業中、青井先生のインタビューをネットで読む。如何に自分が先生に影響されたかよくわかる。


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