風の小屋―47

2011年07月31日 21:49

今月をもって風の小屋は冬眠期間となる。次回施工は10月中旬予定。

ただしっかり冬(というか夏)を越すための準備として、外殻は一応固めた。

この小屋はどの地点で「完成」となるか良くわからないが、とりあえずの目途として、これまでの風の小屋施工変遷を記したい。今から辿ると、最初の写真はまだ駐輪場がある時点のもの。そこから風の小屋建設が始まった。

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2010年10月17日

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2011年2月12日

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2月13日

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3月6日

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4月3日

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4月17日

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5月14日

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5月15日

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5月22日

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6月5日

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6月12日

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6月26日

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7月3日

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7月9日

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7月10日

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7月17日(正午)

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7月17日(夕方)

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7月18日

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7月24日

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7月29日


こうして並べると「変遷が分かる」とかいう次元ではない。これは私の格闘の記録である。見ていると疲れる(汗)

逆に変遷が見えるのは周囲である。元々溝だった裏手は道路拡幅され、そして何より、木々が揺らいでいる。最初の映像が昨年の10月なので、秋、冬、春、そして夏を迎えようとしている。まわりの植物が、これほどまでに躍動的だとは思わなかった。家の裏手の、陽があまり当たらない影地なのに、彼らは躍動的だ。

私は思う。これは建築だ。

植物は常に変化しただろうが、それは、この建物が建てられることによって明らかになった。変化を与えたのは建物の方だが、建築の周辺はよりダイナミックだ。

建築によって、彼らの「生」を知る。

それは「世界」を知る瞬間だ。
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日常の風景から

2011年07月30日 17:26

今日は製図試験勉強前日。嵐の前の休息。というか必要備品の補充。靴と服。

午前から千葉に行き、靴を探す。会社で履く革靴、ただプライベートでも履きたい。特にブランドにこだわりはないが、しっかり履けるものが良い。

千葉にREGAL専門店があることは知っていたので、千葉そごうに寄ってからその店へ向かう。いくつか見たうえで、2万円の明るい茶色(最近流行の?)に決める。紐ではなくベルト形状。ベルト裏がゴムになっているため、履きやすい。

それから洋服選び。高級ブランド店にも寄ったが、結局ユニクロにする。靴とか上着とか、そういう“モノ”には金をかけたいと思うが、どうも洋服は必要最低限で良いと思ってしまう。まぁ、もっとスタイルが良かったら考え方は違っただろうけど・・・。

買い物が済んでまだお昼。家に帰るのもなんだなぁと思ったら、映画『コクリコ坂から』が上映されているのを映画館のポスターで知る。ひとりで映画を見たことはないが、午後の時間の使い方としては上々と思い、古い映画館の扉を開ける。チケットを購入してからケンタッキーで食事を済ませ、13時過ぎの上映を観る。

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感想はあまり言葉にできないが、とても良い映画だった。『もののけ姫』が「どう生きるか」ということをテーマとしていたなら、この映画は「明日を生きる一歩」を後押ししているように感じた。

良かった点を上げると、主人公の声の低さ・カルチェラタン・印刷・大掃除・哲学・音楽・・という感じでしょうか。

高校の頃『千と千尋』が公開された際(私は見なかったが)、同級生が「今回の主人公の少女は、顔が可愛くないのが良い」と言っていた。それまでジブリ作品で主人公の顔の良し悪しについて、私は深く考えたことはなかったが、その人曰く、皆可愛く描かれているのはおかしいとのこと。

いつか宮崎さんのインタビュー記事を読んだ時、そのことについて書いていたように記憶している。詳しい内容は忘れたが、「現実を克明に描くよりも、明日を生きる活力を描くことが大事」といった発言をしていたように思う。この映画も主役は美男美女だが、それは誰もが“そのようなもの”を、自分の内側に持っているということだと私は解釈している。

映画を見た後、駅に行こうと建物から出ても、全く方向が分からなかった。ただ、その時目に入ってきた街並みが、初めて出会ったというのに、かつて自分がそこにいたかのような懐かしさがあり、それはそれはとても不思議な光景だった。

7月29日(金)

2011年07月29日 23:11

今日は会社の有給推進日。なので休み。明後日からの製図勉強に向け小屋作りもストップし、明日は千葉にて靴と服を買いに行く。今日は増沢関係の本を南洋堂に注文した(多分明日届く)。本を何冊か読んだが、久々に何もすることがない時間を過ごしている。

先日情熱大陸で、ドクターヘリに乗る救命救急の方を特集していた。彼は当初一般病棟の医師だったらしいが、その病院の方針に納得がいかず、自ら救命救急の道に進んだらしい。

「組織のやり方に納得がいかず、異なる道を探す」ということを、学生時代は普通にことと捉えていた。しかし会社はそれを拒む。組織に対する懐疑心を消去していく。いや、むしろ神経麻痺状態にさせる。

こんなとき、人が生きるということの本質的な意味を考える。

私の場合、すでにその方式はできている。それは、意味など考える時点で我々は生きてしまっているわけだから、生きる意味を考えるのではなく、よりよく生きることを考える、ということ。そのためには、自分が存在することによって、いかに周囲の人が幸福であるかということ。

会社批判ではないが、組織はそれを無効化する。皆の能力を平板化するからである。ただ、それでも人間に差異があるわけで、働き方はそれぞれことなるから、平板化とはあくまでシステム上の話で、実際はもっと躍動的な人間の衝突はある。

しかしそのシステムの強靭さに、しばし途方に暮れることが多い。

今はとくに何も結論なく文章を書いている。最近目が疲れ気味なので、それほど本を読めない。先ほど腹筋もした。整理整頓することもそうない。私は読書、運動、整理整頓を生活に軸としているので、それが無くなるとちょっと困る(実際無くなるということはないのだが・・・)。

社寺の道を行けば、少しは変わるだろう。

磯崎新の本

2011年07月29日 18:21

彼女から以下の本を買ってもらう。

『磯崎新の建築30』

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磯崎新という建築家は、作品自体はそれほど多く見ていない。日本で記憶にはあるのは群馬県立博物館くらいで、後はアメリカで見た程度か。それは彼の“作品”自体は、実は実際に見るべき対象ではなく、むしろ彼の著書を読む方が、よほど世界を知ることができると思ったからだ。

それは大学3年の頃(ちょうど“設計者”になるのを諦めた頃だが)、彼が「建築に於いて最も残るのはコンセプトで次が模型、次が図面で一番先に滅びるのは建築そのもの」と発言したのを聞いて、それにある種の衝撃を受けたことがひとつの要因かもしれない。

するとこの本は、彼の発言を体現している。パラパラめくれば分かるが、図版はほぼ、木でできた模型写真で、図面、実物の写真はかなり少ない。コンセプトは彼の場合常に前面に出てくるので、結果的に彼のいう建築の優劣(?)通りに構成されている。

言い換えれば、彼の“実際の作品”を見るよりも、この本を眺めている方が、より磯崎新を感じることになるということか。

まぁとはいえ、実際にはそうではないのでしょう。それは磯崎自身も分かっているというか、その両義性を持ってそのような発言をしていたのでしょうからね。

とりあえず、持っておく価値のある本ではあると思う。

風の小屋―46

2011年07月29日 17:15

明後日から製図講座が始まる。試験は10月上旬なので、2カ月強小屋の施工は中断となる。今日はそのための養生。

ビニールシートを内側から張ったが、普通なら外側に張るのだろう。一度内側に異物(水色のビニールシート)を張り、意匠的にどのように見えるか見てみたかったためである。実際養生の意味をなしていなければ、またやり直しということにはないだろうが・・・。

それから履き掃除。小屋の中を初めて掃除した。しばらくはこの空間ともお別れである。

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風の小屋―45

2011年07月24日 19:07

本日、午前中は睡眠。最近は睡魔には逆らわないようにしている。結局はどこかで破たんするだけなので・・・。

お昼ごはんを食べた後、リポビタンDを補充し現場へ。体調万全である。

今日はハチマキの施工。多少の雨漏り防止になるだけで、機能上は大して必要ないのだが、意匠上の納まりのため設置。建物最上部なので、何とか手が届く位置。かなり苦労した。

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設置してみて、やはり納まりがつく。安定感があるというかな。ただ西側ファサードを見ると、ちょっと悩む。これはもともと意匠上の難点かと思っていて、とりあえず施工してから考えようと思ったのだが、やはり違和感は多少残る。

でも作業が終わり写真を撮った時は、既になじんでいるように思えた。しばらく時間を置くとまた表情は変わるだろう。

あとは入口の扉を施工。来週以降しばらく製図の勉強が始まるため小屋の施工を中断する。そのための養生。

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身体をかがめて、扉を開けて内部に入ると、閉じられた開口から空間がのびやかに広がる。この構成は意図した通りであり、とてもうまくいっているように感じた。内部も空間が規定されると、空間に重みが出てくる。内部の施工が今後楽しみである。

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作業中ふと内部を見ると、高松伸の建築を思い起こした。鈍い機械音が軋ませるような、部材の連続。彼の建築は、我々が“そもそも”内在的に持っている詩的な狂気を想起させる。まぁこの小屋では、その「狂気」は被覆に覆われるのだが・・・。

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施工する前、ふと板材を見ると蝉の抜け殻があった。私の建材を利用し、この蝉は脱皮したのか。彼から見える世界(存在・内・世界)はどのようなものであったのだろうか・・・。

増沢洵 建築は風と共に消えていく

2011年07月24日 09:18

ちょうど一週間前、「コアのあるH氏のすまい」を見て以来、増沢洵に陶酔している。いや、信頼しているといった方が良いかもしれない。あの建築を建てられる人なら、私は信頼できるように思う。

私は増沢洵について、より詳しく知りたいと思った。そう思うということは、つまり私は彼について、彼の作品について良く知らないということである。しかし「コアのあるH氏のすまい」は学生時代から関心があったので、増沢について何度か調べたことはあるが、良くわからないのである。

増沢の代表作といえば、「自邸」「コアのあるH氏のすまい」「ケース・スタディ・ハウス」であろうか。これらの作品は戦後日本建築史を語る上で必須建築であるが、それ以外、というかそれ以後について、あまり詳しい資料は手に入れられなかった。

私は南洋堂のネット検索にて増沢の作品集を探すが、増沢建築事務所の作品集は存在しても、在庫がない。住宅建築に載っているような情報を得たので、とりあえずそれを頼りに本日南洋堂を訪れた。

本棚を見ても増沢の作品集はなく、店員さんに聞いても今はないとのこと。しかし、良く探すととりあえず2冊見つけた。

「メンタル・エレメントを軸として=増沢建築設計事務所1962-1972」

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「現代日本建築家全集13 生田勉 天野太郎 増沢洵」

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前者は増沢が立ちあげた設計事務所の作品集のようなもので、パラパラ見ながらしっかりとした作品にも好感を覚え購入。後者は以前から何度か見ていたが、いつかは入手したいと思っていたので合わせて購入。

喫茶店に入り、作品集を読んだ。本の構成としては、増沢建築設計事務所の作品集(あくまで事務所としての作品集なので、増沢初期の自邸などは基本的に載っていない)で、メンタル・エレメント「建築の性格を決める定性的な要素(=抽象的)」とビルディング・エレメント「性能を決める定量的な要素(=具象的)」を、これまでの実務経験をもとに整理し、ひとつの指標を提示している。

それは決して他の建築家作品集と全くかけ離れていることではないのだが、興味深いのは、この本に対する批評家宮内嘉久の解釈と、それに対する所員の反応である。

宮内は増沢設計事務所の作品集について、「しっかりとした信頼できる建築を作り続けているのは理解できるが、増沢が初期の頃設計していたようなキラッと光るような作品がない」「増沢洵はどこへいったのか?」と酷評(?)する。普通建築家の作品集のコメントには、どうしたって彼らの作品を礼賛するような文章が載ると思うのだが、宮内は不満な心境をそのまま言葉にしているように思う。

そして所員との対話(増沢自身は不在)のなかで、宮内はその考えを所員に投げかけると、所員はそのような評価があることを認めつつも、決して自らが創造性ある建築の創造を放棄したわけではなく、むしろその苦悩を常に抱えていると返す。ただその返し方が面白い。実にかみ合わないのである。なぜそのようなことを我々に問いかけるのか。宮内が思う「アヴァンギャルドでないことの不満」を、所員らはクエッションマークを持って対峙しているように思えた。

宮内の「では増沢建築設計事務所の特徴は何か?」と問うても答えは明確に出ず「むしろ特徴はなく、それ以前に建築を作るべきか、その地点から考えるべきである」という意見が出る(これには宮内も同意するが)。

簡単に述べれば、宮内は建築ジャーナリズムの視点から物事を論じており、彼にとって「建築の歴史」とは「建築家の歴史」ということになるのであろう。しかし彼ら所員にとってはそうではなかったのではなかろうか。それは実務のなかで「建築家の果たすべき役割がジャーナリズムとは別のところにある」という、単なる実務経験者側の発言ではなく、増沢の「(建築)雑誌はみてるけれども、あまり関心はない」という発言からも垣間見られるように、建築からアフォリズムを抹消したところにあるのではないか。

「コアのあるH氏のすまい」を見た時、建物全体が透明性のなかにある、そんな言葉にできない感覚に戸惑った。その感動には「インパクト(=アフォリズム)」がなかったからである。正常な空気を吸っても何も感じないのと同様の理屈である。

私が「コアのあるH氏のすまい」に感じた印象を、そのまま増沢建築設計事務所の歴史に結びつけるのは、いくらなんでも早とちりである。ただ、私は彼と彼らの建築に、その可能性を見たのである。

それは、風と共に建築が消え、透明性のなかに包まれるということ。

「正常な空気」という概念がある以上、そこには正常ではない空気があるということである。ただ、正常な空気に一度満たされれば、「正常/非正常」という出力信号が消える。それは、存在そのものの無意識化を意味する。それは常に意識されないが、意識されないということは正常なのである。

建築のイデオロギーではなく、華やかな言説でもなく、建築が消えていく過程、その可能性を見ただけでも、私にとっては意味のある本であった。

風の小屋―44

2011年07月18日 18:34

熱中症気味で起床。明らかに無理をできない今日一日。

午前中は、作業時間正味1時間強。塗装をある程度終わらせた。

午後は昼寝。4時間程度寝た。起きた後は風呂掃除と、以前の震災でタイルにひびが割れた際に補修したシーリングの手直しをする。

塗装色は、やや明るくかったような気もする。窓枠を明るい色としたので、その対比としては、明度を落とした色とした方がよかったのかもしれない。だが実際塗ってみた後でわかる。私は周辺の木々との相性を考え、この色としたのだなと。

デザインは多分に主観的な行為だが、その主観は否応なく周辺環境によって変容する。その事実を許容できない“デザイナー”を、私は好きにはなれない。

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風の小屋―43

2011年07月17日 21:02

午前9時40分目覚め、両親が姉夫婦と共に海外へ行っているため、自分が起きようと思わなければ、起きることはない。

朝食、片付け、洗濯を済ませ、いざ現場へ。今日明日は塗装である。

現前中に東・北面を終わらし、午後買い出しに行ってから、西面を行う。明日南面を行えば、だいたい塗装は完了する。

この色で良いかは、まだ考え中であるが・・・

ちなみに今は熱中症気味(汗)。現場が終わった後、公園に走りに行ったのが良くなかったな・・・

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言語化される以前の建築と、以後の建築

2011年07月16日 23:07

科学技術の進歩というものは、大抵の場合功罪あって、しかし問題なのは、「罪」の部分が見えにくいことにある。

先日Google Earthを見ていたら、「あの住宅」を見つけてしまった。もちろん見つけようと思って見ていた(つまり“探していた”)のだが、見つけた時の興奮と共に、その罪悪を感じずにはいられなかった。

しかし、私は私欲に勝てず、結局「あの住宅」を見に行くことにした。

本日休日出勤後、その地へ向かう。都会の賑やかな駅から十数分歩くと、その住宅は姿を現した。

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私は解読に時間がかかった。時間がかかった理由は、どうも印象が沸かない。言葉にできないのである。

ただよくわかったことは、この住宅は宙に浮いているのだということ。そして、この住宅には、住宅のなか“全て”に、風を内包しているのだということ。

やっと私は解読できた。それは「透明性」だ。

「透明な時間」とは、コルビュジエのサヴォア邸の代名詞。しかし、私はこの住宅にこそそれを感じた。それは針の音の聞こえない、まったく静かな、音が存在する以前の時間を指すのである。

私は、やはりこの住宅にひとつの完成を見た。それは、私の考察以上に、風のイエであった。そして、それは驚くほど透明であった。

言語化される以前の建築、そして時間。その透明性に、私はしばしば漂っていた。

言語化される以前の建築を見た後、すぐに私は、魅惑的に言語化された建築を見た。

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それは、やはり私にとってはやや以前の関心事であるように思った。

しかし改めて、モダニズムは、「建築」の始まりであるとともに、終着点でもあったのだと感じる。その言語化された建築も、その位置づけで立っているように感じた。

それが私にとっては、逆説的に魅力ではあるのだが・・・。



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