本棚のアップデート

2011年05月30日 00:39

先週弟のアパートに泊まった際、無印で購入したブックシェルフが無用の産物となっていた。弟曰く、実は一般的な大学生はそれほど本棚が必要ないらしい。

弟のアパートのレイアウトは私が助言した。6畳強のスペースだったので、まずベッドではなく布団。それから大きなテーブル。これにて全て行う。椅子は2つ。しかし実施はアーロンチェアを弟のチョイスでひとつ置いている。収納は純粋なボックスタイプが良いと思っており、弟が無印で約5万円ほどでこしらえた。

設置当初は実に良い空間であった。弟も満足していたが、実は弟に必要なものはプリンター等の機器類で、それはボックス収納に納まらないため、別途収納家具を買ったらしい。その家具が喧嘩してしまった。

弟自身ブックシェルフは要らないと言ったので、私が引き取ることにした。私は以前からほしかった。ブログ上で書いた記憶もあるが、私の理想の部屋は、本の背表紙がひとつも重なることなくこちらを向いていることである。

本日両親が弟のアパートへ行き、ブックシェルフを引き取る。それに合わせ、私は昨夜から部屋の掃除と家具の大移動。

掃除・整理整頓というテーマは、元々はイームズのDVDに寄る。901が閉鎖される時の撤去作業を収録した映画。あれは爽快だった。それから内田樹さんや佐藤可士和氏の本によって、整理整頓は私の日々の目標となった。

張り切ってもともとの収納を解体し、別の部屋へ移す。何もなくなった部屋の片隅は、まさに篠原一男並の虚無的で空白な、美しい空間であった。

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そこには何年もONになっている照明スイッチ。そして、棚の背後に隠れていたラウールのポストカード。こんなものあったかと思ったが、どうやらラウールの手がスイッチを指しているらしい。当時の私なりのユーモア。

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本日棚が到着してから、ボックスごとに本の種類を分類し整理する。分量が把握できていなかったため、作業しながら分類した。今のところ以下のような分類。

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1.日本建築家作品集
2.Le Corubiser関連
3.海外建築家作品集
4.その他好きな本(北の国から、角田光代、宮崎駿等)
5.住宅関連
6.思想・哲学
7.大学の研究関連・その他
8.歴史
9.旅
10.都市・建築の仕組み等
11・建築雑誌(Casa BRUTUS等)
12.台湾・小説
13.修士論文資料・学生時代のスケッチ
14.学生時代の記録・ファイル等
15.ブログ本・展覧会冊子・建築見学の記録等

それから文庫は別の棚にとりあえず納める。

要はこれらの分類、それぞれ同じような物量だということ。つまり日本の建築家作品集より、海外のそれよりも、Le Corubuierに関する本の方が多い。それほど意識していたわけでもないが、こんなにあったのか。無意識の顕在化だなこれは。

Yくんが実践していたようにはなかなかうまくいかないように思った。一度Yくんの本棚を見学したい。

これから随時整理する。パソコンのアップデートみたいなものである。まぁそれよりも先に不要となった大量の本の処分をしなければならないが・・・

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風の小屋―34

2011年05月30日 00:09

本州梅雨入り。連日の雨。それにより作業をストップさせなければならないが、そうであるからこそやらなければならない作業もある。

雨養生・・・というか、屋根の施工である。先週波板を乗っけたが、勾配が緩く垂木の感覚が広いため、屋根上部に水が溜まり、波板が重なっている部分より雨が漏れていることが判明。

垂木を増やすことは無理なので母屋(らしきもの)を付ける。これにより屋根のたわみはほぼなくなる。いやいやほんと思考錯誤である。

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それから窓枠の製作。一級建築士製図試験勉強前(7月下旬)までに、外観は固めたいと思っているが、これから窓枠→アスファルトルーフィング→外壁→窓、という施工順になる。しかし実際は今回の屋根同様、いくらかタイムロスが生じる。それはそれで重要なプロセスなのだが、しかし外観ができないと、雨風により建物の腐敗が進むおそれがある。なので、できるだけ作業を円滑に進めたいのも実情。

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今まで雨天中止にしてきたが、雨は浴びることを前提とすれば、特に問題はない。日常生活において、雨に濡れるということはマイナスのイメージだが、それはあくまで意識の問題である。今日は雨に濡れることを前提としたため、とくに作業上支障はなかった。

母屋を取り付けると、小屋内に雨が落ちなくなった。急に内部は静寂に包まれ、透明波板から入る光は、とても優しく思えた。

これが建築の原点だ。

幸福は何処にある

2011年05月25日 23:32

私は昔、幸福とは何かをしばしば考えていた。それはつまり、私自身が幸福ではなかったということか。

私は最近、幸福とは何かあまり考えなくなった。それはつまり、私自身が幸福であるということか。

先日上司たちと飲んだ時、自分の結婚観や恋愛観について意見を求められたことがあった。

私は求められる最小限の返答をしたが、皆は理解不能であり、それだけならまだしも、私の考えの間違いを指摘し、さらにはどうしたら改善されるかアドバイスをし始めた。

私にとっては全く不用なものだ。

彼等と自分の感覚の違いはどこにあるか、私なりに考えていた。

彼等は、幸福とは自分の内部にあって、それは外在的に(存在的に)論証されるものらしい。

つまり、自分の幸せを最優先に考え、それは他人との比較によって確かめられるということ。

それは私がかつて決別した考えだ。いや、むしろ持つことのできなかった考え方、幼い頃から欠如していた考え方といった方が良いかもしれない。

私にとって幸福とは、自分の外部にあって、それは外在的には(存在論的に)論証されない(される)ものである。

人間の幸福とは、それは自分の周囲の人がどれだけ幸福であるかに掛かっている。そして、幸福とは結果的に訪れるものであると思う。

私は他人との比較において、自分の幸福度を測ることに興味がない。それは、彼等にとっては面白くなかったであろう。

では彼等を幸福にできない私は幸福にはなれないのだろうか。


夕方彼女と電話した。彼女の声は私を幸福にさせた。

まぁ、結局はそういうことなのだが・・

からっぽの電車にて

2011年05月24日 22:28

上司との飲み会を終える。

先輩が結婚したこともあり、結婚や恋愛に関する話題になる。

私は素直に「彼女が幸せになってくれればよい」と言うと、唖然されるとともに、間違っていると言われる。

私はどこも間違っていない。

なぜなら、それが私の日常を支えているから。それをなくして、私の「思考」はあり得ないから。

この気持ちが瓦解するならば、その前に世界は消えてしまうのだから。

5月23日(月)

2011年05月23日 22:48

目が痛い。若干クラクラする。

今週は外出が続くので、本社ではオール残業だなこりゃ。

働き盛りか・・

石井一男の言葉

2011年05月23日 00:00

朝、六時ごろ起きる。

電気コンロで湯を沸かす。

洗面、ヒゲソリ。

布団を上げ、ちゃぶ台を置く。

玄米がゆ、みそ汁、お惣菜で朝ごはん。

掃除、洗濯。

絵筆をとる。

良い本。重要な本。

2011年05月22日 23:52

本を2つ読んだので記す。

『シャルロット・ペリアン自伝』 著:シャルロット・ペリアン

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北欧に旅行に行く際、購入した読み物。結局飛行機の行き帰りで読んだだけで、大半を日本に帰ってから読んだ。

この本に惹かれたのは、まず彼女がLCシリーズの家具デザイナーであるということ。それからコルビュジエ近傍の人であり、坂倉準三をはじめ日本のデザイナーとも縁が深い。さらに彼女の生きた時代。彼女はまさに20世紀を生きた建築家。本をめくり、彼女の言葉で時代が語られていることに興味を抱き購入。

内容は思った以上の充実ぶりで、建築家というか、人間、女性、少女シャルロットの生涯だった。大義名分を語られるより、このような歴史の書き方が最近は好きである。相対的な論述はなくとも、少なくとも小さな、ひとつの真実を読みとれるような気がする。

北欧の記憶とも何となくリンクして、読み終わった時は寂しい気持ちになった。お勧めの本。


『住宅論』 著:篠原一男

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篠原が綴って約5年分の論文の集大成。といっても1970年頃出版されているので、これ自体歴史書な赴きになっているが・・・。

内容は素晴らしい。とくに導入部。金閣寺をはじめとする中世の日本建築との対峙は強烈だった。「住宅は芸術である」という言葉はもっと感覚的なことだと思っていたが、これほどまでに歴史的な提起があるとは思っていなかった。

この本で言えば、前半部の伝統論は、私が卒論で格闘していた内容と似ていた。つまり、歴史の相対性のなかで、建築の感動とはどこに残るのか。後半部は「美」を媒介にした建築の普遍性。これは私が修士1年の時にテーマとしたもの。設計課題で、朽ちた歴史的な建物を「歴史的建造物」として生き永らえる方法論を探った。

学生の時に読んでいればよかったとも思う。というか、今思うとYくんがこの本の内容を私に諭していたような記憶がある・・・

ただ、この聡明な叙述のなかで、冒頭に語られたこの一句が私には重要だった。

この国の古く、そしてすぐれた建築のまえに立つとき、その建物のもつ表情は、老人にも青年にも直接的に伝わってくる。それはわれわれが日本人であるということによろう。論理をこえた、この感動はすなおに肯定してよいものだ。

この本は至極論理的な枠組みで構成されるが、上記の文章は論理ではない。単純にいうと「わぁ」という、建築独特の感動にある。そこから彼の論述はスタートしているように思う。それによって、私は彼を信頼する。

なんとなく、この本を読んでいて篠原一男の住宅を、1:200スケールくらいで全て作ったら面白いだろうなと思い、次の瞬間、私が設計した住宅を模型化しようと思い付く。私は「Houses in 1:100」と称し、自身が空想として設計してきた住宅を図面化してきた。 といっても、今は1:1スケールで住宅を作っているので、この作業は来年以降になりそうであるが・・・

2つとも、とても良い本だった。

風の小屋―00

2011年05月22日 17:58

風の小屋に関して、これまでに書きためたスタディを整理する。あくまで自分の意識がどう変化したかが目的。(随時アップ予定)

【1】
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はじまりは大学3年の春。藤森照信の高過庵に触発され、自分もやりたいとスケッチを書き始める。この時、すでに現在建設中の位置に、ピロティにて宙に浮かすイメージがあった。藤森氏に倣い自然素材にて固められ、屋上緑化もされている。単管パイプによる構造も、当初から変わっていない。

【2】
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続いては壁面緑化案。これも藤森氏の「タンポポハウス」がキーになっている。屋上に出るための天窓と、光を象徴的に取り入れるためのトップライト。スリット窓による光の演出は、コルビュジエと安藤忠雄の影響によるものだったと思う。

【3】
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具体的な敷地の大きさを勘案し、小屋のサイズが図られた。今考えると不可能なスケールだが、架構についても一応のスケッチはしている。それから小屋の名前について。これは後々個人的に大爆笑だったのだが、高過庵に想を得ていくつか練っているのだが、一番上に「低過庵」とある。これは天井高の低さか全体の建物の低さを指しているのか記憶にないが、これから数ヵ月後、藤森氏が同じ名前で、地下に埋まった住宅案を発表した。

【4】
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裏手にある雑木林に対し、住宅を開放するという考え方が出てきた。依然として屋上緑化案は残っているが、イメージの世界から具象的な考察となる。風の通り道と、そこで学習する私の机。思考は内部空間へ入りこんできた。

【5】
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光の考察が進む。

【6】
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開口部が拡大し、半屋外的な空間が生まれる。雑木林側へ全面的に開かれるイメージである。この時点では、緑化は関心の範囲外へ移っている。

【7】
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絵から推測するに、西側(雑木林側)へ全面開口とし、簾にて開け閉めするという考え方。

【8】
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腰壁は残し、横長の開口部となる。簾が内部を仕切っている。建物が、徐々に開放型へ移行しつつある。

【9】
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考察の延長。開口部の幅を検討しているように思われる。

【10】
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内部空間が細分化される。丸いトップライトが現れるが、これはルイス・カーンの影響であろう。簾などで仕切りながら、空間の広さを求めているように思われる。ちなみに、構造体は外部に露出している。

【11】
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光と内部構成について。小屋の素材については安価な合板をイメージしている。素材感は関心から外れた。

【12】
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最も取り入れたい風景が矩形平面から45度振れた方向だったため、いっそその方角へ三角形の開口を開けようかと考えだす。おそらくガラス等で空間を閉塞しようという考えはない。しかし、パースによってプロポーションの調整は行っているようである。

【13】
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スタディのための空間、リラクゼーションのための空間、想像のための空間。平面を細かく分割し、世界を再創造しようとしている。

【14】
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プランの調整。光の入り方の検討。

【15】
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四角と三角の開口。万華鏡のような空間。光の陰影以外関心がない。

【16】
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「はめ殺し」の表記。どうやら光のための窓と換気用の窓の分類がなされている。

【17】
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丸い光による抽象化された空間。ただ非現実的な美しさのみを追求していたようだ。

【18】
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逆にスリット窓による鋭角の光。

【19】
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トップライトのための構造か、それとも構造ありきでトップライト形状を検討しているのか。とにかく、心地よい内部空間という考えはなかった。

【20】
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「形而上学」の文字。形而上学とは何かと問われたら一言も口から発せられなかった頃。あくまで空間の雰囲気を表現するための言葉として書かれているのだろう。何かを超えたい、そんな想いである。

【21】
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空間と構造のイメージ。いつしか平面は、敷地形状に合わせ長方形プランとなっている(しかし実際には敷地に納まってはいない)。

【22】
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光の考察の続き。一日の光の動きを考えながら、トップライトの位置を考える。

【23】
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廃墟に差し込む一筋の光。ラ・トゥーレット教会のようなブルータリズムのイメージがあった。

【24】
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はっきり覚えていないが、おそらく屋根・天井をなくし、光と影の虚無的な空間のイメージ。

【25】
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大きく開放されたスペースと、小さな閉鎖的な空間。より建築的-住宅的なプラン。

【26】
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細長い空間に強烈な光の筋。

【27】
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記憶にないスケッチ。住宅レベルの平面だが、室名ではなく行為(学習、タオル、マット・・)が書かれている。拡張プランか。

【28】
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空間を行為で分割する考え方の続編。STUDY、BATH、READING、SLEEPINGとある。BATHは屋根が抜けている。これはシャワーというか、水道水を浴びる場所。カップマルタンの休暇小屋での、太陽を燦々と浴びたとある建築家に憧れていた頃。SLEEPINGもハンモックか何かを想定していた。

【29】
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前回プランの継続検討。詳細な考察がされている。

【30】
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さらに検討が続く。外壁は板張りかな。

【31】
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さらに詳細な検討が進む。立体的な寸法が書きこまれている。

【32】
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上記平面の場合、どのような形態になるか検討。「プラン⇔形態」というフィードバックを自分なりに永遠とやっていた。

【33】
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構造の検討。この頃は単管パイプではなく、ユニット式のものを考えていた。パイプ直径の5cm、ユニットのつなぎ2cm、木の横張り2cmというスケッチ。単位がcmである点は幼さが垣間見れる。

【34】
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一日のサイクルのなかで、トイレ、風呂、食事以外はすべて行えるようにしたいという願望。小さな事象のなかに「世界」を投影する欲望は、以前から変わらない。

【35】
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構法の検討。柱を1mほど地中に埋め、それを杭変わりにする発想が生まれる。いつしか屋上緑化案も消えており、波板が乗っている。現在の考え方に近づいている。

【36】
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色彩の検討。道行く人を「・・え!」と、喜びよりはビックリさせたいという欲求があったように思う。どれもうまくいかないという結論。

【37】
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高さ3600のパイプユニットを用いる検討。ピロティ高さが1800とあり、現在案と比較するとかなり(その名の通り)高床。

【38】
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イメージは一瞬で単純化する。階段を上がりにじり口があり、雑木林側に障子窓。屋根は開閉式になっていて、そとの風景を取り入れることになっていた。開閉式の屋根は、風呂を蓋を使おうと、冗談ながら本気で考えていた。
ブルーボックスというには、勿論宮脇檀氏の傑作住宅。そのオマージュ。

【39】
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屋根開閉案は残したまま、純粋に雑木林を見るための窓を付けるというもの。

【40】
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今度は安藤忠雄風の光の検討。これは確か模型を作りスタディを重ねた記憶がある。形態は単純化していく。

【41】
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光の十字架の反転。影により十字架を作っている。

【42】
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全体のプロポーションを整える。なぜか「フンデルト・ワッサー」の文字。

【43】
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より安藤忠雄に近づく。光の教会と水の教会を融合させたようなイメージ。実現させるには奥行きがないと感じた記憶がある。

【44】
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光の検討。開口部を門型に開ける。

【45】
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部屋の大きさを1800×1800と想定し直す。構成はシンプルになる。プランは元に戻ることも多い。

【46】
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頭の中が混沌としてきたので、建物としての意義を再定義する。「本を読むための空間」である必要性を感じ、そのための要素として「内部白(い空間)」「きたない修道院」「天井開く」という要素が導き出されている。プランは単純な一室空間で、中央に安楽椅子(LC4?)が置かれ、光が壁面をつたい、一日の地球の運動を感じる。

【47】
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またしても門型の光。視覚的に遮蔽されながら、外部に開放されるという魅力を感じていたような記憶がある。

【48】
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またしても障子案。考え方が錯綜している。茶室にイメージは近い。

【49】
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考え方は変えず、開口部の検討。

【50】
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棚のスタディ。開口部を開け、外部からの光で展示用の照明を作ろうとした。

【51】
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棚のスタディと内部空間の検討。プランは長方形となっているが、記録が確かならば、上部机部分は道路側にはねだしている。大々的なキャンティ構造。

【52】
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棚の検討。波打ち棚もイメージされる。

【53】
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机の湾曲しだす。おそらく、何かの建築に感化されたのであろう。

【54】
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いくつか平面プランの検討。可動式はなしの方向で。

【55】
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細かい備品リスト。より詳細な検討。

【56】
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再び光の検討。

【57】
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前述備品リストに基づく、机周りの詳細検討。

【58】
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エントランスからの動線と、それに基づくプラン検討。プロムナードといい水浴び、日光浴といい、コルビュジエの影響が直接的にでている。

【59】
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検討の続き。収納内部の構成も検討されている。

【60】
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外部の検討か。

【61】
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外部検討。足は6本ある。

【62】
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2段ベッドのような構成。1層目は寝室。2層目は日光浴。

【63】
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1枚だけ取り残されたスケッチ。タッチからいって、もっと時系列的に前に描かれたものと思われる。中央に鎮座した植物に光を当て、人間の空間を象徴的に排除する。虚無的で壮麗な空間のイメージ。




風の小屋―33

2011年05月22日 17:44

昨日は午後結婚式パーティーだったので、午前中のみ施工。やり残しの外壁下地を張り終え、一工程終了。

本日は昨日の酒が残っていたため、午前中は現場にはでない。家で施工図を修正。これから窓枠の施工に入る。施工図も製作図も差異がない。どちらもどう作るか、考えながら図面を書く。ひとり何役もこなす。それが面白い。

午後、修正した図面に基づき窓枠の施工。施工と言っても、合板のカットからビス止めまで、やってみないと具合がわからない。そもそも合板でよいのかも。

マルノコがカット幅を固定できることを知り、合板のカットが精巧になった。これなら窓枠も自分で施工できる。合板の荒々しさも、施工した時の汗が染み出ていて良いかとも思った。

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小屋のなかで窓枠の寸法を確認しているとき、「ポツ・・ポツ・・」と音が聞こえる。何の音かと思うと、雨が降ってきた。雨が屋根の波板にあたり音がする。とても感動的だ。建築の原点は自然の猛威を逃れるためにある気がする。そのために機能的な建物と、神の怒りを鎮めるための象徴的な建造物。そんな建築の必要性を感じた。

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しかし感動しきってもいられない。雨は降り続け、なんと屋根の上に池ができてしまった。もともと浅い勾配ということもあったのだが、基本的に垂木がないことが問題だった。波板の強度だけでもつと思っていたが甘かった。

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とりあえず波板が我慢しきれなくなり、屋根が破壊されることだけは避けたい。

まだまだ思考錯誤の日々である・・・

5月21日(土)

2011年05月21日 23:22

先輩の結婚パーティーが終わる。なかなかパーティーを楽しむのは難しい。

直前まで篠原一男の住宅論を読んでいたので、世界のギャップを感じる。

今日は終電にて帰宅。明日は小屋の施工は可能か。

あまり関係ないが、やはり彼女が1番綺麗だな。


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