記号の王国

2010年10月31日 22:34

本日は、母とふたりで舞台を見に行った。

『検察側の証人』 原作:アガサクリスティー 主演:浅丘ルリ子

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会場が亀有で、開演時間が14時ということだったので、開演時間に合わせ母と亀有いくと午前中が無駄になってしまう気がしたので、私はどこかへ行こうと思っていた。といっても、場所が場所なので、山の手方面には出にくい。とはいえ、葛飾区近辺で行きたい場所はない(柴又は以前行ったし・・・)。昨晩、いろいろ考えた末、船橋のIKEAに行くことに決めた。

IKEAは、一般的には巨大な家具屋であろうが、建築関係の方(特に社会学や建築批評がお好きな方)にとって、それはひとつの小さな事件として(たしか)扱われていた。詳しい内容は覚えていないが、簡単に言うと売り手買い手、という店としてのヒエラルキーがなくなり、フラット化された商業システムがとられており、そこには従来の建築的な思考は一切及ばないとか、そういうことだったような気がする。私の同期もIKEAに行って「建築の終焉」を感じたらしい。まぁ、ある程度叙情的になっていたようにも思うが・・・。

まぁそんなこともあって一度は行ってみたいとも思っていたので、本日朝8時の電車にて一路南船橋を目指す。車中より見えた千葉沿岸の工業地帯の風景は、わたしにとって ある意味魅力的だった。最近工場案件を少し担当しており、外装は何を使っているが、バルコニー及び搬入口はどのように設置してあるか。屋根勾配のとり方、縦樋のとり方、看板のサイン計画etcetc・・・。何かを学ぶと、見える風景は変わってくる。学ぶことの楽しさのひとつである。

南船橋について、IKEA開店の10時まで時間があったので、コーヒーショップで30分ほど内田樹氏の『下流志向』を読む。なんか自分について言い当てられている気がして、他人事とは思えない。

10時前になったので、駅を出てIKEAに向かう。京浜工業地帯独特の無味乾燥とした大地の上に、IKEAは立っていた。四角い鉄骨造の箱を塗装し、巨大な看板のサインのみが「顔」だった。

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中に入り、何を買う気もなく店内をうろうろする。確かに、通常の家具屋とは異なるが、それほど特記すべき事態ではない気がする。IKEAの出自は知らないが(まぁ調べればよいのだが・・・)、何処か欧米のショッピングセンターを思わせる雰囲気がある。ある程度意図的なんだろうけど。私は、少なくとも椅子に関してはデザイナーのものを選ぶので、あまりこういった安っぽい家具には惹かれなかった。ただ、風の小屋建設に際し、収納扉のディテールなどは気になっていたので、売られている家具の金具ばかり見ていた。

店を一巡しても、まだ時間が多少あったので、近くに建てられた巨大ショッピングモール、ららぽーとへ向かった。店内は本当に広く、どのような客様のニーズにもお答えいたします、と言わんばかりだったが、東急ハンズで模型材料買おうと思ったら、そのコーナー自体なかった。店数は多いが、専門店ではないなぁと当たり前のことを思う。

店内は、店の雰囲気を高める賑やかな記号に満たされ、そのなかで購買者を振る舞う客はハイデガーでいうところの「ダス・マン」といった感じだったが、しかし私は、今はそういう単に幸福な風景が好きである。そこに哲学がなく、時代に流されているだけであっても、誰にもその幸福を否定する権利はない。

しばらく店内を見てから駅に向かおうとすると、線路を支える高架下の柱が、何やらペンキで装飾されているのがわかる。最初遠景より眺めた時、なぜ変な色が塗られているのかよくわからなかったのだが、中央に置かれた洋風の街灯から推測するに、ショップへと続く、豊かなアプローチを計画したのだろうと考える。いやいや、IKEAといいららぽーとといい、郊外の埋め立て地は記号に満ちている。しかし、もし本格的な外装材を使用したところで逆に浮いてしまうのだろうな。なぜならこの大地そのものが作られた世界だから。私も生まれは京葉工業地帯近辺なのだが、そのせいか、こういった無愛想な風景が嫌いではない。決して好きではないが、そこに自分の故郷を感じる(そういえばYくん、私は豊洲は嫌いではないのです。あの寂しい雰囲気は、好印象ではないですが、どこかノスタルジックなのです)。

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11時30分、武蔵野線、常磐線を乗り継ぎ亀有へ。駅にて母と待ち合わせ。韓国料理店にて昼ごはんを食す。開演の時間に合わせ席を立ち、会場へ向かう。会場は、全くもっておばさま方で溢れかえっており、同世代の、しかも男性など皆無に近かった。私は時々、そういう状況に出会うことがある・・・。会場はこじんまりしており、舞台を見るには適度だった。

公演が始まる。全編2時間半の、ややコメディ風の恋愛ドラマ。私は全時間、十分に楽しんだ。脚本、効果、演出、セリフ、どれをとっても良くできていた。そして何より、浅丘ルリ子が美し過ぎた。

浅丘ルリ子は、私にとっては寅さんのリリーの印象なのだが、いやぁ寅さんが惚れる気持ちもよくわかる。あんな妖艶で凛とした女優はそういないであろう。何より立ち振る舞いが美しい。

物語は劇的な幕切れによって終焉し、舞台は幕を閉じた。叙情的な物語ではなかったが、私は涙が出そうであった。舞台は現実に、私の前に世界を構築していた。回転したりちょっとした工夫によって演出された舞台セットのなかで、彼らは生きていた。記号の世界は、私に現実以上の感動を提供してくれた。

大学4年の頃、ハイデガーの『存在と時間』を読み、自分なりに世界の構築のされ方について考察した時、人々にはデカルト的な計量可能な時間・空間でなく、それぞれのかけがえのない時間・空間が存在していることを自分なりに発見した。その時、人は「演技者」であると私は考えた。その論文を思い出した。

記号はどこまでいっても記号でしかないが、そこに感動があるならば真実となる。そんなことを強く感じた一日だった。

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理解すること、それを疑うこと

2010年10月31日 21:30

(昨日のブログ、無線LAN不通にて更新できなかったため)

今日は寒かった。そんなことわざわざ書かなくても誰もが知っていることだが、でもほんと寒かった。もともとこの日は風の小屋の図面を書こうと思っていたので、家にひとり引きこもり図面を書く。相当進んだ。PS2にて『もののけ姫はこうして生まれた』を流しながら図面を書いたが、いやいや私の言動は、やはりずいぶん宮崎駿の影響を受けているのだなぁと感じる。Yくんさながら、私も、やはりあのドキュメンタリーに出会ってなかったら、ずいぶん人生が変わっていたかもしれない、なんて思う。

最近思うことに、設計者として最も優秀な人は「誰とでもコミュニケーションできる人」であると感じる。これはふたつの意味がある。ひとつは建築の知識・ノウハウを持っているということ。まず知識がなければ、誰も話を持ちかけない。もうひとつは、相手が何を考えているのか理解できること。おそらく、それなりに経験と時間をかければ、建築の知識は身に着く。しかし、相手が何を考え、何を言わんとしているか、それはなかなか経験則ではうまくいかない点もあるようであるが、そのふたつができる人が良い設計者(「建築家」というニュアンスとは違う気がするが・・・)であると最近思う。

相手が何を考えているかを理解するのは、まず自分の考えが必ずしもベストではないと疑うことであろう。それができない人は、必ず誰かと衝突を起こしている。「いや、だからわかっているんだよ!わかった上で言ってるんだよ!!」とよく罵声を飛ばす人がいるが、その人はわかっていない。人間が他人の考えを理解することなど(厳密には)あり得ない。だから「私はあなたの言っていることを理解している」ということは原理的に成立しえなく、それは「私は、あなたが言っていることを私なりに解釈し理解している」ということになる。だから私は「う~ん、ちょっと理解しているか心もとないけど、僕はこう思うな」と言う方がよっぽど信頼できる。まぁ、それは会社内に求めるのは不可能だが・・・

なぜ設計者の定義が浮かんだかというと(書きながらすっかり忘れていたが・・・)、『もののけ姫はこうして生まれた』のドキュメンタリー内で、宮崎駿が「個性とは、まずみんなとどれだけのものを共有できるか、ということが底辺にあるはず」と論じていた点、それを最近思い出していたから。当時はあまりよく意味を理解していなかったが、最近肌でそれを感じる。

つまり、「個性」とは「集団」がいることにより初めて成立するから。私のようにひとりで何かに没頭するのが好きな人ほど、案外他人への評価を求めていたりする。それは「孤独」であることにより、より強く「集団」を認識するからである。だから、個性とは、まず集団があることによって規定される。

よく昔上司に「とりあえずこれやってみて。もしわからないことがあったら、いろいろな人に聞きな」と言われ仕事をした。しかし、質問ができない。新入社員でおっかなびっくりだったのもあるが、それ以前に「何かわからないのか」がわからない。もちろん今まで「建築」についての勉強をしてきたら、図面を見てもどういう建物なのかを認識することは可能だが、その情報が、私が認識している考えで正しいのかがまずわからない。だから、全てがわからない。全てを理解できなければ、当然質問は浮かばない。質問とは、あくまで何かがわかることが前提にある。

最近、どんな上司とも、現場や構造、設備設計者ともコミュニケーションができるようになった。それは、何が自分はわかって、何が自分はわからないかが理解できるようになったから。設計者はオーケストラの指揮者と呼ばれるが、演奏中、この不協和音はどこに原因があり、何を変更すればよいか、それがわかるようになったのだ(どう変更したらよいかはまだまだ勉強中であるが)。

設計者としての楽しさは、いろいろな人と話せることにある。最近その楽しさがわかってきた。

それは、単に建築的な知識が増えたからではない。自分が何をわかっていて、何がわかっていないか。今自分が何をすべきで、何を救援してもらうべきか。それがわかるようになったということである。しかしもっと重要なのは、冒頭にも述べたように、しかしその理解の仕方すら、視点を変えれば、的外れなものかもしれないと疑い続けることである。

・・・まぁ、意図してそのようにしなくても、性格上そうなりますが・・・

コメントありがとうございます!

2010年10月25日 23:05

青井先生、コメントありがとうございます。シンポジウムは想像を喚起して頂くばかりで、興奮だけが残りました。研究者を心座す身としては情けないコメントですが、無意味にそれらしい言葉を並べて、他人の意見を批評していた過去の自分よりは、よっぽどマシな気はします。これからも、先生の研究を追いながら、自分なりに考えて行きます。また、何かの機会にお会いしたいです。

風の小屋-2

2010年10月24日 21:12

風の小屋を建設するにあたって(あるいはそういう名目で)、いくつか書籍を手に入れたので記録として残す。

『自分でわが家を作る本。』著:氏家誠悟

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実際に在来軸組工法にて、サラリーマンをしながら週末に家を建てた方の実録。一級建築士製図試験を終えたその足で本屋に向かった(まだ2週間前のことかぁ)。建築家の言説や、難しい論述など目もくれず本棚に向かい購入。実際に汗水流し建設行為を行った人は、何かそれだけで尊敬に値する。

『手作り ウッディハウス』編:ドゥーバ!

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完全なサラリーマン向けのノウハウ本。だが、実際に家を建てたことがない私にとっては、まずどういった部材で、どのような工法で木を組み立てるのか。継手を作った方がよいのか釘でもよいのか。どのくらいの荷重に耐えられるのか。おそらく一般的なお父さんの方がよく知ってそうなことなのだが、恥ずかしながら私は設計者であるのにしらない(まぁ木造は基本的にやらないからなぁ)。こんな本を手に取るなんて数年前は想像つかなかったけど、見ていると勉強になるし楽しい。

『Louis I.Kahn Houses』著:斎藤裕

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大学時代より、何度も手にとり、何度も図書館で借りた本。設計をする際、ルイス・カーンのディテール、特に開口部が気になった。見ていると、かなり納得させられるというか、やっぱカーンってすごいね(汗)。大学1年の時この本を見ていても、さっぱり何かすごいのかわからなかったが、今は驚嘆の本ですね。斎藤裕シリーズ(?)はルイス・バラガンに続く2冊目だが、やっぱいい本だなぁ。

『住宅巡礼』著:中村好文

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具体的にはル・コルビュジエのカップマルタンの住宅の屋根の抑え方が知りたくて買った。この本も何度も図書館から借りたが、このたび遂に購入。今になってなおさら思うけど、この本はやはり良い本ですね。建築設計を始める学生に読んでもらいたい。建築の楽しさが実に素直に書かれている。ショック、というか驚いたことに続編は絶版になったとか。最近の建築作品集より、よっぽど重要なことが書かれているように思うけどなぁ。

風の小屋-1

2010年10月24日 20:50

本日、風の小屋の軸組模型を作成する。あくまでどう施工するか、という点に観点があったため、出来栄えの美しさを求めたわけではないが、しかし作成することで自分の頭が整理され、計画上の不整合も修正できた。

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これからは「Floating Tea House Project」という銘打ち、計画の経緯をブログにて記録していこうと思う。思えば、この小屋のイメージの発端は、大学2年の春休みに見た藤森照信氏の「高過庵」を特集したHNK番組であった。建築は自分自身で建てられること、自らがそれを「建築」と呼べば、どんな形式であれそれは建築であるということ。「建設」という行為自体に、現代的なジレンマを克服する何かがあるということ、そんなことを知った。つまり、基本設計は実に4年半かかったことになる。

現在のところ実現の方向で進んでいるが、まぁどうなるかはわからない。自分自身請うご期待!ということで。

・・・ボクは、考えていたんだ

2010年10月23日 23:55

一週間、残業残業であり、目の疲労が激しかったため、普段は電車内でipodにてブログを書くのだが、それを控えていた。なので久しぶりのブログ。

本日は早朝7時に起床し8時の電車にて豊洲に向かう。母校の図書館で風の小屋の図面書きを行う。わざわざ母校まで出向いたのは、あの頃、ただ現実が迫ってくるのを振り払い、ただただ建築的理想だけを構築しようとした時期(そうでもなかったかな?)に見た風景に自らの身体を置いたとき、自分が何を感じるのかを知りたかった。結果的に何かを感じたわけではなく、ただただそこには時間が流れていたのだなと実感しただけであったが・・・。まぁそれでも行ってよかった。

構内の生協にて昼ご飯を購入し食す。昼前には大学を出て明治神宮に向かう。本日、明治神宮鎮座90年を記念し、明治神宮とそれにまつわる近代的な転換点についてのシンポジウムが行われた。それに青井哲人先生が出られるので、久々に建築的な話を聞こうと思い出かけた。

講演が始まる1時間前には明治神宮に到着し、まず参拝を済ます。境内は人が込み合っていて、程良く晴れた気持ちの良い天気のなかで、多くの人々が参拝していた。それはなんというか、とても幸福な風景だった。

講演開始の40分前にはスタンバイし、前の方の席で講演が始まるのを待つ。思えば、講演会に来るのは久しぶりである。なんだかんだ3年くらい来ていなかったような気がする。それもあってかとても緊張しており、持参した本を読む気にもなれず、40分間ぼーっとしたまま、神宮の森に射す木漏れ日を眺めながら時間が経つのを待った。

定刻通り講演が始まる。まず全体の内容を述べると、まぁ正直どこまで自分自身理解したのかよくわからないのだが、明治神宮に焦点をあて、近代的な「転換」を、建築史、様式、造園、風景、言説、境内等、さまざまな視点から3人の専門家の方が論じたもの。八束はじめさんが「思想としての日本近代建築」で論じたような、つまり「現在日本の伝統的起源となっている(かのように見える)ものの多くは、実は近代期に意図的に創出されたものである」という歴史構成主義的な見方かなと思った。それは歴史的に意味のある視点であるとともに、青井先生が以前論じたように「近代という枠組みに当てはめることで、わかりやすく整理されるが、多くの論点が抜け落ちる」(抜粋ではない)というような危険性を帯びるが、コメンテーターである山口輝臣氏が最後に「明治神宮に視点をあてて歴史を論じれば、それは綺麗な歴史のお話になってしまう」と注意を促したことで、全体的に引き締まった実に意味のあるシンポジウムになったように思えた(なんか偉そうなコメントだな・・・)。

さて青井先生についていえば、まず伊東忠太から角南隆という神社造営の大きな系譜を提示した後、まず伊東忠太について論じる(結果的にその前半部に時間が割かれ、角南隆についてはpptを流しながらの説明となってしまったが・・・もっと聞きたかったなぁ)。私なりに要約すれば、(西洋近代でもあるように)日本の近代(19世紀)になると、それまでの建築形態を「様式」としてまとめ、今まで無意識的に歴史に埋め込まれていた概念を相対化しメタレベル化するという、モダニズム(機械化)とは異なる位相の「近代」というものについて論じ、故に各々の時代における時代性を反映した建築形態を創造する必要性が現在課されているという、伊東忠太の「進化論」が生み出されたことを述べる。興味深いのは、伊東はその「現代における建築の創造」という「いま、ここ」における行為でさえ歴史的に相対化し「その時代その時代の建築形態の創造が生み出されれば、後々それは日本史の博物館となる」(正確な引用ではない)と論じたという。この文章は明治神宮造営の前(確か1910年頃)に書かれたものらしいが、ちょうど植民地主義が隆盛し、世界がグローバル化し始めた頃である。私も大学時代植民地研究をかじって知ったのだが、20世紀前半は、実は非常に情報化社会的な要素を帯びていて、(内田樹氏の言葉を借りれば)実は現代の高度情報化社会は、情報そのものに意味があるのではなく、それらを複雑化し隠ぺいすることによって価値が生み出されているのであるから、そういう意味では、あの時代の方がよっぽどグローバルなのかもしれない。そういう意味で、伊東忠太の思想は、かなりスケールの大きい、至って近代的な思考であると論じられるわけである(それはオットー・ノイラート、コルビュジエのムンダニウム構想を想起させた)。

この話だけでも私としては興味深かったが、今回革命的な論点は明治神宮の様式についてであった。青井先生曰く、明治神宮の様式は伊東忠太の進化論が発せされた直後にも関わらず、至って締りのいい「流造」になっているのである。そういう意味では、至って前近代的なのだ。その理由を青井先生は歴史的な資料を踏まえつつ「施主が多すぎて意見がまとまらず、結局批判が出にくいであろう流造にした」のだと説明された。歴史を作家主義でまとめる人には理解できないかもしれないが、あの伊東忠太の、あの明治神宮の様式は、あの進化論を大々的に掲げたにも関わらず、そのような理由で保守的にまとめられたのだという。その理由を忠太は「神社は古代から綿々と受け継がれてきた無二の存在であり、故に神社においてはその様式はそのまま受け継がれるべきである」(正確な引用ではない)という論理的な転換(弁明?)を行う。しかもそれは、明治以降の日本の近代化の中で、自らのオリジンを発掘する作業の中でアジアの流れを組まない神社は格好の対象となり、しかも建築的に言えば、寺院建築と異なり全体を構成する要素が少なく、当時勃興したインターナショナルスタイルへの類似点が発見できたため、太田博太郎の歴史論にも乗っかって、実に見事に近代日本にフィットしたわけである。

僕はこの論理を聞いた時、かなり興奮した。点と点を結び付けて作られた歴史年表がビリっと破られて、くしゃくしゃに丸められた紙のなかで、再び小さなベクトルとなり宙に舞っているように思えたのである。なぜなら、そこに伊東忠太という人間がいて、彼の選択は、われわれ現代人となんら変わらないものであった。歴史的に言えば、それは神社における「神」よりも、民衆の論理が優先するという(西欧のそれとは異なるにせよ)民主化、近代化の流れの俎上にあるといえるのであるが、ならば既に90年前に(我々が想定した以上に早く?)近代化の兆候はあり、建築様式というものはその枠内にあったといえるのである。

興奮した。私は目の前に無数の宝箱があり、どれから開けてよいかわからないような状態になった。そういう視点に身を置いてくれることを、おそらく人は「想像力」というのだろう。各専門家による発表が終わり質疑の時間になった時、なかなか質問があがらないので、司会者が直接指名し、幾人かの専門家たちが意見を述べた。私は質問しなかった。


だけど・・・僕はずっと考えていたのだ。

なぜ、今日の明治神宮は澄み渡った空気で、実に心地よかったのかを・・・


近代的なメタレベル化によって、建築様式は相対化されるであろう。神は死に(ニーチェ)、人間が神となるであろう。そしてその流れは明治神宮造営の前から存在したとしたら、明治神宮の風景はあくまで「選択されたもの」となるのではないか。それは、建築を「外部」から眺める行為であって、建築的創造とは程遠いのではないかと。以前の私なら歴史構成主義的に「我々が神社に郷愁を覚えるのは、それはあくまで近代の流れのなかで意図的に仕組まれた日本人起源論であり、現実には我々はそのマインドコントロールによって風景を見ているに過ぎない」と論じたかもしれない。しかしそれは青井先生の論理によって既に無意味化している。大文字の歴史によってなら語れるかもしれないが、「伊東忠太が生きていた」ことを知ってしまってからは、その論理は響かない。

なぜ私が、特別な信仰心がなく参拝せずにも日常生活を送れてしまう現代人の私が、今日明治神宮を参拝し、そして晴れやかな心持となったのだろうか・・・

私が頂いた疑問は、到底このシンポジウムとはかけ離れたところにあった。だから質問は控えた。シンポジウムが終わると青井先生は姿を消してしまったので、挨拶することなく私はそのまま暗くなった明治神宮の境内を歩き、御茶ノ水に向かった。

御茶ノ水で久しぶりに彼女と会った。たとえ彼女と意見が合わず、価値観の相違があっても、それでも最後に残るものは「愛している」という感情だけであった。

結局のところ、伊東忠太も同じではないかと思った。如何に論理的に物事を建設したところで、建築は論理を超えていく。歴史を動かした人も、後々それを歴史として語る人も、きっとその「愛」によって突き動かされ、その愛の意味を知るために、また走り続けるのであろう。以前青井先生に「先生の行っている歴史研究は、現代においてどういう意味があるのですか?」と(ある程度意図的に)的外れな問いをした時、先生は笑いながら「とりあえず自分が面白ければいいかなって思っているけど」と言ってくださった。

それは真実であると思う。

なぜなら、その論理の方が他人を幸福にできるから。そして、他人を幸福にすることによってのみ、自分は幸福になれるから。

2日長期休暇

2010年10月17日 23:19

一級建築士試験が終わって一週間が経つ。週末の土日は、一日くらい休日出勤かと思っていたのだが、担当している仕事に急遽変更が入ったので来週以降。結局丸2日間、全くもって自分のために時間を使った。その記録。

土曜日は朝一でホームセンターへ。「風の小屋」計画の材料を探す。実際に見てみると、当たり前のことなのかもしれないが、木材は「柱」「間柱」「垂木」など部位に応じた木材が売られていることに少しの驚きと納得。なるほど、そりゃ確かに掛かる荷重も部位によって異なるからなぁ。自分のイメージを形成するために必要な資材と、新たな建築のイメージを喚起してくれそうな資材をじっくり見ながら、全体の構想を現実的に頭の中で構成していく。この日は、構造となる足場鉄骨の接合部を147円×2個購入。図面を書くために必要だったので。

買える途中、併設されているペットショップに寄る。将来的に犬を飼う計画が我が家であるらしく、私自身も犬やネコは好きなので、寄った。私のなかで、やはり柴犬とパピオンがかわいい。ただパピオンは美人過ぎる気がするので、私には柴犬がフィットするように思えた。なんか田舎っぽくて・・・。風の小屋はピロティ状になっているので、下が空いている。将来的にそこが犬のすみかになりそう。犬の名前は決まっていないが、犬小屋の名前は決まっている・・・バウハウス

家に帰ると弟がいた。昼食を一緒に食べ、しばし雑談。午後、御茶ノ水に用があったので外出。

御茶ノ水では建築本を物色。最近、なかなか買いたくなる本がない。会社で借りたルイス・カーンの写真集が良い。いつか買うかな。結局マックで風の小屋の床伏図を書き、帰る。

家で夕食を済まし、また設計作業に入り就寝。

日曜日は朝からランニング。やたらペースがあがる。家に帰ってから疲れがどっとでる。この早さ、まだ若い証拠か。午前中は設計作業にあてる。午後一で弟がアパートの帰り、その後はKDDIに電話しながら無線LANを復旧させる。ちょこちょこボーっとしながら設計を進める。手描きで書くこととCADで書くことの相違をずっと考えている。どちらが優れているとは思わないが、それによって具現化される建築は、全く違うものに思えてしまうのはなぜだろうか・・・。

夜、筋トレ。腕立てを62回。一級建築士期間にさぼっていたので、身体がひ弱になっている。あの時の空白が、今私の身体に跳ね返ってきている。最近仕事が快調である要因のひとつは、間違いなく運動にある。朝のランニングと夜の筋トレ。このふたつはなんとか続けていきたい。

あと10分で情熱大陸が始まる。それが終わったら、また仕事尽くしの平日である。頑張ろ。

拝啓、青井先生様

2010年10月15日 23:49

ブログのコメントを見て驚きました。青井先生でしょうか?
以前青井研のブログにコメントしたことがありましたが、それがきっかけでしょうか?
青井先生が自分のブログを読んでいるかと思うと、もっとしっかりした文章を書いていればよかったと思いますが(苦笑)、これほど嬉しいこともありません。
直接メールを差し上げようかとも思いましたが、お忙しいかと思いましたので、間接的に御返事差し上げます。
青井先生のご指摘通り、16時と6時(18時)を間違えており、仕事途中で抜けようかと思いましたが、結局無理でしたので参加を諦めました(泣)。
10月23日に、明治神宮鎮座90年記念公開学術シンポジウム「明治神宮造営をめぐる人々―近代神社における環境形成の転換点―」があるのですね。2つとも参加しようと思っていたのですが、こちらは大丈夫そうです。
楽しみにしております。
(都合上、実名を出せずに申し訳ございません)

都庁・区役所前・神保町

2010年10月15日 23:30

諸事情により、数日間ブログを書く気分ではなかった。しかし、平日の会社では、かつてないほど快活に働いた。たとえつかの間でも一級建築士の重圧が抜けたことは大きい。何にせよ、目の前の現実に真摯に向き合うことが近道。終着点の無い人生の近道。

ここ数日でとったいくつかの写真について

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まず東京都庁。これはエレベーターホールだが壮麗華美。デザインの良し悪しよりも、その施工性が気になる今日この頃。しかし、視点を変えればざわざわしている。都庁に来るたびに思うが、こういう建築が成立した時代が、ついこの間だったことに驚く。

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同日、品川区条例の折衝のため品川区役所に行く。これは区役所前にポツンとたつ家(?)。以前から好感をもっていたが、このたび「パシャ」と写真を撮りブログにアップ。まず階段がいい、そしてサイドインする玄関、そして開口部。必要な要素が最小限に、コミカルに構成されている。構成主義の建築ともとれるし、キュビズムの絵画ともとれる。私の中では、建築の理想的な姿のひとつかもしれない。

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今週、一級建築士製図試験が終わった次の日、神保町にて本を物色していた折、書泉グランデの前に鎮座した小屋。まさに小屋作りのための本を探していたのだが、まさか現物があるとは!!スケールもほぼ同じ。実際に中に入って、その大きさを確かめる。私の建築はこんなに「カワイイ」感じではないが、人に「おっ」っていう感動を与えられることが、建築の根本的な正義のひとつであると思ったりもして・・・

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同じ神保町にて、光り輝くモダニズム建築。コルビュジエの白の時代の作品に似ている。近代的なプロポーションの良さと無骨な開口処理。一瞬にして目の前に現れたこの建築を、いったい私は何度視界の隅に置いたのだろう・・・


追伸

拝啓、静岡のYくん。会うのなら、私は「中村正義美術館」に行ってみたいです。篠原一男作の「直方体の森」を美術館として保存した建物。ただ場所があまり良くないので、都会の方がよいかも。
とりあえず、連絡待ってま~す

Re Start

2010年10月11日 20:45

昨日、一級建築士製図試験が無事終わった。私としては時間内に図面が完成したことにとりあえずの達成感を覚え、試験会場を後にしたのだが、後々彼女と連絡を取る中で、いくつかの間違いがあることに気付く。ただ、私としては可能な限りの時間内で勉強し、この日を迎えたので、試験が終わった今、後悔というものは全くない。

試験が終わり、週末総合資格生活ともおさらばな今、とりあえずやりたいこと山積みのなかで、まずは早朝ランニングを再開した。前回はほぼ2カ月前なので、新緑が美しい時期であったが、今は緑の勢いは落ち着き、地面はドングリの実で溢れていた。

それからお茶の水に向かう。内田樹氏の『下流志向』と、「自分で家を建てる」的なDIY本を購入。面白いことに、いざ自分で建物を建てようとすると、建築家の「魅惑的な」世界より、例えば中村好文さんの住宅本なんかの方がよっぽど面白く思えてくる。これは、なかなか面白い変化である。

スタバに入り、購入した本をパラパラ眺めた後、5mm方眼紙を鞄から出し、図面を書き始める。今度作る小屋の図面、全体は1/10で、詳細は原寸で書く予定。しかも手描き。なぜなら、鉄骨の加構の上に木造の小屋が乗る形式なため、実際にどのような部材を使用したらよいかわからず、自分の間隔で図面を書いていくしかないのである。原寸だとそれがわかる。そして原寸はパソコン上では描けない。この手描き図面達を製本し、それを設計図書としてまとめ、模型を作り家族にプレゼンした後、駐車場の屋根を撤去し、鉄骨の建方を始める。年内着工かな?

とりあえず、近々ではここ半年のブログをまとめ製本にし、無線LANを開通させ、iPodのイヤホンを修理に出し、日々ランニングと筋トレを怠らず、仕事に行く(汗)

自分の合否より、なにより彼女が合格していることを心から祈りつつ、また明日から忙しい日々が始まる。



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