僕はここにいる

2010年07月31日 19:19

一級建築士学科試験を終え、全然息をつく暇もなく平日仕事の日々を昨日終え、久々に彼女とデート。場所は御茶ノ水沖縄料理店。久々にあった彼女はやはり綺麗で、俺が彼氏で良いのかよくわからないほどだった。デートは1時間強だったが、その後彼女の最寄り駅まで送り、私はそのまま弟の家へ行く。

弟とは1時間ほどいろいろ語り、2時前に寝る。テスト期間中の彼は忙しいらしく、次の日は8時半には起きなければいけないといっていたが、結局お互い朝11時まで熟睡し、仲良く家を出た。私は電車を乗り継ぎ御茶ノ水へ、久々に本をあさる。金はある。何万円でも買ってやるさ!

2,3時間物色し、買ったのは一冊だけだった。

『すまいろん』2010年夏号・特集「動くすまい:流動的都市の原風景と未来」

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青井先生が編集された今回号。最近の先生の思考がここぞとばかり形になっている。SANNAや藤本壮介の建築写真集を「いいなぁ」と眺めている「建築マニア」(?)からは縁遠い話かもしれないが、これほど密度のある本が1000円なんて、いやぁありがたい限りです。内容は青井先生のブログ内でなんとなくは知っていたが、その始発点として、大々的に本になったのはやはり良い感じです。

近くのスタバでパラパラ内容確認。青井先生の執筆分と座談会を読む。心地よいというか清々しい。動的に都市や家屋を捉える。私の「風」というモチーフも青井先生から学び、自分なりにアウトプットした言葉である。そのダイナミックな様相に惹かれながらも、しかし「経済」という問題をどうとらえるかが重要な問題であると、別途再認識した。

今の部署に配属してから1年足らず、ひとつの案件をじっくり進め、設計の仕事をお腹一杯味わったここ数カ月、設計ノウハウ、知識、各担当者や現場工事長、客先との打ち合わせの方法やコツなどを覚えてきたが、それでも、結局のところ会社としての収益が何より大前提であり、設計はあくまでそれに悪影響がない範囲でコソコソとやる。それが現実的な大企業設計者の姿である(他社は知らないが)。結局「経済」という問題からは、思想的な意味だけでなく、現実的な生活の面でも抜けられず、そのジレンマのなかで丸くなり、サラリーマン建築家は生成される(それが悪いわけではないが、もちろん)。

そういう意味で経済に着目したレム・コールハースの偉大さを思いながら、建築史家としての研究テーマを思う。現実的な社会とコミットできる議題でなければ、今後の研究としては意味が希薄なように思われる。その点青井先生は、そういった要点を含んだ上で研究をしておられるので信頼できる。私が現在、もっとも好きな「建築家」である。

もうひとつ、私も昨年参加した「トウキョウ建築コレクション」が本になり店頭に並んでいた。後輩が出ていたこともあって手に取ると、青井先生の座談会の様子が記録されていた。青井先生のブログ内で、この座談会に対する酷評(?)が語られていたが、本を読むと「それなりの」感じに思える。青井先生の社会人としてのセーブがきいているのか、それとも本という媒体のなせる業か・・・。それでも青井先生が冒頭で自らの関心について語っていたが、そのなかで「ざわざわとうごめきながら」都市がダイナミックに変容する様・・・のような表現をしていた。「ざわざわ」という言葉を聞いてドキッとしたが、私が無意識的に先生から抜き取った言葉だったんだなきっと。

そんなことを思いながら、結局1000円だけを神保町に落とし、家路に帰った。来週はYくんに会う。一級建築士試験がひと段落し、このつかの間の休息時に、私は「本来」私が必要とする人、時間、場所に触れた気がした。

そうさ、僕はここにいる。


追伸

Yくん、8月8日ならなんとか会えます。都合はいかが?

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基準点たち

2010年07月28日 22:41

久しぶりに建築について語る。私はiPodに建築の写真を入れ、時々見ている。何か無性にみたくなる時があるので、見ている。現在入っているものについて記述したい。

・のこぎり屋根の家

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建築家手塚夫妻の自邸。風のイエのコンセプトと似ている。違うのは、私の場合は網戸があること。これほど開放的な空間を好まないこと。あくまで部屋単位で区切られていることなど多々あるが、それでも風が通り抜ける構造としての「箱」という意味では、とても親近感が沸く。手塚さんの作品は、それも良質な「箱」であり、その良質さが好きである。「建築は好きなものが何でも入る良い箱であればそれでいい」とイームズ夫妻は言ったが、それに近いポジショニングをとっているように思う。

・空を捕まえる家

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これは、中庭の発想が風のイエに似ている。実際はこれだけだと閉鎖的なので、この建築も開口が別に空いている。それはその別の開口にこそ逆に愛着が沸く。藤森先生は安藤忠雄の「住吉の長屋」と伊東豊雄の「中野本町の家」を東西の「自閉症の家」といい、しかし人間はいつまでの自閉症ではいけないと笑いながら自論を述べていたが、確かにその通りで、中にはというのは、完全に私有化できる外部であり、それは贅沢なものであるが、しかしそこにはある「抽象化された多様性」しかないようにも思われ、やはりそれでは「ざわざわ」できない。その自閉症回避として、中庭以外にも空間が開けているこの建築が私は好きである。

・コンテナーハウス

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これは以前紹介したブロイヤーのコンテナーハウス。とても近代的なプロポーションで美しい。そして、これも良質な箱である。こういうところから、素直に建築を考えることが、今はとても心地よい。

・グラスハウス

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御存じフィリップジョンソンの自邸。この建築の好きなところは、とても建築的なところ。建築の美しい部分だけを建築にしている。例えばガラス、幾何学、ヴォリューム。構成、抽象などなど・・・。現実的な完全空調の家である(だろう)し、風のイエではないが、現象学的な「風」が吹き抜けているような気がして、私を高揚させる。

・増沢自邸

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それから増沢作品をいくつか。上記の作品群と異なり、増沢の空間は写真にしにくいため、あまり持っていないしみない。だけど、例えばこの写真なんかはとても気持ちいい。とても建築的で素直でよい。そういうのが、やはり好きだ。

以上、そんな写真を時々見ながら、それらを自分の建築のよりどころ、いわば基準点にして物事を考えたりしている。

トライトライトライ・・・アスロン

2010年07月27日 22:36

今日も早朝ランニング。Yくんが言うように身体が笑っている。でもアシタカと違うのは、膝に爆弾を抱えた(汗)。階段を降りると激痛が・・・。ゆっくり歩くのでもいいから、明日からも続けているべし!

来月地鎮祭があり、遂に私の案件の建設が始まる。ということで現場で打ち合わせ。みんな話すテンポが速い。作業着を身にまとうと、ああも機敏になるものなのか。そんで声がでかい。打ち合わせの内容も、いつもながら初めてのことばかり、余計わからん(汗)。Yくん、現場ってこんな感じ?

昨年基本設計が始まってからというもの、常に分からないなりに仕事をしている。常に毎日が「初めて」なので、いわば、種目が分からず、期間がわからず、最後まで競技するかもわからないトライアスロンをしているようなものだ。自転車で走ったと思ったら、いきなり「ホッピングで階段登って」といわれ、終わりの見えない階段をひたすら登る。やっとコツを覚えたと思ったら、横から「何やってんだ背泳ぎであの島まで渡れ!」と怒られる。そんな繰り返しの毎日・・・。

時に消耗し、仕事を嫌になりもしたが、まぁなんとかここまで働いてきた。そんな繰り返しの毎日のなかで、常に頭をもたげる疑問は、この消耗が私の人生にとってプラスなのかマイナスなのか。サラリーマンは言うであろう。「それがサラリーマンってもんだよ。」「苦労するのは若いうちだよ。」と。大抵のサラリーマンは自己肯定の論述しかできない。それはこの数カ月でよくわかった。だから、基本的に聞いても参考にならない。

辛いことによって人間は成長し、寛容になるとも考えられるし、でもそれが一生続くなら拷問である。その二択の疑問を思うが、ただ答えは知っている。「プラスであるか」ではなく「プラスであるように考える」ことである。それが生きる力であると、内田樹先生は語ってくれた。しかし現実は時間的制約もある。だから、やはり考えてしまう。

とりあえず、今日はあと1時間半ある。有効に使わなければ。そんでもって夏休みも有効に使う。

革命は、きっといつでも起きる。

さて、何をしようか

2010年07月26日 23:06

昨日一級建築士学科がとりあえず終了し、総合資格の判定で製図試験に進むことになった。とはいえ、まぁ一週間くらいはゆっくりする猶予があると思われ、とりあえず一級建築士から意識を離れ、開放された気分に浸った。そんな一日を綴っておこう。

早朝5時20分に起き、近くの公園を20分ランニング。とにかく運動がしたかった。あまりにブヨブヨに太りすぎたこともあり、20分走った。いやいや、老化かこれは!?身体がすぐ悲鳴を上げた。まったく運動をしておらず、てか筋肉を使ってなかった感じで、身体に伸縮性が全くない。それでも真夏の朝を、健やかに走った。気持ちいい。一日気持ちよかった。明日からも続けよう。

会社に着くと、みんななぜか話しかけてこない。気を遣っているらしく、なんか妙な感じだった。久々にみんなで昼飯を食べ、その時一切を話したが・・・

午後、一人外出する機会があったので、ブラッと本屋に寄る。本が読みたい。活字に触れたい。そんなことを思い、クーラーのきいた書店に入り、とりあえず『1984 パート3』を購入。その後、弊社にて高山栄華の本を借りた。とても幸せな気分に浸りながら、残業を8時半に終える。

ちょっと危惧感を覚えたのが、本を手にし、職場に戻ると、もう気持ちが設計から離れていた。私は研究者だった。設計はただの「仕事」になっていた。それは、ちょっと私を戸惑わせた。これからどう振る舞うか、どう歩むか・・・

とりあえず夏休みまで2週間。何をしようか。まず、ブログ本をまとめる。んで、模型写真を撮る。無線LANを復旧させ、小旅行のプランを練る。神保町に繰り出し、本を眺める。絵を買いたい。Yくんに会い、ゆみこと遊ぶ。

まぁ、とりあえず身体が資本。明日からのランニングに期待。

世界が瞬きしている間に・・・

2010年07月25日 21:51

今日一級建築士学科試験が行われた。無事試験を終え、当日の総合資格自己採点会に参加し帰宅。

結果は95点だった。一応90点を基準にしたテストであり、かつ昨年より10点ほど平均点が落ちているようなので、おそらく学科は通過とみてよいとのこと。来週からさらに厳しい製図の日々が始めるが・・・まぁ嬉しい。

テストが終わってみると、やはりよくわからない不思議な気分である。なんとか受かったものの、これが人生においてどれほどの意味があるかもよくわからず。それでも、世界が「ふっ」と動いたように思えた。ほんの少し、ほほ笑んだような・・・

冷静と情熱のあいだで

2010年07月24日 20:58

明日、試験である。書きたいこと、でも書くのがためらわれること、まぁいろいろあるが、明日は思いっきりこの数カ月の知識をぶつけたい。

スラムダンクの山王戦で、前半、湘北は「熱し過ぎず、冷め過ぎない緊張感」でプレーした。その感覚はわかる。今年のサッカーワールドカップの日本代表もそうだったように思う。明日、しっかり、着実に望めるよう、しっかり深呼吸をして挑む。

【注意事項】

・問題をじっくり読むこと。

以上

2日前

2010年07月23日 08:05

今日は代休をとったので、朝から総合資格に行き、終日勉強する予定。今日明日としっかり勉強し、合格したい。

思えば、それなりにしっかり準備ができたことに、まず感謝しなければならない(といっても早朝の1時間、昼休み、帰りの電車が基本的な平日の勉強時間になっていたが・・・)。それなりに結果が出てきてはいるので、この2日間、ひるまず、しっかり走って、その余韻でゴールテープを切りたい。

来週の今頃は

2010年07月18日 23:49

試験一週間前。来週の今頃は何を思っているだろうか。

不思議と(?)緊張はない。総合模試で3桁の大台に乗って、成績的には劣勢ではないということもあるが、今は努力した分の、余韻で受かる気がする。

取り合えず、今週一週間は集中・・・一点突破‼

「希望」はきっとそんなところにある

2010年07月15日 19:58

ブログの更新ができないのは、単に忙しいからではなく、家の無線LANが不通状態に陥っており、改善方法がまったくわからないから。

選挙で民主党敗北についても、現代において日本人は政治を必要としていないという構造主義的な見方と、日本の近代化はそもそも換骨奪胎されたものだという歴史的な見方にしばられ、なぜか晴れない。

そんなことより、最近はiPodでネットからおとしたメッシのプレーを見ている。日本の政治家よりよっぽど「世界」をみせてくれる。

彼のプレーはフジコ・ヘミングの感動に似ている。時間・空間の躍動性を感じさせるのだ。

フィールドにいる選手を「プレイヤー」とするなら、彼はもはや「芸術家」である。

心の救い

2010年07月10日 09:37

木曜日は暑気払い、幹事であったが、いつものように容量が悪い。私の場合それが良い方向に取られることがあって、皆の笑いのネタになり、まぁ仕事のことも含め完全にいじられる対象だった(まぁいつものことだ)。普通なら本人の前では言えない「ぶっちゃけ話」も私の前では簡単に言えてしまうようで、まぁどうしたものか、みなみな好きなことを好き放題言うもんだ。

それが仕事になれば、さらに熱を帯びる。どうすればよいか、どう社会人として振る舞えばよいか、理想論の大合唱である。私はそういう状況があまり好きではない。結局は、彼らのなかにあるのは、自分がどこか救われないというニヒリズムに違いなく、私への、部下への愛とはまた違う(もし愛があるなら、早く帰って一級の勉強をさせてくれてもよいはずだ)。結局、彼らは私に理想論を語ることで、自分で同じ境遇や経験をし、部下を自分色に染め自己肯定することで、自身のニヒリズムを解消しているように思う。まぁ実際どうかなんてわからないが・・・

Tさんは、私とそう歳が離れていない上司であるが、彼はどちらかといえば寡黙で、何か話を振らなければずっと喋らないような人で、意識してかよくわからないが、飲み会にも必ず遅れてくる(もしくは来ない)。だけど、仕事に関しては優秀で、仕事上のコミュニケーションは豊かである(周りの人はそうおもっていないらしいが)。彼は私に「設計者として重要なのは謙虚であること」と説いた。私は感銘を受けた。そんな人物、サラリーマンにいるとは思わなかった。謙虚でいるのが、単に精神上の問題であればなんら支障はないが、本当にそうあろうとすれば、仕事量が増える一方で、残業、休日出勤が待っている(事実はTさんはそうなっている)。だけど、彼はかたくなにその方法を曲げない。私は、そんなT先輩を尊敬している。

今回の飲み会も例によって遅れてきたが、なんとTさんは2次会に参加した(これはかなり珍しいことのよう)。そこで、ある程度腹を割って話すことができた。それはとても良かった。

心から尊敬できる人が同じ職場にいるということは、幸運なことに違いない。それだけをかみしめ、心の救いにした。

同日は終電がなかったので弟のアパートの転がり込み、次の日はフルに仕事。一級も筋トレもさぼり気味、身体はぼろぼろ、今日はこれからマックで勉強、その前に憂さ晴らしとしてのブログ・・・以上。



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