横浜なう

2010年04月30日 01:01

「なんで、電車で寝ていいの?」と子供が親に尋ねる。

・・・なんでだ?

前に大学で、後輩が卒業設計のコンセプトを考えていて、「やべっ、犯罪率減ってるじゃん!」と言っていたことに、現代社会を感じた。

そこに、研究者としての存在意義を感じる。
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2010年04月29日 00:41

OB会が終わる。収穫は、たいしたことない人は、たいしたことないってこと。

サラリーマンのマジメトークが嫌いだ。なぜなら、真面目ではないから。

僕は嘘を付かない。嘘を付かなけりゃ生きていけないなら、もう生きない。

電車に座り、キャピキャピと絵を描く彼等にとって、4色ペンは魔法の道具にちがいない。

カツマーではなく・・

2010年04月26日 23:59

しかし、勝間和代の生き方は、金がないとできない・・

重要なのは、「カツマー」になることだはなく、「勝間和代」になることだ。つまり、社会に対し批評的であることだ。

私の好きな建築は何ですか?

2010年04月25日 21:17

全くもって誰もが関心を持たないであろう問い、私が好きな建築は何なのか、それを真剣に毎日考えている。なぜそんなことを考えるのか、考えなければならないのか。それは、私自身が建築家としての方向性を見失っているからである。というのも、やはり予想していた通り、いわゆる「建築界」の動向と実務の建築とは世界が違う。優位性の問題ではなく、あくまで「違う世界」である(その違いを一言でいえば「批評性」があるかどうかであろう)。そんななかで生きていると、やはり建築家としての自我が宙ぶらりんになる。だから毎日、私自身の「建築家」としての舵取りを行うべく、その方位磁石としての建築、つまり自分が目指すべく建築(それは至って「近代建築」である)を模索している。

答えはひとつ出ている。『コアのあるH氏のすまい』である。これは、どうやら私のなかで、大樹のごとく建築の規範になりつつある。しかし、どうもそれでは腑に落ちないのは、以前から考えていたように、やはり「住宅」と「公共建築」はまったく別の概念として捉えなければならない、ということである。

至極当然のこととして考えれば、住宅には「生活」があり、公共建築には「生活」がない。出資者も個人と団体では意味が異なる。前に建築史家の藤森さんが言っていたが、建築家にも「生活」を建築に求める人と「象徴性」を建築に求める人がいて、前者は自邸を作り、後者は自邸に関心がない、といった記事を読んだことがあったが、なるほどこれらは明確な二元論として語られつくされていることでもあるのだ。

とりあえずその二元論で考えた時に、公共建築として私の好きな作品、いや、来るべき、到達されるべき作品とは何か・・・私が考えた結果、それは『キンベル美術館』であると考えられる。キンベルでの感動は、他の建築とは別物であった。言葉が出なかった。いやほんとに。なんとも形容できないのである。とても当たり前の何かが、当たり前のように目の前にあり、私を包んでいた。あればすごかった。何より「普通」であることのすごさというべきか、あれは「建築」と呼ぶにふさわしかった。

もう少し論理的に、自分の思考回路を分析すれば、『コアのあるH氏のすまい』との共通点として、「反復性」がある。どちらにも法則性があり、規範があり、幾何学がある。それはやはり、建築の真髄であると私は今でも考える。ただ両者の違いとして、単純に『コア』は乾式(木造)で『キンベル』は湿式(RC)である。最近実務をしていることもあり、この違いはやはり大きい。乾式とは将来的な可変性を見こみやすいが、湿式は恒久的な印象を持たせる。そういう意味で、キンベルは不変の永遠性を獲得している。

もっとわかりやすい二分法を用いるなら、『コア』は日本的であり『キンベル』は西洋的である。実際に立っているのは日本とアメリカであるし、工法や空間図式もうなずける。歴史的にも、西洋は公共建築を市民レベルに落とし込むベクトルがあるように思うし、逆に日本は生活空間を公共的に拡張しようとする動きがあったように思う(なんとなく最近の(?)ポコポコ系(森山邸みたいな)もそう考えるとわかる気がする・・・)。

そしてキンベル美術館には「風」が流れていた。もちろん建物は密閉され、空調管理されていた(美術館ですので)。しかしその建築的原理に触れると、なんとも心地よい風が吹き抜けるのである。そしてそれは建築を透明にする。「何もない空間」をそこに用意する。

あぁ、食後の休憩とはいえ、そこそこ文章を書いたかな。それでも最近風を感じるのはオーディオブックで聞く『銀河鉄道の夜』ですね。まったく気持ち良い、夏の夜風をね・・・。

効率か?

2010年04月24日 17:35

今日は図書館でお勉強。もう頭パンパン、今は休憩時間。図書館で勉強したのは、ちょっと見てみたい本があったから。勝間和代の本である。生産性をいかに効率化させるか、そのノウハウが書かれた本で、わざわざ買うことはないと思っていたので図書館で借りてきた(その本の隣に佐藤可士和の整理術の本があったのでそれも合わせて借りた)。

最近生産性、というか時間の有効活用に気持ちが向かっている。やはり電車での通勤時間が(たいてい誰もが驚くほど)長いので、その時間をどのように有効利用するかということである(ここで重要なのは、近郊に一人暮らしするよりも実家暮らしの方がよっぽどメリットがあるという選択をしたという既成事実である)。

まずiPod Touchの活用である。最近はオーディオブックを聴いたり、Youtubeから落とした動画を(見ないで)聴いたり、集めた画像をiPod Touchで見たり、まぁそんなことをしている。本を読みたいのが本心ではあるが、何より社内でも読書は目を悪くするし、とりあえず一級受かるまでは読書に没頭しないようにしたいので、本を留保。すると、やはりオーディオブックの活用をこれから進めることにはなりそうである。

まぁあと効率化ということでいえば、デスクの整理は常に欠かさない。まぁ現実にいえば、あまりに膨大な情報量を整理しなければならないため、そうせざるを得ないというのが現状。あとは無駄に時間と金を使わないことかなぁ。最近は極力飲み会に行っていない。もちろん有用な時間を過ごせる人とならいくら時間と金をはたいてでも行きたいが、大抵はどうでもいい話(だいたいが自己肯定のための他者批判か下ネタである)、それに金と時間をはたき、さらに酒によるメタボのリスクと翌日の二日酔いを考えれば、あまり(というかほとんど)自分にとってメリットがない。ただ、仕事と言うのは最終的には人付き合いなわけで、だからそれなりに気を使っているけど、まぁ不況の影響でしょうか、数年前に比べたら飲みの回数も減っただろうから、私にとっては良いことですね。

だけど、これから永遠に続くサラリーマン生活、そのなかで、どこにアクセントを置くか。つまり転職なり、異動なり、まぁ方法は分からないが、どこかでアクションを起こしたいなぁ・・・。

まぁそうぼやいてみても、今のところ仕事もプライベートも、なんというか、多分あり得ないほど良好なので、とりあえず一級建築士免許取得がもっとも効率的な道でしょう。頑張ろう!

久々に「建築」を感じた。

2010年04月24日 00:40

新建築住宅特集の青井哲人氏の論考は、僕を幸福にさせた。

「近代」の住宅に関心があるのは、そこには「歴史」と「社会」があるから。

今日、アスロックが好きになった。アスロックで建築を作りたい。BUILDING Kもアスロック。

第一に、「ジョバンニ」と「カンパネルラ」という響きがいいではないか・・

銀河鉄道に乗っている

2010年04月23日 20:18

何かオーディオブック買いたいなぁ

今日は一日ゆったりだった。

『銀河鉄道の夜』のオーディオブックを\800で買った!

母が本を読んでくれたのを思い出す。

「槇」への気付き

2010年04月22日 00:50

建築設計の実務において、参考にすべきは槇文彦だ!!

またしても虚無感・・先生から返事ないなぁ・・・

イライラする時は、文章を書こう。

明日は上司がいないので、のんびりだ。

海外旅行がしたい。

住宅を建てたい。

私が好きな知識人は、皆運動好き。

勝間和代・・・自転車etc

内田樹・・・合気道(だったかな?)

三島由紀夫・・・ボディビル、剣道etc

そして、コルビュジエ、宮崎駿は自身が病弱(?)だったので、理念上で運動をさせる(する)。

風のイエを作り続ける。 風のネットワークが生まれる。それを「都市計画」と呼ぼうか。

設計とは「金」と「政治」なのか・・?

最近は結構カツマーである。

2010年04月21日 00:55


平穏に終った一日。帰ったら一級だぁ。

始発で座って帰る~。寝て、起きたら最寄り駅だぁ。

頭の中を、勝間の声が流れて行く。

我が人生の行き末について

2010年04月19日 23:51

弟が漫画を読んだこのベッドも、しばらくは僕のものになるなぁ~

今日は朝、座れなかった。ショック・・

自省のない者が、設計をやってはいけない。自省のない者が、設計をやってはいけない。

ライフワークバランスかぁ・・

最近、将来の方向性を具体的に模索している。できればGWに教授に会いたいなぁ。今日帰ったらアポとってみよ。

知識は、固定観念を相対化させる。ならば、知識人はみな、優しいに違いない。


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