抵抗力

2010年01月31日 18:57

今日で今月が終わる。去年の暮れに、そごうの本屋で筋トレガイドブックを購入し、それからより効率的な筋トレにシフトしてからこれで一カ月が過ぎたことになる。予想以上に身体は良い。筋トレの効果が節々に感じられる。

例えば、コタツから起き上がるのが楽(笑)。しばらく運動していなかったため、それすら「ヨッコイショ」と言わずに起き上がれない状態(とは言い過ぎだが)になっていた。

それから、自分の身体の限界が分かる。日々の筋トレでは、常に自分が限界だと感じるところまでやっている(原則として前回より回数は減らさないことも)。だから、自分の身体がどこまでの荷重に耐えられるのかがわかる。私は何事も一生懸命にやることが物事を突破する鍵であると思っているが(それを実践しているかは別として)、筋トレも限界まで追い込まないと、自分の身体のことすら知り得ないのである。

精神的に重要なことには、筋トレなど、個人の内在的なトレーニングは、外在的に生きることを求められるサラリーマン生活のなかで、自分自身が(得体のしれない)大河に流されないようにするための抵抗力となり、精神的なゆとりとなる。

故に、スポーツというものは、その成果以上に、実行しているという事実そのものが重要であると、いつか学校の教師が言っていたようなことをそれらしく述べ、総合資格から出された宿題にこれから取り掛かろうと思う。


スポンサーサイト

規律

2010年01月30日 09:56

日曜日、陽光の午後を歩いていたら、花壇に植物が植えられていた。

整然と、規則正しく配置され、規律化された学校の生徒を想起させる。

ただし、花は美しい

そしてその美しさは、背後に構成された規範によって、初めて「美しいもの」として生起する。

これを「建築」と言わずして、何が語りえるだろうか・・・

100130.jpg

こぼれ球だけを待ってる人たち

2010年01月30日 00:25

早いもので、今月ももう終わろうとしている。嬉しいことやつらいこと、信じがたいことや想像通りだったこと。日々たくさんの出来事が私の周りを行ったり来たりしていて、家に帰るとその残響が頭の中に残っている。

最近、なぜ上職者達は怒ってばっかいるかわかる。「とりあえず俺は言ったからな」という軌跡を残したいだけだ。つまり、もっと上の役職に何か指摘されたとき「私は言ったんですけどねぇ」と後々言える。だけど、もしその人が指摘していないことで叱責されても、それはやった本人の落ち度ということになれば、彼らはマイナス点をもらうことはない。つまり、常にマイナスにならないことにだけ気をつけ、こぼれ球が転がっていればポイントを稼ぐ、ただそれだけだ。

そういう集団に創造性は生まれない。建築とは想像力の遊びだ。

そんなことを、時々、本心ではそう思っていなくても、何か言ってやりたい気持ちになることがある。


大河の一滴

2010年01月29日 00:29

たとえば私が、大河の一滴で
たとえば私が、遠く大海原を目指していて

だけど、私は空も見えず、周りも見えないまま、ただただ、大きな海へと流れていく。
そりゃちょっと早く流れてみたりできる
そりゃちょっと横に動いてみたりできる

だけど、私は誰が決めたかわからないスピードで、誰が決めたか分からない進路のなかを
あたかもそれが正義のように流れていくその川で、その中でただ流されるだけだ

だけど、時々流れに逆らって、立ち止まってみるといい。流れのなかで立ち止まると、周囲から非難の目にさらされるだろうけど、それでも立ち止まって、空を、ただ一点を見るといい

なぜなら、もし私が大河の一滴であるならば、それを知ることは、その大河に逆らってみることでしか知ることはできないのだから

曲げられないポルコ

2010年01月24日 17:44

私は基本的にドラマは見ない。本を読むほうがよっぽど面白いし、何より、大した教養にもならないドラマを見ても時間の無駄である(などと昔の知識人のようなセリフを吐いてみる)。でも、今クールのドラマで『曲げられない女』は面白い。

何よりまず、菅野美穂と永作博美の組み合わせが良い。どちらも哀愁があり、感情を内包した演技ができる。たいていの役者は、嬉しい時は嬉しい演技、悲しい時は悲しい演技しかできない。だけど、今回のドラマで、たとえば冒頭に置いて、永作博美が菅野美穂に対し「あんたねぇ、結婚っていいわよ~。そう思わな~い?」と妙に明るいテンションで説くシーンなど、すでに彼女のなかには哀愁が感じられる。つまり、そのセリフとは相反する感情が彼女の内側に見えるのだ。

それから、前回で菅野が言った言葉・・・。「自分を殺して生きるって、それって「自殺」って書くのよ!!」っと、誰か、というよりは自分に訴えているようなこのセリフ、とてもよかった。それを見ていた家族は「それはそれ」というか「ドラマの世界」というか、そういう受け止め方をしていたようだが、私にはこの言葉は切実だった。

YくんがTwitterで、「全ての死因は自殺である」と書いてあるのを発見したのはその後のこと。奇妙な偶然だった。

革命の瞬間

2010年01月23日 00:01

今週の残業は18時間、まぁまぁかな(何かを基準にまぁまぁなのか・・・)。でもその多くは、建築のプロポーションをどうまとめるかに時間を割いており、まぁ一般的に言えば設計者の好きな領分なのだろうか、私としてはそれほど関心がないので、今日もそこそこの時間で切り上げた。

今日上司に2つのエレベーションを見せられ、「どっちがいいと思う?」と聞かれ、おそらく上司はこっちを好むだろうな、という方へ「こっちです」といったら「わかってきたねぇ~!」と褒められた。正直萎える。どっちがカッコイイかではなく、なぜカッコイイと思うのか、私はそれに関心がある。だから、何というかそういった「設計者の世界」にはできるかぎりいたくはない(とはいえ、人が聞いたら笑ってしまう職業だな、設計者ってのは・・・)。

前に私の上司が、そのまた上司に私たちのプランをプレゼンしていたが、上司の上司(情報漏洩の恐れがあるので具体的には書かない)に怒られた上司は、ひどく小さくなっていた。私はそれに対し、特に何を思うわけではなかったが、どういうわけか、ふとこんなことを想像した。

もし上司が、上司の上司にキレて、彼を殺したらどうなるのだろうか・・・と。

その時私は、革命の意味を知った。なぜ力を持たない庶民が政権者を打ち負かすとクーデターになるのか・・・。それは、具体的にそういう事件が「起こった」ことに意味があるのではなく、「これからも起こる」という可能性があるということに対する恐怖、つまり、力関係が逆転するわけだ。

何を職務中に考えているのかとも思うが、その意味で革命には意味がある。そして、それに照らして今の時代を想う。現今では、既存の勢力が脆弱化し、それが崩れるという怖さがない(日本の与党、民主党もガタガタしている)。だから革命は起こらない。

しかしそれは幸福なのかはよく分からない。ただ、そんなことを思った、それだけだ・・・。

コミュニケーションとしての孤独

2010年01月21日 23:32

先日の情熱大陸は驚愕だった。画家、石井一男、66歳。彼は今も一人、毎日、黙々と絵を描いている。人と接することを拒み、社会から一歩離れ、ただ、人が呼吸するのと同じように絵を描いている。私は彼のその姿を見た時、ほんのりと胸が熱くなった。かつて私が憧れ、そして拒絶した生き方であるからだ。

多くの人は、彼のことを変人、あるいは孤高の天才と思うかもしれないが、私個人としては、あたかも同郷であるかのように感じられた。彼にとっては絵を描くことがコミュニケーションなのだ。誰ととか、そういうことではなく、それが生きるための(金を稼ぐという意味ではなく)方法論なのだ。それは、あくまで私個人の勝手な解釈でしかないが、しかしとてもよくわかる。私も一時期、このようにパソコンに向かって文章を書いている時だけが、自分自身救われる瞬間であると思っていたからだ。

今私は、常に誰かと接し、何かを共有し仕事をしている。だから、話すことが仕事だ。だけど彼の生き方には、今でも憧れがある。

私は以前、自分は将来物書きになると自分に誓った。それはどういう形でかは分からないが、そう私は誓った。その誓いは、今でも私の胸のなかに、沸々と息づいているのだ。


卒業設計「風のイエ」 

2010年01月20日 23:43

昨年末からコツコツと作っていた「風のイエ」の文庫本が完成した。

100120.jpg

出来栄えについては、なんとも一概には言えない。だが、こんなに素直に設計出来たのは初めてかもしれない。これまでは、他人より勝ったものを作ろうとか、歴史的に意義のあるものを作ろうとか、なんか理屈(理論と言えないところが歯がゆい)優先で設計そのものの楽しさはなかった気がする。その意味で、これは私が学生時代から背負っていた鬱屈した気持ち(それは自分に対しても、社会に対しても)を清算した、いわば卒業設計のようなものに思える。

細かい点で言えば、CG画像が思ったより暗かった。だけどその分、光が強調されている。映像がより断片化され、ざわざわした雰囲気は出ているように思う。

私としては、この作品、あるいはこの本単体の美しさというよりも、この作品を持って、他人と、あるいは自分とどれほどコミュニケイト出来るかが楽しみ。

そういう意味でも、静岡のYくんには後日送ります。前に頂いたお礼もあるし、こういう「結」の関係(ちょっと違うかな・・・)が私は好きです。

1995年より

2010年01月17日 23:07

阪神大震災から15年経った。私はその1995年という年を明確に覚えている。小学校5年生、大震災と地下鉄サリン事件があった年である。社会的なニュースに対し、やっと関心を得てきた年頃に、前記の二事件は私にとって衝撃的だった。どちらも、いつ自分の身に起こるかもしれない危機感というものを肌で感じたからだ。

阪神大震災の時は、震災後数週間死亡者の名前がテレビの画面上に流れていた。あまりに膨大な人数に、なんともいえない恐怖と不思議さを感じていたのを覚えている。

藤村龍至曰く、1995年にいろいろな社会的価値観が変わったという。前記した事件とともに、Windows95の出現により、一般庶民が能動的にメディアに参画する機会を得たこともその要因だという。

1995年以降、なぜか私にとっては、境目となる年はなかった。1997年小学校卒業、2000年中学校卒業、2003年高校卒業、2007年大学卒業、2009年大学院修了・・・。いろいろな特記すべき出来事があったにも関わらず、それが年号として焼きついていないのは、1995年という年が、私にとっての「はじまりの年」であったからであろう。初めて西暦と照らし合わせて、自分の人生を測ることを覚えたのである。

それから15年、私はその物差しで自分の人生を測ってきた。これからも続くであろうこの感覚が、時々退屈なものに感じられないといったら嘘になる。

素直な(の)学習

2010年01月17日 00:17

センター試験1日目。なんとか無事に帰ってきた弟に拍手。そして私も今年は受験生。すでに「粟津邸」も完成させ、建築的作業がひと段落すんだ今日、時間があれば一級一級である。私の脳は至って不器用で(母親曰くこれは男性全般にいえる性質らしいが)、ふたつのことが同時にできない。以前は仕事が忙しくなかったし、特に頭を使うこともなかったから知的作業(少なくとも自分のなかでの)ができたけど、今は仕事上でもいろいろ考えなければならないことが多いので、その分家では放心状態。だから逆に一級建築士試験のような学習の方が効率が良い。

今日もスタバで法規のお勉強。4月の模試までには、法規の問題集は一通り終わらせたい。それから各学科に関しても、テキストは3回くらいは読み直したい(あくまで希望)。

総合資格に通ってから、当たり前かもしれないが勉強の能率が良い。思えば入社したころ、大衆的な力に抵抗しようと、皆がやっているような方法や習慣から背いていた。総合資格に入って最初に言われたのは「独自の勉強法で学習しないこと。学院の方法に則ることを心がけてください」と言われた。今はそれに倣っている。確かに効率がよいし、頭に入りやすい(以前は嫌悪していたマーカーペンも多用している)。

既存の体制(そんなもの今の時代あるのかな・・?)に逆らうことも大切、従順になることも大切。そして一番大切なのは、素直になること、である。

弟よ、頑張れ!!



最新記事