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快活に、快活に 

2009年12月31日 15:54

内田樹先生や勝間和代さんのブログを見ると、今年の私的重大ニュースベスト10を挙げていた。私自身今年はいろいろなことがあったが、いろいろあり過ぎてランキングできない(汗)格付けではなく、それぞれが、それぞれの様態を示し、快活に己のベクトルを伸ばしているようなこと(ざわざわ)を夢想した一年だったので、まぁいろいろあった一年ということで総括はよいであろう。

9月16日のブログで、私は以下のような目標を設定していた。

・朝のストレッチ
・無駄な飲食はしない
・総合資格での勉強
・週2回の筋トレ
・本を読むこと
・歴史研究
・ブログを書くこと
・友人と話すこと
・恋人と話すこと

概ね達成できている(無駄な飲食はしている・・・それが無駄ではないという言い訳付きで)。これに対し、来年のマニフェストは以下のように訂正しよう。

・朝のストレッチ → 筋トレで補う
・無駄な飲食はしない → 多少あり。ある程度食べても、その分筋トレで補う
・総合資格での勉強 → 4月の模試目指して頑張ります
・週2回の筋トレ → 毎日の筋トレ(腕・棟→腹筋→腰・背中・脚のローテーション)
・本を読むこと → 三島由紀夫などの古典を少しずつじっくり読むか、ブログで補うか
・歴史研究 → 具体的にはお休みの年。だけど頭のなかは常に研究者でいること。
・ブログを書くこと → ケイゾク
・友人と話すこと → ケイゾク
・恋人と話すこと → ケイゾク

最近三島由紀夫にあこがれるのは、毎日が幸せだからであり、それに対する不安があるからである。卒論の時のニヒリズムは何だったのか、修士の時の活力は何だったのか。もちろん、今の自分は過去の思考が結実したものであり、それらがしっかり血肉になっているわけだが、仕事がいそがしいこともあり、あの時のような焦燥感によるエネルギーは、今はない。

三島はそういう時代とともに、そういった自分を卑下した。だから、常に心身を鍛えることを怠らなかった。私が彼に惹かれる所以だ。

だがそれはあくまで観念界のお話。現実には大変なことが山ほどあり、楽しいこともたくさんあり、今の幸福を発展させようとしたら、益々の不断の努力が必要である。「三島の悲劇は小説のなかに、過去のなかに生きてしまったことである」と誰かが言った。そうだ、私はいまを生きている。そしてそれは、ただそれだけで美しいことなのだ。歴史研究者である前に私はひとりの小さな人間である。美しい過去のなかに自分を埋没させてはいけない。快活に、快活に日々を生きよう。

みなさま、来年もよろしくお願いします。

PORCO
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BVLGARI×PORCO

2009年12月30日 08:35

昨日彼女と表参道デートをして、BVLGARIのネクタイを買ってもらった。彼女曰く「倍返し」らしく、かつ「年末調整」の意味があるらしい。普通「彼女」が「彼氏」(カッコ書きにしたのにはそれ相応の意味がある)にそのようなことを言ったら、険悪なムードになるのではないだろうか。ただわれわれの場合は(というか私自身は)、そうやって彼女にいじめられるのが好き(笑)

来年が厄年で今年は前厄らしいのだが、確かにこれほど女の子にいじめられた年も初めてだ。だけどそれは、これまで女性と(というか男もそうだけど)深く付き合ってこなかったからである。付き合っているといろいろなことがある。これからもたくさんあるのだろう(とか言うと彼女はまた何か意地悪なことを言ってくださるのだが)。

きれいな部分も、きれいでない部分も、ともに美しいと思える。女性だけでなく男性に対しても、そういう人間とこれからも接していたい。そして、BVLGARIのネクタイが似合う男になりたい。

昨日、ネクタイひとつ買ってもらっただけど、これからはBVLGARI以外のブランドは買わない!ブルガリ(ア)以外のヨーグルトは食べない!と無意味な宣言をした私であったが、今日の朝食でさっそくヤクルトのヨーグルトを食した。それはそれでおいしかった。

来年の抱負

2009年12月27日 21:23

何度も言うように、私は結構ミーハーである。最近三島由紀夫に惹かれつつあり(前からだけど)、ボディビルは無理だけど、筋トレはもっとしっかりやろうと思い立ち、本屋にいって一冊の本を買った。

『筋肉シャイプアップトレーニング』 編:広瀬啓二

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さっそく家に帰ってその内容を試してみたが、これがキクキク(笑)。腹筋が悲鳴を上げる感じが良い良い。まぁ三島由紀夫の影響ってのは否めないのだが、より現実的なファクターとして、最近の生活の変化もその要因のひとつだ。

まず仕事が忙しくなってきた。そして、濃密になってきた。だから、ある程度仕事に集中しなければならない状況にあること。そして一級建築士。来年は製図も含めてしっかり取りたいから、あまりそれ以外に時間を割く暇がないかも・・・。

もうひとつの要因は、最近目の前にあることをクリアすることに生活の快楽を見出しているので、「世界」とか「社会」とか、えらく俯瞰した視点を持つことにやや関心が薄れている。そして、予定では年始に校了する「風のイエ」の本が完成すれば、しばらくは建築作品を考えることから遠ざかりそうである(なぜならこの作品は、他人のまねごとではなく、私の内部から湧き出てくる建築言語を汲みとったものだから)。そして難解な本を読んだりすることからも一線を引きたい。とにかく目の前にハードルがあるので、「生きるとは何か」と問うている暇がない・・・。

それと最近出版された建築の本がつまらない。だからあまり本屋の建築のコーナーにはいかないのだが、今日ふと行ったら原広司の本が出ていた。

『YET』 著:原広司

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とても図版がきれい。しかも古びていない。これから模型を作ろうとしていたので、そのプレゼン方法についても参考になりそう。まだじっくり読んでいないので何とも言えないが、立ち読みしながら「買おうかなぁ」と思って値段を見たら2000円でビックリした。TOTO出版20周年だからかなぁ、それとも、もともと作ってあった図版を再構成しただけだから・・・?何にしろラッキーな面持ちで2冊を購入し、家路に帰る私であった。

建築的映像

2009年12月27日 00:03

立て続けに3つのDVDを見る。

『東京のモダニズム建築』 監:鈴木博之・藤森照信

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収録されている作品が良い。「土浦邸」「コアのあるH氏のすまい」「スカイハウス」「塔の家」の4つ。もちろん一番興味があったのは「コアのあるH氏のすまい」。

映像で見ると、やはり写真では見えてこない点を発見できるような気がする。そして感じたのは、なんというか、やはり上手くないと思わせる点があるように感じた。映像は写真に比べて、被写体を美化できないように思う。断片的ではないからだ。その映像的効果(?)によってか、住宅の狭さが浮き彫りになっているように感じた。そして、やや開放的すぎるようにも・・・。ただ、写真と映像が異なるように、それらと現実の建物もまた異なる。だから、あくまで映像を見た感想としてとっていただきたい。

しかしこの時代の住宅の強度はやはり唸るものがある。もっともっと何かを語ってくれるように感じた。


『MY ARCHITECT』 監:ナサニエル・カーン

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建築好きな人なら、大体この映画の存在は知っているだろう。そして、そのなかでもカーンを好む人なら既に見たかもしれない。私は建築が好きな人で、カーンが好きな人だが、この映画は見なかった。なぜか当時、これは見るべきではないと思っていた。

実際に映画を見て、その直感は当たっていたように感じる。ドキュメンタリーでは、相当視点を限定しないと、ただのガイドブック的な映像になってしまう。その点は、この映画においては否めないように感じた。

でも面白かったのは、カーンの建築や彼自身に対する不満の数々・・・。無論、この映画は「愛」を探す旅なのだろうが、彼に対する世俗的な評価は面白かった。あと、たびたび強調されたのは、彼が「醜かったこと」である。カーンは小柄で、幼いころ負った火傷のためもあり、お世辞にもハンサムとはいえなかった。それが何かしらの要因として働いているかは分からないが、彼の建築は崇高で美しい。最近距離が近づいている(と私が勝手に思っている)三島由紀夫も、自らの身体に相当なコンプレックスを持った人物。彼らの「美」は、何かの反動としてあるのかもしれない。個人的に言えば三島はそうであろうが、カーンはそうでもない気はするけど・・・。


『SKETCH OF FRANK GEHRY』監:SYNDEY POLLACK

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全体的なリズム感は良かった。けど、『MY ARCHITECT』と違って思慮深い(?)作品ではなかったから、年賀状のプリントアウトをしながら見たりした。カーンの建築を見たくてアメリカに行った時、当然のようにゲーリーの作品もそれなりに見た。端的に言えば、私はゲーリーが好きだし、彼の建築に対する信頼もある。

何かの本で読んだのだが、彼の名言を私はひとつ知っている。記者の筆問に対する答えだ。


記者「なぜあなたは魚をモチーフに建築を作るのですか?」
ゲーリー「さぁね、ただ、なぜか好きなんだ」



これにゲーリーの全てが詰まっているように思う。そしてこれは、建築家には絶対的に必要な素養であるとも思う。

幸福の獲得

2009年12月26日 00:01

昨日のクリスマスデートは、例によって終電帰りとなった。最寄り駅に着くのは0時を回っている。家路を歩く時、ふと思った。今、この通り沿いにならぶ家々には、サンタクロースが舞い降りているのかと。そんな幸福な灯のなかを私は歩いているのかと・・・。

今年は激動の一年だった。まず修士論文を書き終え、最優秀賞を頂いた。自分の好きなことで他人に認められたことに、人生初の喜びを覚えた。そして就職。いろいろあったが、とりあえず最近は快活に働いている。そんでもって、彼女との出会い。彼女との出来事は、全てが初めての連続で、これからも、常に「初めて」なのだと思った。それから旧友とも再会し、一日中議論をした。楽しい時間だった。

この一年はとても幸福であったとともに、1秒たりとも過去に戻りたくはないとも思う。なぜなら、その幸福たちは向こうからやってきたのではない、私が獲得した幸福だからだ。

今年、まだ終わってないが、来年もたくさんの幸福を獲得したい。こんな当たり前のことしか言えない私は、やはり幸せ者なのだと再認識する。

真理が生まれた日

2009年12月25日 01:12

ただ、幸福だった。そして、この幸福が続くことを願った。

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真理が死んだ日

2009年12月23日 20:14

初の休日出勤である。入社前はそればかり恐れていたが、いざそうなってみると結構ウキウキだった。ひとつには今の仕事に集中したいという思いがある。会議に出ていても、分かるのは半分くらいで、専門的な話題になるとほとんどわからない。だから、できるだけいろいろなことを把握して、会議を楽しみたい。その「楽しみたい」という気持ちが大きい。もうひとつは責任感である。今までは上司に言われたことをただやっていたので、はっきりいえば別に「私」ではなくてもよかった。替えがいくらでも効いたのだ。だけど今は、少しずつだが、自分がそこにいる意味がでてきた。だから嬉しいし、モチベーションがあがる。

休日出勤なので何時に出てきてもいいのだが、午前の時間を無駄に使いたくなかったので、結局ほとんど普段と変わらない時間に出社してしまった(汗)。時間は変わらなくても休日の朝、通勤ルートはガラガラであり、もちろん会社のなかもガラガラであった。なにかドッキリをしかけられたかのようだった。

会社についてのまだ上司もいなかったので、Youtubeで三島由紀夫を検索する。そして、彼の演説を繰り返し聞いた。1970年11月25日の市ヶ谷駐屯地で行われた、三島最期の演説である。もし、この演説のあと彼が切腹していなければ、この日の彼の行動は滑稽なものでしかなかったであろう。私は思った。この日に近代は終わったのだ。真理を求める世界は終わったのだと。そんなことを考えていたら上司が出社したので、仕事にかかり始めた。

仕事は3時前にカタがついたの、それから丸の内の丸善に向かった。クリスマスに彩られた店内を横目に、3階に向かう。とある本を買うためだ。

『写真集 三島由紀夫 ‘25~’70』 編:三島瑤子 藤田三男

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とても恐ろしく、何かナイフを掴まされているような感覚だったが、それ故か、ゾクゾクっと引きこまれるものがあった。一通り目を通した後、438円という安値に驚きながらも購入した。帰りの電車でもう一度目を通したが、表紙が他人に見られるのが怖かったので、表紙を鞄につけるようにして読んだ。

今、私の目の前にその本はある。とても怖い。とても重い本だ。彼の目は私の内面の何もかも分かっている気がする。それゆえに、不思議な安心感もある。

とはいえ、明日はクリスマス。クリスマスを家族以外の人と過ごすのは生まれて初めてだ。楽しみ~

頑張って生きる 

2009年12月21日 22:22

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この間、近藤喜文監督作品『耳をすませば』を見た。法令集のアンダーライン引きをする際、何か手持無沙汰だったので、以前母が買ってくれたビデオを見たのだ(私の悪い貧乏性のせいなのだが、目や耳から常に何かしらの情報を得ていないと気が済まない時があるのだ)。

改めて思うが、とてもいい物語であり、とても哲学的であると思う。私のとっても好きなシーンで、おそらく物語のメインシーンに当たる、雫が物語を書き終えおじいさんに見せた後の言葉が、今でもとても印象的である。

「私分かったんです。書きたいだけじゃだめなんだってこと。もっと勉強しなきゃって」

とてつもなく哲学的だ。私は学生時代、いろいろ哲学の本を読んでいたりしたので、幾人かの人から、「・・・で、哲学を学んだ何がわかったんですか?」と聞かれることがあった。その際、私は以下のように返答していた。


「頑張って生きなきゃだめってこと」


そう言うと、人によっては「ポカーン」として、また人によっては何か馬鹿にされたような表情をした。確かに、なんかよくわからん複雑な本を読んだ末、出てきた答えがこれでは、質問者は不満足かもしれない。

しかし、この言葉はとても意味深いのだ(自分で言うな)。確かに「頑張らなきゃいけない」っていう考えに対し、あまり批判的な態度をとる人はいない。至極当たり前のことであって、批評するにもあたらない。私も哲学を学ぶ前から(という言い方は変だが)、そんな当たり前のことは知っていた。

だが、それとこれとは違うのだ。なぜなら、私が発見したのは「頑張って生きる」ということが真実なのであって、それ以外はすべて不確定要素だということなのだ。誰もが自明としている諸所の出来事も、それは不覚的なものでしかないということなのだ。

ではなぜ「頑張って生きる」ということが真理なのか。それは簡単。頑張って生きても報われない世界になど、私は興味がないからだ。

いじめられっ子の建築

2009年12月20日 22:06

『西沢立衛 対談集』 編:西沢立衛  を読む。

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南洋堂のwebsiteを見ていたときに、売れゆきランキングでこの本が出ていたので、もちろん買う気などさらさらない私は図書館に偶然あるのを見つけ借りた。

原広司との対談は面白かった(というか原が対談相手にいなかったら借りていなかった)。だけど、それ以外は面白くなかったので途中で読むのをやめた。最近そういうことが多いが、学生のときと違って、全てまんべんなく何かを学ばなければならないという気負いがない。西沢が何を言おうが、伊東豊雄が何を言おうが、私はそれに耳を傾けるか傾けないかを選ぶ権利がある。いやはや、学生のときとはずいぶんいろいろ変化したもんだ(大学1,2年の頃は、彼らの思想を共有できないと劣等生だと勘違いしていた)。

私がこの本をラウンジ・チェアのオットマンに置いていたら、それを弟が見て「いじめられっ子?」と冗談で聞くので「日本で一番有名な建築家だよ」と半ば冗談で答えたら「ふーん」と感心なさそうに答えた。いじめられっ子・・・確かに、この写真は堂々たる明るい人間というよりは、部屋の隅にある余白を映しているかのようである(コルビュジエのパースにあるボクシングする人とは大違いである)。確かに、いじめられっ子というのは(どういう定義だかしらんが)、教室の隅にいるようなイメージがある。

そんなことを考えていると、彼ら(対談の相手は原の他に伊東、藤本壮介、石上純也、妹島和世、長谷川祐子とお馴染みのメンバー)は、いじめられっ子が集まった、オタク集団のサークルのように思えてきた。仰々しく言えば、いつしか建築は大文字の国家とか社会とか、民衆とかを背負わなくなった。かつて私は、そういった変遷自体「建築の不必要性」を表しているのであって、ゆえに、そこからの何かしらの脱却が必要であると考えていたが、ならば、今の時代の建築家は「いじめられっ子」や「オタク」(両者はずいぶん意味が違う気はするけど)と捉えることもできる気がする。

伊東豊雄は基本的に好きで、結構信用している方なのだが、彼の言っていることは、実は中野本町のあたりで上手く結実している点があるのではないかと思ったりもする。逆に、最近のプロジェクトの方がいろいろな点で散漫な気がしてならない。だけど、そういって建築界の動向も、最近は横目で見ている。建築家が社会を救う時代は終わっただろう。いや、ただ単に日本が飽和状態になっただけかもしれない。ただ、今の私は、目の前にいる人を幸福にすることに、自分自身の幸福を覚える。恋人、友人、同僚、上司、家族・・・、だから、逆の意味で、彼らの作品を肯定化することができるようになってきた。肝心なのは、その建築がどれだけの人を幸福にするかどうか、という点にかかっているのだから、彼らと私は、全くもって同じ土俵に上がっているのだ。


追伸(Yくんへ)

Twitter拝見しています。ちょっと私も・・・という誘惑に駆られながらも、今は自分のできる範囲をしっかり見極めることが重要かと思い、そこにはまだ手を出していません(笑)。おれも早く現場に出てみたい。頑張れ~!!

わが友・ミシマ

2009年12月19日 23:25

『平凡パンチの三島由紀夫』 著:椎根 和

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私が三島由紀夫の『金閣寺』を読んだのは3年前、つまり2006年。私が生まれたのは1984年で、三島由紀夫が自決したのは1970年。私と三島由紀夫という人物は、時間的には一切のかぶりがない。しかし、三島は私を知っていた。そう彼の作品を読んで思った。いや違う。私はこう思ったのだ。「なぜあなたは私のことを知っているのか?」と。

好きな建築家は?と聞かれれば「ル・コルビュジエ」と答えるようにしていて、好きな作家は?と聞かれれば「三島由紀夫」と答えるようにしている。その答えは、結局のところいつも「そこ」に還ってくるからだ。しかしコルと三島は違う。多分、かなり違う。

私はコルビュジエには、建築の社会性や、建築(それは至って西洋的な)について学んでいて、それとは逆に自己の内面性、絶対的価値観や「日本」という問題については三島にその意を求めているのかもしれない。かもしれない、というのは、自分のなかで筋道立ててこのふたりにたどり着いたわけではないから。だから、今こうして結果的に考えているのだ。

私は週に2回筋トレをしているが、それは確かに身体の意地が基本となっているが、三島に影響された点が大きい。自己が生きながらえている世界に美を見いだせないなら、自ら美を創出するしかない。それは倒錯した美、フェティシズムかもしれないが、そうするしか道がないのだ。

私の内向的な時期の終着点(折り返し地点)を示してくれたのは三島だった。しかしそれ以降も、彼への関心、(語弊が多々あるが)「憧れ」が続いている。

彼に対する批評など私にはできない。あれほど「生」に対する意識を高めた人に、私の言葉など軽率以外の何物でもない。


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