ラブレター

2009年07月30日 22:18

私は人づきあいが苦手であり、どれくらい苦手であるかというと、おそらく「人づきあい苦手コンテスト日本選手権」なるものがあれば、結構上位に食い込むのではないかと思うくらい苦手。でもだからこそ、数少ない友人や信頼できる仲間には、絶対的な敬意を払う。

先日『トウキョウ建築コレクション2009』が発売された。私はそこで執筆をしていたのだが、論文を書くにあたってお世話になっていた先生に、お礼として送ることにした。大体3人くらいの先生に送ろうと思うのだが、まず、一番距離の遠い青井先生に手紙を添えてお送りした。

前回はA.Aというイニシャルで失礼したが、今回名前をお出しした。というのも、先生のブログに私の名前が実名で載っていたからである。本が届いたということを、青井先生はブログ内で報告してくれた。私にとって先生は本当に、本当に尊敬する人で、ハチャメチャカッコイイ歴史家である。彼のブログは私のような「ぼやき」ではなく、論理の神髄に満ちている。とってもかっこいいのだ。

その先生が実名でブログ内で報告してくれたことが、私にとってはうれしかった。それ以前に、私としては先生に手紙が書けるということ自体うれしかった。多忙な先生であるから読んでくれるかはわからない。でも、だれか尊敬できる人がいて、その人に想いを語れるということは、結果はどうあれうれしいものである。

どんなつたない文章であれ、どんな不格好な字であれ、やはりそういう時は手書きで書くべきである。身体で感謝の気持ちを表現できるからである。

今日は、まことに幸せな日である。
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タフに生きていけ!

2009年07月28日 20:59

日々電車で通勤し、たくさんの人々の姿を見る。みんなそれぞれに意思があって、それぞれに喜びや悲しみがあることを、不思議に思う。私には彼らの心がわからない。当り前のことだが、彼らにも私の気持ちはわからない。お互いわからないのにも関わらず、私は「日本とは何か」何ぞ、かつては論じていた。

一級建築士学科の成績で落ち込んでいる点もあるのだが、正直今の状況に鬱屈した気持ちを感じる。家に帰ってパソコンに向かうことに安心感を覚える。誰にも侵されない、この自由な時間にである。

こんな状況のなかで、道行く人々を眺めていると、彼らはいったい何を生きがいとしているのかわからなくなる(冒頭で述べてように当たり前のことであるが)。家族を持ったことがない私にはわからないが、家族がいると、そのために体を酷使して働くことが生きがいとなるのだろうか。それとも、仕事以外の休日であろうか。休日遊ぶために、日々働くのか。もしくは、生きがいとはそんな大目標以前の話で、生きていくために、給与を得なければいけないからであろうか。

私は、建築史家になりたいと思っている。本を書きたいし、自分の歴史観を語ることで、後世に何か残したいとも思っている。でも、そんなことができる人は限られていることも知っている。だから、自分の考えを聞くと、たいていの人は感心する。そんなに壮大な夢があってすごいねとか、羨ましがられたりもする。

私にはいま大切な人がいるし、その人さえいてくれれば何もいらないとも思うが、でも、そんな自分に彼女は惹かれてはくれないであろう。

最近、現在の状況に閉塞感を感じる理由がわかった。ひとつには、建築を建てるということに、自分なりの答えを見いだせていないこと。歴史家を志したひとつの理由は、建築行為に積極的な意味を見いだせなかったことにある。もちろん理想の建築像はある。ただ、それが受け入れられる状況が、現在の職場にはない。前のKくんが言っていたことでもあるし、言ってみれば当然のことであるが、コンペのプレゼンをしていても、結局上司が納得できる範囲で作らなければならない。もちろん納得させる力が私にはないからというのもあるとは思うが、はっきりいって、向こうの好みである。考えを聞かずとも、だめなものはだめなのである。それが建設業の、サラリーマンの必然性である。クライアントを無視することは、われわれには不可能な行為であると感じる。

閉塞感を感じるもうひとつの理由は、絶対的に尊敬できる人がいないという点である。社会のなかで生きていく以上、建築が経済のための生産物であることなど自明のことなのであるが、それに対し疑いの目を持ち、現実を受け入れつつも、それに抗って生きている人がほしい。私の尊敬する人は、いつもそうであったし、私の憧れであった。私が建築を志したのも、多くの本を読んだのも、私の研究室の教授や、先生方に尊敬のまなざしがあったからである。人間は自分の努力の延長に尊敬できる人がいるのであれば、いくらでも勉強する。それが私の活力でもあった。正直、現在の職場にそれを感じるのは難しい。

まだ大して働いていない新人が何言うか、ではあるが、このブログはぼやくためのサイトであるので、何言おうが私の勝手である。これが現在の心境である。

「理想をもった現実主義者」

宮崎駿がいった、私の理想像である。しかし、現在の理想を私の職場に求めるのは難しい。理想を外部に求めなければいけないことに疲れる。でも、それを見越して、いろいろな人との関係を作ってきたことも事実。私が予想していたことが現実となっているだけの話なのだ。

私の尊敬する歴史家のA.A先生は「タフに生きていけ」と私に助言してくれた。宮崎駿の言葉と違って、私の目の前で、私に向かって発してくれた言葉である。その言葉が、今の私を支えてくれている。人の人生に答えはない。人との比較ですぐれた人生など、幸福な人生ではない。

そう強く思うことで、私はまた明日の一日を過ごせるのである。

今日という日を生きた人々へ・・・お疲れさま

2009年07月26日 23:51

本日、一級建築士学科試験が行われた。思えば入社してから三か月、常に「一級、一級」とそそのかされてきた。とりあえず、今日をもってその日々から解放される。

総合資格学院の採点によると、私の点数は、総合資格が予想した合格点を上回っていた。しかし、彼女いわく今年は平均点がかなり高いらしい・・・ということは、厳しいかな・・・?


トウキョウ建築コレクションという修士設計、修士論文を発表するワークショップが今年の3月に催され、私はそこに参加していたのだが、その催し物がこのたび製本され書店に並んだ。一級建築士試験が終わるまで本を開くことはためらっていたのだが、このたびめでたく開封した。

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私の文章と顔が載っている。自分の作品が出版物に掲載されるのは基本的に初めてなので、それだけで、ひとつ研究者へのステップを登った気になる。とはいえ、あの頃は論理に走りすぎたからなぁ、今見ると若気の至りです。

とりあえず、気づけば夏真っ盛り。今日の試験会場も、ミンミンゼミがなっていた。入社してから一級建築士学科試験のことが頭にあったから、ほかのことが手に付かなかった。これからやりたいことは山ほどある。まずは部屋の掃除。自転車の修理に、パソコンの不良修正。スーツのクリーニング、視力回復・・・そして、この期間に温めていた建築プランがいくつかある。それを具現化したい。

とはいえ、もし合格点なら製図対策だな。それはそれで大変、いや、うれしいことではないか。

そういえば今日、試験会場で研究室時代の同僚Yくん(船橋在住)とばったり会う。あとA研のAくんにも。Yくんは60時間以上の残業を身にまとうバリバリの社会人。あまり勉強してないから受かる気はないらしく、法令集を忘れたといっていた。Aくんは就職してないらしい。一応毎日一級の勉強をしているらしいが、受かる気配はないらしい。人それぞれだね。

それに対し、わが社の新人一級建築士試験対策プログラムは、大したものである。それで受かるかどうかは別としても、それなりの補助をしてくれるのは優良会社の証拠です。でも、優良なのはあくまで「企業」としてであるからね。建築家としては、それはまた別問題です。

自分の未来がどう開けていようが、たとえ運命によって既に決定づけられていようが、毎日毎日しっかり生きていく以上の道はない。明日から、また一週間働きます。

とりあえず、今日生きている人々が皆幸福であることを祈り、7月26日という日を終えたいと思う。みんなお疲れ様!

現実を知り、空の大きさを鑑みる

2009年07月12日 23:56

久々のブログ更新。とはいえ、次の更新はおそらく2週間後である。2週間後・・・そう、一級建築士試験である。

本日総合資格で模試を受けたが、惨敗。いろいろ言い訳もなくはないが、結局60点だった。正直へこんで、冷汗が出た。こういう感覚って何年ぶりっていうか、初めてな気がしないでもない。やばいよYくん。

学生時代は文学系だったから点数で評価されることはなかったしなぁ。正直現実を見させられている感じです。

でも、学生時代と違うのは、この資格を取るかどうかとか、そういったモチベーション自体自分で設定するということですね。模試受けたけど、同い年の人なんてあまりいなかったもんなぁ。人生ひとそれぞれ。価値観も。



最近、殊に感じることだが、空が、とてもきれいである。

昨日は燃えるように赤かったし、今日は深海のように重く、澄んでいた。空の美しさに触れる度、まだまだ人間は生きていけるなって思う。こんなに大きくて、強くて、やさしい存在なんて、人間が作り出せるとは思えないからね。


母さん、空が今日もきれいです。
母さんが見たっていう雲はどれかわかりません。
でも、その雲を
僕と蛍はどれだったんだろうと
時々話しており・・・

   ―『北の国から 最終回』より―

「STARBUCKS COFFEE」という超均質空間

2009年07月04日 19:44

今日は午前中マックで勉強、午後はスタバで勉強。一級建築士試験まであとわずか。勉強勉強である。

スタバではいつもスターバックス・ラテのグランデを注文する。それで4,5時間過ごすのである。スターバックス・ラテを飲むと、台湾を思い出す。灼熱の台湾では、どうしたって冷たい飲み物と冷房が必要。ただ、地元のものはそんなに衛生的でないし、何より疲れをとるために食事で冒険したくないので、だいたいスターバックスに入ることになる。

マックも海外にあるわけだが、マックは治安が悪い地域では雰囲気が良くないし、汚い。それはひとつの文化的知見となるわけであるが、ただ休憩のときはサバイバルしたくないからな・・・

だから、私は日本でより、海外でスタバを利用している。そんな事実に気づくとき、スターバックスは、ある意味近代建築が目指した究極の姿だと思う。

近代建築が目指した究極の姿。それは零度の建築である。建築史家の藤森さんによれば、その究極体がミースの「バルセロナ・パビリオン」であるらしい。確かに、あれは凍れる音楽のようである。

ミースの均質空間は換骨奪胎され、世界中の(主に)オフィス空間として広まった。だけどそれはミースの空間ではない。ミース(の思想)なきミースの空間である。

ところがスタバは、明らかにSTARBUCKS COFFEEという空間を世界中にまき散らした。世界中に均質な空間をである。

私はその空間を週末享受している。とても快適である。しかしそれは、そこに日常がないから成立する。私の生活に均質空間は存在していない。

そもそも、我々は・・・

2009年07月03日 22:36

あと、話題のリクエストをしてもいいかな?先日のブログにちょっと出てたデリダなんだけど、確か脱構築の哲学者だよね?あんま詳しくないんだけど、なんであの人は建築関係でも有名なの?あと建築史から見てどういう意義があったと思う?


Kくんからのリクエストにこたえたいと思う。正直いうと、デリダに関してはほとんど知らない。というか、研究の対象としなかったので、できれば自分で勉強していただきたいというのが本音である。・・・が、それでも自分からみたデリダの意義について論じてみたいと思う。

デリダといえば、言わずと知れた脱構築運動(っていうのかな?)の旗手である。建築との絡みでいえば、デリダに一番近い位置にいたのはやはりピーターアイゼンマンじゃないかなと思う。日本だと、私としては藤井博巳大先生の作品がそれに近い感じがする。だけど、デリダの名前を知っている人は建築系の学生には少ないんじゃないかな?脱構築っていうと、なんかハチャメチャに壊れた感じの建築をイメージする人が多いが、これは根本的に間違っていると私は考えている。

まずデリダが発した脱構築とは何か。私なりにいえば「そもそも、私たちは自己の理性を背くように自己の論理をずらし、それが私たちの身体のなかに包含されている」ということじゃないかと思う。そしてそれは何を意味していたか、語弊をおそれずに言えば、近代哲学(広義には、哲学そのもの、そして論理、思考と人間の知の全般に及ぶが)を終わらせることにあったのではないかと思う。

近代の哲学がなしえたことは何か。近代哲学の父と呼ばれるルナ・デカルトという人は、世界の認知を「主観―客観」という二項対立に押し込めた。つまり、私がいて、その周囲の環境があるという、xyzの三次元空間をデカルトは想像した。これはいまだに我々の思考の根本のあるものである。誰だって自分がいて、その周囲に他人がいるという認識をもっている。

これが当たり前であり、必然であるとする人は、まずここから解体しなければならない。

主観―客観という構図は、近代以前には乏しかったとされる。なぜかといえば、世界の答えは神が知っていたからであり、物事の決定権を人間は持っていなかった。前にもブログに書いた気がするけど、近代になって科学技術が発達し、人間は「世界を知る」という権利を得た。世界は、人間主体となったのである。これはルネサンス以降の人文主義という。それが幾度となく否定され反復されてきたが、結局のところ、人間主体の物事の考え方は変わっていない。

さて、この近代の認識論において重要なのは、まず「私」という主体がいて、その外部に世界があり、そして真理があるということである。たとえば、「良い建築」というものを考えた時に、建築とはあくまで私ではなく、私の外部にあるものであり、そして「良い」とはあくまで建築が良いのであって私が良いのではない。だから世界は外部にあり、真理も外部にあった。

19世紀から始まる、ニーチェを発端とした反近代的哲学は、その視点を崩していった。ニーチェ、フロイト、ソシュール、構造主義、記号論・・・とは、結局のところ、真理とは外部ではなく、それを判断する私自身にあるのではないか、という近代とは対照的な視点にある。言ってしまえば当たり前のことだが、良い建築かどうかっていうのは、見る人によって全然違うわけだ。

こう述べると、近代の哲学者ってあまり的を得ていなかったんだね、と思われるかもしれないが、そう考える人は哲学的な思考を持っていない人である。近代という時代は、真理を一つである必要があったのである。そう仮定することによって、人間は世界を知ることができるという権利を持てたのだから。時代によって、物事の価値そのものが違うのである。

話を戻すと、反近代的な哲学者は、近代哲学に異を唱えたとはいえ、真理を探究するということは同じだった。ただ、構造主義がポスト構造主義へ移行していったように、そもそも、根本的に真理を追うことそのものが無意味なんじゃないか、という疑問が生じてきた。時としては、1980年代くらいであろう。日本がバブル経済に突っ走った時代で、もはや論理が消えていった時代である。資本主義とは、論理なきシステムなのであるから。

デリタはこの時代に現れた。そして彼は哲学の根本的な無意味性を暴いた。彼はいう。人が、何かを食べ、それをおいしいと思ったとしても、それが本当においしいかどうかは本人にもわからない。「おいしい」という刷り込まれた原則に従い、それ味覚を「おいしい」と置き換えているのかもしれない(たとえばおいしい肉だと思って食べても、それが珍獣だと後々わかると、吐きたくなるであろう)。だから、人間は、そもそも、自分が何を真理と置くかさえ、ままならない。というか、人間にはそうした相反する理性が共存していた、それが物事の決定をずらしたり、遅らせたりするのである。

近代の哲学が真理を外部に求めたなら、反近代の哲学は、それを逆手にとって内部に求めた(近代建築からポストモダンへの移行と似ている)。そして、反近代以後は「何かを求める」という行為自体を無意味とした。追及したところで、どこにも行きつかない。なにせ、僕ら人間は、そもそも自己の内部に矛盾する理性を抱え込んでしまっているのだから。

だからデリダは、プラトンとかの文章を用い、プラトンが、自らプラトン自身を裏切っていく様をみせる。つまり、プラトンが、プラトン自身で自分をずらしていくのである。これが脱構築である(と私は考える)。

だから、脱構築の建築など、本来的に矛盾しているのである。なにせ、そもそも、建築(というかあらゆる現象は)脱構築を起こしているのだから。近代建築も、古い社寺も、すべてデコンなのである。

長々とぐだぐだ書いて、最終的に質問に答えれば、まずデリダが建築界と結び付けられるのは、脱構築という運動が、建築界でひとり歩きしたからだと思う。モダニズムもポストモダンも、あくまで思想の総体だけど、脱構築に関しては、デリダが勝手に作った言葉なので。

そんで、脱構築の意義だけど、それはさっきも言ったように、哲学を終わらせたことにあると思う。強迫観念のように付きまとった「理性」という形而上学を、デリダは終わらせて見せた。これは、歴史的にはものすごく大きい。だけど、それはあくまで論理的に成功したという話であって、現実は、私たちの視点はいまだ、デカルトが提唱した近代的視点から逃れられないのである。・・・というか、おそらく近代というものは、これからもずっと続くと思う。

今の建築界では、哲学を語る人は少ない。それは、時代がそれを要請しないからだと私は思う。そういうフェーズに建築家や思想家を誘ってくれたという点においても、デリダはえらい。だけど、根本的に矛盾した理性を孕んでいると言われた時点で、僕らはもうお手上げ、判断停止を余儀なくされるわけだから、まぁそれ以上どうしようもないというのが正直なところでしょう。その「どうしようもない」を「発見」ととるか、それとも「後退」とみるか、それがデリダの評価の分かれ目かもしれない。

以上でたらめに書いてみた。たぶん、デリダの論理の1%も言い当てていないと思う。でも哲学ってのは、根本的にそんなものであるとも思うよ。

それでも、建築には夢が必要である

2009年07月03日 00:38

ブログが滞る。一級建築士の勉強とそれに伴う睡眠不足、そして目の疲労のためである。でも、何かしら書かなければ。なぜなら私は歴史家なので・・・

昨今のニュースでは「麻生下ろし」と鳩山氏に絡む「政治とカネ」問題が語られている。正直、どちらにも興味がない。どちらも「政治」の話をしていないからである。丸山真男の言を待つまでもなく、日本の政治には、(西洋的な意味での)本来的で民主主義的な政治が存在しないといわれている。その要因は、日本人は西洋のいう意味での近代人ではなく、それゆえに主体と客体が分離してないからであると思われる。簡単に言うと、自己と環境が共生している。「自己」が確立していなければ「他者」は存在しない。ゆえに、西洋的な意味での民主主義は成立しないことになる。

小学生の頃、政治について考え、意見を述べることの無意味さを感じていた。だって、ものすごく頭のいい大人が政治を行っているのだから、それでうまくいかないのなら、自分が何を考えても意味がないと。

以前ヨーロッパをひとり旅しているとき、大学で政治を学んでいる青年と出会い、話をした。彼は私に問うた。「政治家の一番の目的は何か」と。彼は答える。「それは次の選挙に当選することだよ」と。うーん、その通りだ。

私が属する建設業も、同様な動きを見せいている。最近働きながら感じるのは、うちの会社が目指している建築は「クレームのない建築」である。それはとても大切なことである。雨漏りがしない建築がいいに決まっているし、地震があっても倒壊しない建物の方が優れているのは自明のこと。ただ、逆に言うと何か新しいことをやろうってことにはならない。もし奇抜な形態を持ち込んで、その部分で不具合が生じクレームがきたら、それゃまずいわけですよ。次の仕事がこないかもしれない。この不況の時代、お得意様なしには、建設業はやっていけないですよ。

そうすると、先に話した政治家と同じ状況に置かれる。重要なのは「何か新しいものを創造する」というプラスの思考ではなく、「ミスをしない」という、いわばいかにマイナスを防ぐかという思考になる。社員は一人一人の生活がある。「創造的な建築」という冒険のために、自らの生活を犠牲にするほど、うちの社員は勇敢でもなければ、稚拙でもない。

これから建設業は徐々に縮小し、むしろその縮小化の形を考えることが重要となるかもしれない。それは幾分創造的なことでもある。でも、多くの建設業が淘汰される状況であることに間違いはないであろう。建設業に明るい未来を求めてはいけない。

だからこそ建築をやりたいという逆説が、昨今の私の衝動である。くさい言葉でなんだが、やはり夢(Yくんの言葉で言う「詩」)がなければ、そもそも建築など意味をなさない。


追記

Kくんからのリクエスト「脱構築について」は執筆中ですので、しばし待たれよ。


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