書き続けること・・・

2009年05月31日 16:32

本日は午前中免許の更新のため免許センターに行く。受付より10分早く行ったのだが、すでに何百人の人が列を作っていた。そりゃ平日に来れない人が日曜日にどっと集まるのだから当然か。

平日と言えば、私の平日の日課は大体決まっている。まず、だいたい定時に出社するので、帰宅は19時30分くらいになる。それから夕飯を食べ、風呂に入り、そしてパソコンに向かう。まずメールのチェック、そしてブログを読む。日常のほとんどを社内の人と過ごすこの生活において、外部の建築家や哲学者の論考は貴重なものである。しかもそれが「本」という仰々しい形ではなく、「ブログ」というかたちでタイムリーに流れるのは、私の日常生活においては非常にありがたい。

「お気に入り」に入れているブログリストは10個弱あるが、最近ひとつ増えた。建築家石山修武の「世田谷日記」である。建築畑の人なら、たいてい知っているブログであろうが、私は最近石山氏が行っているような「完成された事後的な建築ではなく、その建築が生成されるプロセス」に関心があり、それゆえに彼の考えに興味を抱き始めた。

彼のブログが面白いのは、毎日必ず日記をつけていることである。更新は2,3日に一度だと思うが、それでもしっかり毎日分綴っている。石山氏の風貌や作品からして、なんというか、そういう風にコツコツやっていくタイプの建築家ではないという偏見があったため、ちょっと面白かった。

あと面白いなって思ったのが、石山氏の起床時間と帰宅時間が毎日書いてあること。これは、なんというか、とても大切なことのように思う。なんでかは自分でもわからないけど、そういう些細なことも、日々記しておけば、それが大きな力にいずれなるように思う。私がちんけなブログをコツコツ書いている理由のひとつもそこにある。

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再会

2009年05月30日 19:16

本日は午前中に皮膚科、美容院、歯医者の用事を済ます。バタバタした午前だった。だけど、本日も昨日以上の良い日であるはずである(今日はまだ終わっていないので・・・)。

というのも、皮膚科で旧友と再会したのである。6年前に教習所で言葉を交わしたのを除くと、実に小学校以来の会話ということになる(12年ぶりである)。

彼とは幼稚園のとき、毎日のように遊んだ仲で、小学校にあがってもそれは変わらなかった。だけど、中学に上がったころ、彼は学校に来なくなった。子供時代の精神状態というものはある意味残酷なもので、そういう彼に対し、私は何一つ手助けしなかった。自分自身が最悪の精神状態にあったこともあるが、今思うと、とても不思議なことに思う。

そんなこともあったので、自分から連絡を取ろうということもなかったし、今でも地元に住んでいるとも思っていなかった。だけど、今日話して、彼は専門学校を出て、東京で働いていると知った。今でも実家から通っていることも。専門学校出で働きだしたから、社会人になってもう5年目である。私より4つセンパイである。

携帯のアドレスを交換し、美容院に行かなければならなかったのでそこで別れた。また飲みにでも行こうと言葉を交わした。

彼の携帯アドレスは、毎日一緒にいた頃の彼のあだ名だった。それは、ある期間、彼に手を差し伸べてやれなかった自分に対する罪悪感を、ほんの少しだけ払拭してくれた。

幸福なサラリーマンの一日

2009年05月30日 00:04

本日は実にいい日だった。我が設計部の上司と新人3人で飲みに出かけたのである。私は基本的に飲み会は控えているのだが、上司に言われればしょうがない。最初は「まぁしょうがない」的な心持だったのだが、帰宅する頃には非常に晴れやかな気分になっていた。

というのも、その上司が、ある意味私の理想像であったからである。その上司はよく笑う。そして話が矛盾している。それがいい。

話が完全に理にかなっていて、それを説得しようとする人はあまり好きではないし、大した人間ではないと思う。その上司は、サラリーマンではあるには、うまく組織の中で生きているのだ!っと言って自分で笑い、だけど、人の言うことに従わないのがデザイナーだ!と言って笑う。ド真面目に語らないのだが、そのいい加減な語り口のなかに、長年建設業に従事してきた男の重みを感じる。

そういう人間は私は好きである。たまたまだが、上司の集大成ともいうべき建物を私は偶然知っていた。それを話したら大変喜んでくれた。上司曰く、「自分がやった」と言える作品に出逢えたから、もう十分幸せなのだそうだ。だから、新人のお前らの教育をやってやるんだ、といい笑う。

そういう人が私の会社にいると思うと、すごくうれしくなる。なんか、自分もこれでいいんだと、ほっとするのである。

コツコツツクルイエ

2009年05月26日 00:40

毎日の日課として内田樹氏のブログを読んでいる。なんというか、自分のブログが彼のまねごとでしかないことに気づき、なんというか少しへこむ・・・というか反省。内田先生のような立派な人間(なんていった内田氏はなんて反論してくれるのだろうか)ではない私にとっては、内面を表にさらけ出し、そういったところで犠牲を負うことで、そういった先達たちのまねごとに対するせめてもの戒めだとは思っていたのだが・・・

働いて時間がないと、ストレスの発散口を消費に向ける。私も同様。ということで、昨日『放浪記』を見る1時間前、丸の内オアゾで本を購入する。今回の書評はそのうちのひとつ。

『セルフビルド 自分で家を建てるということ』 著:石山修武 中里和人

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最近はなんか雑多で人の手の痕跡が残るような建築に惹かれる。その理由のひとつは、社内での設計研修が、ある意味すごく生産的で、なんか問題を解いているみたいだからである。建築ってのは、別に勝手に作って「建築」っていっていればそれでいいのだから、日々の鬱屈した建設(?)設計に対するはけ口として、なんとなく「作っちゃいました」的な建築に惹かれる。ひどく「趣味的」であるのもいいし、逆説的に「社会的」であることもいい。

もうひとつは、自分がそういうものを作ろうと現在計画しているからである。追々ブログ内でもアップしようと思っているが、まぁゆっくり時間をかけてやろうではないか。

そうそう、この本のなかで印象に残ったのは、石山修武の「開拓者の家」。あれは河合健二の「ドラムカンの家」を模したものであると思っていたのだが(いや別にそれには間違いはないのだけれど)、あの家を施主がこつこつ何年もかけて作り続けていた様であった。住宅に「住む」機能ではなく、「作る」機能が内蔵されている。そりゃ、毎日が何倍にも楽しいだろう(それと同時に大変だろうが)。

なんか、そういう人の気持ちや苦労が伝わるようなものに惹かれるのかな・・・?でも「こんなに苦労して作りました!」なんて自分の作品を評する建築家なんてカッコ悪いから、まぁ自分なりの苦労するしかないとは思うけど・・・

『放浪記』を見る

2009年05月24日 18:51

今日は帝国劇場で森光子主演の『放浪記』を父親と見に行く。父親とどこかに行くことなんてそうないのだが、母親がチケットを買ってセッティングしてくれた(感謝)。

劇の内容の前に、まず帝国劇場について。詳しいことは知らないのだが、戦後モダニズム期の雰囲気を色濃く残す建築だった。そういうよい建築が僕の知らないところにたくさんあるんだろうなって思うと、「そういうことを知らずに何歴史について語ってんだ」って気になってくる。何事にも謙虚であることが必要だ。

本題の演目については、批評したくない。なんでかって言うと、ひとつは劇中猛烈な睡魔で、演目と同時にその戦いが私のなかで繰り広げられていたからである。・・・まぁそれでも大体は見ていたんだけれど。もうひとつの理由は、それが森光子さん自身の人生のように感じたからである。彼女の人生について、私がどうのこうのいうのはおかしいし、自分自身そんなことはしたくない。だから、内容を知りたければ見てくださいとしかいえない。

でも、森光子さんは高齢であり、セリフも時々たどたどしかったりしたのだけれど、それでも、僕なんかよりよっぽど軽快に舞台を舞っていましたよ。あの姿を見るためだけにも、劇場に足を運ぶ価値はある。建築もそうだけど、なんというか、内容以前にそういう「ふるまい」が重要だと思う。ああだこうだ批評できるものなんて、それに比べたら大したことない。

内面性と社会性

2009年05月23日 03:04

Kくん、コメントありがとう!

私は断定的に物事を考えないようにしているので、このように意見を言ってくれるととてもうれしいです。

僕はあたかも知り尽くしているように語るところがあるので悪い癖なのですが、まず三次元CADについてほとんど知らない状態で語ったことを弁解します。

このコメントに僕なりに返答したいと思い、明日書いてもいいと思ったのだけれども、結構本質的な部分だと思ったので、寝る前に書こうと決めました。

まず第三者にもわかりやすいように述べておくと、Kくん曰く「すばらしいデザインとは、必ずしもなにかを主張するのではなく、むしろいつの間にか社会に浸透していくようなもの」である(って前に言ってたよね?)というのが彼の主張である。私がブログ内で書いたことが建築家よりの考えであるというのはその通りであると言わざる負えない。

Kくんの意見に対して、私なりの意見を述べておきたい(もちろん反論ではないよ)

私は、建築家の役割には概してふたつの側面があると思う。「社会性」と「内面性」である。例えばミース・ファン・デル・ローエを例にあげて説明しよう。

まず一般的に言われているミースの功績は、カーテンウォールのスカイスクレーパーの実現したことやユニバーサルスペースの提案にある。現在の新宿や丸の内の建物は、この二つの理念なくして存在しえないようなものだから、日本の大都市のもミースの考えは根付いているといえる。

だけど私はアメリカに行ったときに「ミースもどき」の建築を散々見た。彼の建築は徹底的な合理主義であるがゆえに、いとも簡単に複製できてしまうのである。いや、それが近代建築家の役割であったのだから、ある意味それは成功だったのだけれど・・・

とはいえ、それよってできた超高層群を一般人が礼賛するかというと、たいていはそうではない。そしてミース自身も後年、シカゴの街を見下ろし「こんなはずではなかった」と述べたという。

これがいわゆる建築の「社会性」である。じゃあ、ミースの建築は「ミースもどき」の建築とどう違うのか、それを説明しなければならない。これは私自身がミースの建築をいくつか見て感じたことなのだが、ミースの建築はユニバーサルスペースによって、確かに多様な空間利用が可能なのだが、だけど実際には、多くのことが可能ではない。なぜなら、ミースのユニバーサルスペースはユニバーサルに使うと死んでしまうからである。

彼の建築は、想像しえないような緊張感に満ちている。「神は細部に宿る」というのが彼の名言だが、彼の空間は隅から隅まで徹底されている。だから、彼の空間には彼の設計した家具しか似合わないし、人がわいわいやっているのも似合わない。もちろん物理的には可能なのだけれど。

つまり、彼の建築は「何でもできる」と謳っておきながら、「何もできない」のである。そういう意味では、彼の建築は教会に近いものであった。

では、ミースは何でそんな空間づくりをしたのか。藤森さん風にいうと、それはモダニズム建築が目指した「抽象性」を突き詰めていった結果であり、先日のロラン・バルトでいうところの「零度」の建築を試みたのである。完全に抽象化された空間は世界中で複製できるから、一応それは社会性も持ちえているのだが、彼の建築が社会に浸透すると、そういった緊張感は消え、社会にとって都合のよい面だけが採用されてしまった。だから、世の中のスカイスクレーパーは「ミースもどき」となってしまったのである。

社会にとって有用な面だけが残ればいいじゃないか、と思われるかもしれないが、私はそれには若干の異論がある。人間もそうだが、建築には「社会性」だけではなく「内面性」がなければならない。

人間に例えた方がわかりやすいと思うが、たとえばものすごく社会的な人がいて、どんな人にも好かれるとする。でもそういう人って、どんな人にも好かれるかもしれないけど、八方美人でしかないなら、人間の魅力としてはあまりよくないと思う(でしょ?)。というのは、やっぱり人間にはその人固有の特性(=内面性)があって、それがあるから人間てそれぞれ違うし、だから面白いんだよね。

それは建築も同じだし、あらゆるものがそうであると思う。つまり「社会性」は必要だが、それと同時に「内面性」が必要である。社会は常に変化するから社会性は変化するけど、内面性は普遍である。だから、内面性のある作品は時代を超えて生きていけるし、人々はそれを「古典」という。古典文学が読み続けれるのも、名作建築なるものがあるのもその所以である。そして、古典文学や哲学が読みにくいのも、名作建築が住みづらく理解が困難なものであるのも、そういった理由による。

Kくんに対する批判ではないが、デザインが社会に浸透するということは、多くの場合「社会性」だけが残り「内面性」が失われる。もちろんその内面性ってのは言葉では説明できないようなものだから(私がなぜ「私」であるかなんてだれも説明できないでしょう)、それが建築家本位の考えであることは間違いのないことだけど、でも、私はその内面性をとくに大切にしているのです。

その理由は簡単で、私には社会性が欠けているから(笑)。作品ってには作者そのものだから、やっぱりその人となりが出てしまうものです。それは私の反省点であるわけです。ちなみに私はKくんの考え方は全面的に支持します。自分とは違うけど、支持します。

ふぅ~、長々と書いてしまったけど、こういう議論ができることは幸せです。異なる意見を持つ人と話すことは、やっぱりいいですね。ありがとう~

図面は何処へ?

2009年05月22日 22:48

現在、多くのゼネコンや組織設計はCADソフトの過渡期にある(らしい)。というのも、これまで使われていたAutoCADなど二次元のソフトから、ArchiCADなど三次元CADへ移行しつつあるのである。我が社もその例にもれず、三次元CADの講習である。ただ、これがなんというか気持ち良くない。

その理由はひとつ、自分で作った気が全然しないからである。

三次元CADはモデリングソフトなどど違って、二次元の図面と三次元のモデリングを同時に行うというものである。それを可能にするために、各線には「属性」があり、柱、壁など決められている。簡単にいうと、壁を「書く」のではなく、壁を図面上に「置く」のである。だから、全然書いている気がしない。

以前ル・コルビュジエの展覧会に行ったときに、100年後の建築の展覧会ってどうなるのかと心配になった。展示された図面を見ていると、たとえそのプロジェクトを知らなくても、それがコルビュジエの図面であるとわかり、なんとなく書き手の意思が伝わる。だけど、これがCAD図面に変わったら、たとえそれがどんなにいいプランでも、わざわざ展覧会に足を運ぶだろうか・・・?

そんなことを二次元CADについて考えていたのだが、三次元CADならなおさらである。何しろ、もはや書いていないのだから、それは図面でもない。

なぜそのような移行が行われているかというと、早いからである。そして、非常に簡易的であるからして、プレゼンの能力にも優れている。

でも・・・じゃあこの機能をコルビュジエがもちえたとしても、彼はやっぱり、手で書いたんじゃないかな・・・って思う。彼は「プランは原動力である」なんて言っていたけど、三次元CADで書いたものって、うまく言えないけど「建てるための表記」でしかなく、それ以上のものではない気がする。

こんなこと言ってる時点で時代遅れかもしれないけど、図面っていうのは、ただそれだけで芸術作品なんです(by宮脇檀大先生)。だから、それは建設のためのツールでは(だけでは)ないのです。

図面とは、世界を知るためのツールである。そしてそれは、何かを想起させることに意味がある。だから、図面には人の意思が込められていないければいけないし、自然と込められるものである。

その意思とは、その人が意図的に描いた部分より、むしろ無意識に描いてしまった部分に現れるものである。だから、図面制作とは、やはりその人の汗の結晶でなければならない。もちろんそれが三次元CADでもできるなら、それで全然問題はないのだけれど・・・

エクリチュールの不在

2009年05月22日 00:27

更新が滞っている。その理由のひとつは忙しいこと。もうひとつはネットが最近使えなかった。本日無事(?)回復したので、久々に更新する。

インテリアデザイナーのKくんがやっているニコニコ動画を拝聴する。とても面白いというか、えらいなって思った。その理由は、しっかり話そうとしているからである。

私は幼少の時より、人と話すことは得意でなかった。それ故か、私は「話し言葉」より「書き言葉」の方が得意であり、学生時代にはそれに没頭していた。

最近読んだ本に『1995年以後-次世代建築家の語る都市と建築-』(著:藤村龍至)がある。これはインタビューをフリーペーパーで発行していたものをまとめたものである。藤村氏は「対話」することで、建築を社会的に開いたものにしたいらしい。そしてそれは、現代に求められていることのようにも思う。

Kくんと藤村氏がやっていることは、基本的に同じ趣向に基づいているように思う。話すということによって、何かを変えていくこと。

ただ、私が「話し言葉」を忌避してきた点としては、概して話し言葉は、ストレートにその意思を伝えないことにある。「話し言葉」では、言葉が純粋な透明性を失い、「感情」がそこに付加されてしまう。だから、自分の(感情に近い)意思を伝えるときは、話し言葉は有効であろうが、論理を語る際には、私は「書き言葉」を好んだ。特に、ロラン・バルトが指摘したような、その言語の絶対透明性(エクリチュールの零度)に一時期、魅かれた。

ただ、論理不在の時代、エクリチュール(書き言葉)はやや劣勢である。私自身、それを感じ人と話すことを心掛けてきた。

そういえば、Kくんと同様YくんもICレコーダーを持っていた。彼らの方が、私より先んじていたということなのだろうか・・・?

ちょっと別件なのだが、私もICレコーダーを購入した。これで私もニコニコ動画に参戦できます。あ、でも深夜にビール飲みながら動画を見るってことはたぶんしないと思うけどね(冗談冗談笑)

建築見学ツアー

2009年05月16日 23:10

昨日はインテリアデザイナーのKくんと飲む。久しぶりに建築の話をした。思いきりだれかと話したのは久しぶりな気がする。

そのなかで、話の流れは忘れたが、磯崎新の建築ツアーに行こう!ということになった。具体的には「つくばセンタービル」「水戸芸術館」など・・・。ブログを読んでいて一緒に行きたい人はご一報。といっても日時も決まってのないので、まぁ何か意見がある人はどうぞ!

あと行かなくてはならない展覧会として「建築家坂倉準三展」。場所は「神奈川県立近代美術館 鎌倉」で日時は5月30日から。お世話になった先生が関係していることと、あと神奈川県立近代美術館にも行ったことがなかったので、これは行きます。たとえ誰もついて来なくても(笑)

基本的に私は話は振ってものってこなければそれはそれで、というタイプなので、まぁ行きたいと思う方は一緒に行きましょう!

歴史を知らない豚

2009年05月14日 22:23

ブログを書く内容がない。それでも、頭のリフレッシュのため、何か書こうと思う。

本日先輩に言われたことは、設計は算数であり(数学ではない)、設計者は電卓を叩くしごとであるということ。本日は外壁材のディテール練習だったのだが、ちょっと変更を加えようとするだけで、相当な手間がかかる。逆にいうと、その手間を省くため、あらかじめディテールが決められているのである。

それに反して「創造的な」建築を作ろうとする建築は大変だ。多くの建築家が小さな作品ばかりやっているのは、経済的な問題だけでなく、こうした作業量の問題もあるのだろうな・・・。

組織設計に行った先輩に聞くと、最初のうちは勉強になって楽しいが、結局同じことの繰り返しでいやになってしまうらしい。そりゃだって、ずっと電卓叩いて、お客と打ち合わせして・・・それゃ、建築家のイメージからは相当かけ離れた存在ですからね。

ちょっと話は変わるが、7月の一級建築士試験が終わったら、大学の研究室のゼミ合宿に付き合って韓国に行こうと思っている。とれるかわからないが、有給をとって(とれなそうなら、うちの教授がコネで社長に頼んでくれるらしいが・・・)。でも、それができるのはやはり大手だからなんです。だって、うちの設計部は10年で一人前の設計者にそだてる計画なんですもの。そりゃ一週間くらい会社来なくたって、損失にはなりませんよ。その分、即戦力が求められる企業は、そういうことはできないからね。その分、実践的な仕事が積めていい経験ができる気もするが・・・

まぁなんにしろ一級建築士です。一級建築史試験などどいうものがあれば受かる気がするのだが・・・いや、無理かな(苦笑)

歴史を知らない豚はただの豚ですから・・・ね


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