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風景-53

2015年10月18日 20:44

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緑化するのか、建物を建てるのか・・・。矛盾を同一化しているところは、西田幾多郎の哲学を思わせる・・・?

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寮のそばで見つけた喫茶店。何かのアニメ映画に出てきそうな、不思議な空間。

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行きつけの京都駅内カフェ。早朝の、まだ人が少ない店内と、それでも歩きまわる店員さん。

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寮のそばで見つけた、建設中の住宅。朝見たら鉄骨の建て方完了時で、スリーブが均等に開けられた鉄骨とその構成は美しく、しかし、数時間後には、表面に「張りぼて」が貼られていた。張りぼて・・・というのは、蔑んだ言いまわしではなく、「何かを似せて作った物」と、ここでは言いたい。良い悪いは知らないが、やはり、考えてしまう。

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自然なのか人口なのか、美しき空虚。

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田舎の喫茶店のトイレ。別段、高級感もしゃれっ気もない明るい店内なのだが、トイレだけはやたら暗く、異世界を思わせた。確かに、日常のなかで、トイレくらいは暗くても良いかもしれない。

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名古屋市覚王山にある揚輝荘。かつて栄えた社交場。とある施主から勧められたので、足を運んだ。特徴的な外観よりも、網代天井の方が気になった。大学一年の頃、洋館が好きで、いくつか見て回ったりしていたので、ちょっと懐かしい。

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商業地域で出くわす、カオナシ建築。表はめいっぱいお化粧しているが、それ以外がのっぺらぼう。

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逆に、住宅街で見つけた端正な住宅。庭の大きな石が何を示しているかわからないが、佇まいが美しい。
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風景-52

2015年09月23日 21:53

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モリコロパーク(愛知万博跡地)で見つけた風景。スラブが抜けたシリンダーの下に、タイルが段差を付けて貼られている。どこかにオーバーフロー管があるのだろうか。ちょっと好きな風景。

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京都駅で良く利用するレストラン。夕日に沈む京都と列車の音を聞きながら過ごす時間は、とても心地よかった。

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寮のある最寄駅。何の変哲もない田舎駅なのだが、床(というかニッチ)があり、生け花が飾られている。先日、女性が何かしていると思ったら、花を生けていた。最近、花びいきな私としては、とても良いことに思える。

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名古屋で見つけた建物。診療所と住居がセットになったような、高級住宅。構成、色彩、装飾が明快で、「古いデザイン」と言われればそれまでだが、時代を映しているようで、個人的には嫌いではない。

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テナントが抜けた高架下。逆に、ガラスとサッシの構成が明快。良く言えばリートフェルト。

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かつて建築誌で舐めるように見た建築群。ガウディの建築が世界遺産化が進む中、コルビュジエはいつまでも世間から抵抗される建築家であってほしいと思ったり・・・

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老人ホームだろうか。設備置き場兼ベランダが鉄骨で作られており、ちょっと良かった。もっとも簡易的にできる風のイエ的構成。

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これは高級住宅か。磯崎新っぽい。

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雑司ヶ谷で見つけた、TOKYO APARTMENT。「作品」ではないという点で、某建築家さんの作品より、優れているのでは・・・

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社寺巡りのなか、久々に立ち寄った東京カテドラル。やはり、ぞっとするような空間の高揚感がある。この建築を体験しながら私は、設計者がクリスチャンの洗礼を受けたことを思いだした。

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その後の食事。これまで食べたラーメンのなかでもなかなかうまかった。これまで博多ラーメンが好きだったが、魚介豚骨の方が口に合うのかも・・・

風景-51

2015年09月06日 22:28

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駅構内の公衆電話。日々、ほぼ使われていないのではないかと思われるが、しっかり残されている。公衆電話がなくなったら、段差のある石張りの台は、ただの装飾になってしまうだろうか。電話があるから、台がこの形をしているのか。もしかしたら、台がこの形をしているから、電話があり続けるのかもしれない。建築がそんな役目を担えるのなら、とても幸せなことである。

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商業施設のちょっとした外部空間。この面積も店舗にできただろうに、それでもこうした空間があると、私個人としては嬉しくなる。

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京都の川床。とても優雅な時間だった。

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時々利用する喫茶店。一部吹き抜けになっており、空間として気持ちがよい。夏の暑さを考えると、日本の風土には合わないと思うが、外来の喫茶店文化には、とても合う気もする。

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弟に貰った、誕生日プレゼント盆栽。

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即席茶道稽古道具。この練習だけでも、精神が落ちつく。

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渋谷で偶然見つけた、妹島らしき住宅。あまり興味が湧かないが、渋谷という街には合っているのかもしれない。

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近所の住宅の屋根。棟に近い部分にトップライトが・・・。屋根裏部屋があるのか、或いは光の煙突となっているのか。色々想像を膨らませてしまう。

風景-50

2015年05月02日 20:38

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尾道で見つけたスタンド。コンクリートとガラスの簡素な建築だが、意味深な張り紙があったりする。建築って、こんなシンプルにもできるのであるな。

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悩ましい郵便ポスト。いや、愛想良くしているのかな・・・?

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プラットフォームには、色々な人間ドラマがある・・・と思えてしまうような、夕暮れのひとコマ。

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わかりやすく「家」な建築。かわいらしく、原始的で好き。

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京都の職人さんに連れて行ってもらった、町屋を改装した料亭。とても美しかった。

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京都祇園祭の鉾。動く建築。

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マックの席から見える風景。1階から上がってくる人を確認できる。上がってくる人を背後から確認できるためか、こちらとしては安心感がある。どこか、昔の城郭としての仕組みに近いように思い、人間の本能って、弓を射っていた頃から変わってないのかね、と思ったり。

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工場のタンクの上建てられた家。実際にはオブジェなのか、或いは監視室か何かになっているのだろうか。アーキテクトでない人が考える建築は、かなり狂気的であったりする。

風景-49

2015年02月28日 21:33

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神社の境内のテントにあった椅子。それほど美しいプロポーションでもなく凡庸だが、ずいぶんと色々な人に使われた痕跡があり、良かった。

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奈良駅。新駅舎建替えに伴い、旧駅舎を部分保存。台湾の高雄と同じ手法。

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茶道のお稽古そばの高架。ターミナル駅のため途中で終わっているのだが、何かこれから始まるような、躍動感が多少ある。

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京都駅。原広司は色々な石を貼り分けるが、どこの産地かわかるよう、石が説明付きで埋め込まれていた。誰のアイデアだったのだろう。

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とある駐車場に露呈した住宅のファサード。古典的で虚無的で、惹かれた。

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古いデパートの階段。デパートの階段は、ややそそるものがある。かつては大舞台であったが、エレベーターとエスカレーターにその役を奪われ、やや陰惨な雰囲気すら感じる。故に、物としての強さを逆説的に感じることがある。コンクリートの塊としての・・・

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滋賀県のとある風景。友人と夜まで飲み明かし、その後お寺を訪ねた帰り道。寂しさを感じながら、前に進む。

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実家そばの坂道。帰郷し、翌日名古屋に戻るための歩き道。何度も何度も、この坂を登った。

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名古屋で見つけた住宅。ビックリ住宅とか何とかで、ちょっとしたテレビ番組に出ていそう。アフォリズムと言えばそうなのかもしれないけど、少なくとも、今の私では興味が湧かない。

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綺麗でもない川に降り立った鶴。何を思うのか。でも、その姿は美しかった。



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