週末備忘録

2017年05月21日 19:53

5/15(月)
京都の職人さんに指摘されて以降、建築理論について再考する。最近、身体性のみを考えていたせいか、それを言葉にすることを怠っていた。
通勤電車に乗りながら色々考えると、結局は、以前の「風のイエ」と、現在でも変わっていないように思えた。風を読み込むための「なにもない場所」をつくるということ。私は今、それを茶道という動作を通じて、自らの身体で表現する。誇張して言えば、茶道の空間(禅の空間といってもよいと思うが)があれば、そこは「なにもない場所」に成り得る、ということである。
そしてそれは「永遠に普通な建築」ということになるのかもしれない。

5/17(水)
人間関係において、解決策を提示することと、人に寄りそうことは異なる。男は、性が外部にあり、女は、性が内部にある。その違いに、何か連動することがあるような気もする。
先日の3Dアルゴリズム設計の講習を経てから、色々考えていたが、「想像を具現化された建築」より、「想像を喚起させる建築」の方が、私にとっては美しい、ということかもしれない。

5/18(木)
最近、5時起き、6時半出社のサイクルに戻した。朝、人が少ないのは、とても心地が良い。

5/19(金)
お寺案件について、上司のアドバイスに従った結果であるが、その結果、実に膨大な期間を設計業務にあたることになり、設計料赤字の様相を呈してきた。上司にはかなり嫌がられたが、こちらとしては上司の方針に従った結果なので、何を今更という感じで・・・
設計期間を十分にとらざる得ない状態になったということで、私としては、ある意味最高の「復讐」であるわけだが、それと同時に、この会社では、前例がないことに取り組むことができない、ということが良くわかった。
夜早めに仕事を切り上げ、茶道友達と飲む。

5/20(土)
朝から香川県高松市へ。栗林公園掬月亭を見たく、訪れた。感想は別記。
公園内を散策しながら、香川県庁舎のピロティを通り、高松駅へ。以前見た時は、それなりの興奮があったような気がしたが、思ったよりも小さく、なんというか、コンクリートでの日本建築の表現というものは、なかなか疑問に思う点があった。以前とは、かなり感想が変わった。
坂出駅まで電車でいき、そこから歩いて坂出人工土地へ。メタボリズムに関心があった頃から、この計画には興味があったが、あまり心地よい感覚はなかった。人工的に作られた土地は、やはり人工物でしかないように思えた。空間の楽しさはあったが、空き家がかなり目立った。
少し歩き、相田先生設計の西園寺無量寿堂という建物を見る。外部から眺めただけだが、これについても、学生の頃と感想が異なった。いくつかのレイヤーで建築の構成しており、建築のゆらぎというか、曖昧性みたいな点に、以前の私は建築の可能性を感じていたかもしれないが、今は、その可能性を見ることがなくなってしまったように思う。
新幹線で岡山まで行き、後楽園に少し寄り、京都へ。駅ビルでお惣菜とデザートを買い、職人さん宅で夕食。どんな建築よりも、ここにいることが幸せ。

5/21(日)
朝ゆっくりしてから、パーさんで曼殊院へ。寺院そのものにも関心が合ったが、八窓軒の茶室が見られるということで、予約して入った。感想は別記。
それから、後輩お勧めの詩仙堂というお寺を見学し、パーさんをリバーさん宅に戻してから、バスで京都駅へ。
新福菜館にてラーメンを食し、電車で名古屋へ。駅まで買い物をし、家に帰ると、身体が疲れており、夕寝。
これから運動しようか、仕事もしなくては・・・
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週末備忘録

2017年05月14日 18:54

5/8(月)
連休明け。夜中から、夢のなかでうなされる。
この日から、クールビズであるが、上着も要らなくなった。
そして、朝ヨガと朝点茶と、寝る前のヨガもしっかり始めることにした。これは、かなり身体に良い。イライラしても、ゆっくりその気持ちが引くまで待てる。そんな気がする。
「微調整思想」ということを思う。今までは、何か「マニフェスト」をしっかり決めたい性格だったが、常に調整、リセットをすることの重要性を知る。
午後は、東京でアルゴリズムデザインの講演会。内容は面白かったのであるが、気持ちはなかなか乗れなかった。時代は3Dということであるが、2Dから物を想像するという視点は、また別に重要である気がする。日本はかなり遅れていると言っていたが、日本人は、2D的な発想が元になっているように、何となく思ったり・・・
帰り、東京駅で買った「ほんのり屋」のおにぎりが美味しかった。

5/9(火)
朝、家を出る前に、少し椅子に座りゆっくりする時間を設けてみた。業務時間は減ることになるのであるが、精神的には落ちつく。
昼も、食後少し小説を読む時間を設けた。小説を読むと、ふっと、少し違う世界にいける。すると、今の自分が、少し軽くなる。
愛が全て、と思う。

5/10(水)
ハイデガーの存在と時間を少し読む。読み始めた瞬間、頭の色々な細胞がざわめきだしたような、そんな感覚に襲われる。2ページだけ読んだが、かなりリフレッシュになった。
メダカが卵を産んだ。
夜、また傷つけてしまった。

5/11(木)
ふとしたことで、自分は人間失格なのではないかと思うことがあるが・・・いや・・・

5/13(土)
午前はお茶。稽古後は、友人と団らん。
それから、キンコーズに行き、製本を受け取る。大学時代に作成したポートフォリオ群を、一式まとめたのだ。当時何を考えていたが再認識すると、今の感情の相対化に繋がる。
夕方ランニング。GWで太ったので、夕飯は炊き込みご飯を少なめで。腹八分目だと、食事ひとつひとつを、ゆっくり味わって食べるので、良いように思う。
お寺案件の仕事で、胃がキリキリしている。何か、この仕事がなくなってしまいたいようにも思う。そんななか、安藤忠雄のインタビューをYoutubeで観る。住吉の長屋を建てた時の話など、今の時代、弊社では訴訟もののような話であるが、元気は出た。やはり、この人は凄いな。

5/14(日)
水曜日以降、気持ちは落ち込みながら週末へ。
日曜日は、休日出勤しなければならないと考えていたが、オフィスに行ったら、家でもできるかと思い、すぐ会社を出て、犬山へ。気持ちが、イライラが止まらない。
犬山の有楽苑に着き、如庵をみる。茶室内の空気を吸い、自分が、またこの茶室に魅力を感じることができるか、再確認する。やはり魅力を感じる。
その後、犬山ホテル内で庭を眺めながら食事し、少し休んだら、電車にて一駅走り、内藤廣設計の宮田眼科をみる。いかにも、内藤さんらしく綺麗な建築で、自然素材を使用している分、触りたくなるような、そんな建築だった。通時的にも、共時的にも「普通」である建築が作れたら、それは革命かもしれない。 
昨晩「数寄屋建築家」という言葉を紙に書いて、床に置いた。すると、自分の体の中から、エネルギーが湧いてくるようであった。数寄屋建築家であり、かつ数寄者。家でする仕事も「数寄者である私としては、どのように考えるか」と思うと、何か、描かれた線にも希望が湧いてくる。数寄は「好み」である。故に、理屈はいらない。つまりは、どんな状況でも、数寄者でありうるし、数寄者である私が設計した建物は、数寄屋建築に近づく。

連休後半備忘録

2017年05月07日 23:26

5/3(水)
朝から吹上ホールの骨董市へ。骨董市へ行くといつも思うが、自分の興味は常に変遷している。上野茶の湯展を見てか、今は高麗茶碗にお熱。そんななか、朝鮮の方のブースで良碗を見つけ、購入。少し値は張ったが、このGW、旅行は控えた事、これもお茶の勉強であること、そして(いつも茶碗を買う時に思うように)こんなよいものと一緒に生活できるという喜びによって、手にしてしまった。(一応弁明しておくと、今回はかなり自分のなかにぐっと来るものがあり、購入後、何度もお茶を点てて、愛でている)
高麗茶碗を手にし、思う。この茶碗には作為がない。きっと、かつての茶人も、この無作為を好んだに違いない。
お昼は吹上ホールでカレーを食べ、ふと思い、名古屋駅のビックカメラへ。レンズについて、店員さんからレクチャーを受ける。

5/4(木)
午前中は掃除と、衣替え。用事を済ませたら、寮の近くに出来た蔦屋(+スタバ)へ自転車にて。京都の蔦屋には入り浸っているが、ここも良かった。名古屋らしく(?)店舗も広い。が、京都に比べると、置いてある書は、なんというか、ミーハーな気がして、文化性の違いを感じる。
持参の本を読みながら、ふと幸福の科学へ出家した清水富美加の告白本を目にし、一気に読んでしまった。清水富美加という女優は、出家騒動があってから初めて知ったのであるが、この本に書いている内容は、個人的にはかなり共感を持てる部分があった。色々考えてしまった。
夕方帰り、久々のランニング。ここ数日熱っぽいので、本当にゆっくり走った。これでよい。

5/5(金)
朝からビックカメラへ。色々考え、レンズ購入へ踏み切る。散々説明を聞いたあげく、なんと、お目当てのレンズは店には在庫がないということで、他店にもないのだそう。そこで、急遽コジマ電気に連絡すると、ディスプレイされているものがあり、それなら販売できるということで、商品を抑えてもらうことに。
駅中のカフェで、ベトナム旅行中の職人さんと会話した後、電車でコジマ電気へ。ディスプレイ商品ということで、まけてもらい、購入。SEL35mmF1.8である。それなりの買い物であったこともあるが、これも買って大正解であった。
F値が小さいことで、自分の感情に近い画が撮れ、単焦点であることで、とてもスピーディに、即物的に撮影を行うことができる。ズームのない不自由さが、なかなかよい。(標準ズームレンズと望遠レンズは標準品があるので、必要であれば、これらを使えばよいし)
カメラを手にし、桑山美術館へ。日本画展をやっており、観賞。本当は茶室も見たかったのだが、当日はお茶会が行われていた。その雰囲気を味わえただけでも、ちょっと良い気分であったが・・・。
帰り際、ドトールでさらに読書と夕飯を食べ、大須観音で楊貴妃メダカ4匹(オス、メス2匹ずつ)とホテイアオイを購入。昨年の日記を見ていると、もうすでに産卵の時期ではある。今年はまだである。

5/6(土)
10時まで寝てから、午前は室内で読書。午後、GWにまとめた、大学時代の成果物(印刷物)を本にするため、キンコーズへ。そのまま、そばのブックカフェリチルさんで読書をして過ごす。夜はボクササイズ30分。
会社の仕事で、いつか夢想した仕事が急に現実味を帯び、頭が整理できておらず、気持ちの動揺がある昨今であったが、宮崎駿の言葉を思い出し、気持ちが楽になる。切り刻まれながら生きるのだ。

5/7(日)
朝、早めに起きて、大曽根の喫茶店で朝食と読書。それから、春日井へ。熊谷守一展が開催されていた。以前から好きではあり、なんとなく、床に飾る絵や書としては優れているのではないかと思い、訪れることに。やはり良い。
そのまま、またしても蔦屋へ。午後は本を読みながら過ごす。
このGW、写真をかなり撮った。コレクションすること、或いは、写真に残すことは、生きた証を残したいからではないかと感じた。多くの日常は、実に平凡なものである。しかし、そこに生きる不安を、しっかり刻みたいからこそ、私は記録するのかもしれない。気持ちが不安な時、偉大な友や、偉大な書も重要だが、過去の自分から教えられることもたくさんある。
連休中はかなり本を読んだが、久々にハイデガーの『存在と時間』にも目を通した。といっても、2ページ程度だが、それでも、かなり引きこまれ、日常世界を客観しできるような感覚があった。やはりこの本は偉大かもしれない。こんどまた読んでみよう。
夜、ベトナム帰りの職人さんと名古屋駅で食事をし、別れる。どんな哲学よりも、この時間の方が意味がある。

週末備忘録

2017年05月03日 20:20

4/24(月)
帰り際、夜、いつか涙ながら話をした水盤を見ながら、これまで、いま、これからについて電話で話をする。

4/27(木)
お寺案件のコストが出てくる。まったく乗っからない事態になり、かなり冷や汗をかいたが、何とかVEを見つけ、コストに乗っけることができた。まったくもって、自分の意志で方向性を出し、自分の意志で進んだ。そのように歩いていると、プロジェクトが上手く進むかどうか、それは死活問題である。生きのびるかどうか・・・。
役所打合せも施主に同行してもらったが、上手くいった点と、上手くいかなかった点。なかなか、身体と心に重くのしかかる。建物の重さを、日々感じているように思う。

4/29(土)
能楽堂で行ったシャンソンコンサートの呈茶席にて、お点前を披露する。とにかく、大人数をさばくことに苦心したが、色々な方の協力と適切な指示があり、何とか終える。お点前も、気持ちよく出来た。
帰りの途中、お茶仲間のおばさまたちとコメダで休憩。仕事だけをしていたら接することがない面々。話をすると、とても心が弾む。

4/30(日)
朝一の電車で、実家に帰る。昼以降、姪との格闘。夜は弟も混ざって飲み会。母は喜び、酒を飲み過ぎ、トイレから出てこられない事態に。ともちゃんとけんちゃんも、大きく育っている。ともちゃんと風呂に入り、一緒に布団につき、その後少し時間を経て就寝。

5/1(月)
朝食を食べたら、上野へ。茶の湯展。
感銘を受けた茶碗を記すと、大井戸喜左衛門、赤楽無一物、黒楽万代屋黒、大井戸有楽井戸、絵唐津菖蒲文茶碗。まったくそのまま、一井戸、二楽、三唐津である。喜左衛門は、思っていたよりずっとおおらかで、そのままお茶会に出せそうな、そんな柔らかさがあり、それは意外であった。光悦茶碗は、表現の豊かさはあったが、お茶を点てるイメージがわかなかった。
お茶碗のことを考えながら、二つの芸人の言葉を思い出した。
ひとつは爆笑問題太田。表現は、受け取る側の感受性が重要であり、表現豊かとは、感受性豊かに受け取る人が、その人の周りに何人いるかどうか、ということ。
ふたつめは、星野源のラジオで、おっぱいについて語る関根勤。結局は、形ではなく、誰のおっぱいであるかが重要、という説。
茶碗は、そのもの以上に、誰が所有したかによって、その価値が大きく変わる。それは、ある意味実態のない世界であるが、しかし、太田や関根さんの言葉に変換すると、とても自然で、人間的な気がする。
上野から銀座たくみさんに寄ってから、ホテルオークラへ。谷口吉郎が出がけたホールを見る。その後、水戸忠交易さんに少しお邪魔してから、家に戻る。夜は、ともちゃんと二日連続の風呂に入ってから、ともちゃんとじゃれあってから就寝。

5/2(火)
午前中は、当たり前のようにともちゃんと遊びまくり、昼、モーリが来てから昼を済ませ、電車で東京へ。明治神宮の神楽殿を見る必要があった。その後、品川で時間を待ち、新幹線で名古屋へ。

週末備忘録

2017年04月23日 21:16

4/13(木)
夜、残業帰りに、最寄駅近くの水盤を眺めながら電話をする。

4/17(月)
昼、ふとしたLINEから、夕方京都へ。ハンバーグを頂く。桜が、ぼんやり舞って、咲いていた。

4/21(金)
やっと、お寺の図面になってきたと感じる。ずっと昔から存在していて、ここ数年、可能な限りたくさん見てきて、それなのに、それを形にすることは難しく、やっとやっと、少し見えてきたような気がする。
三重へ、担当している開発案件の現場を見る。それは、かつてあった山が切られ、木々が廃棄される、昭和の建設開発を見ているような、悪夢のような、しかし、ここまで来ると有る意味爽快ともいえる、そんな現場だった。

4/22(土)
先日、築100年の町屋を見る中で、どうしても2階の床が傾いているように感じられ、やはり平屋がよいと思う中で、ふと藤井厚二のことを思い出す。考えれば考えるほど、彼の建築(といって聴竹居くらいしかしらないが)は素晴らしく思う。
これまた先日、構造設計者より「木造になったら負け」といわれる。弊社はRCや鉄骨が主であり、それで建てることが弊社の存在意義だからだと。そうなのかもしれないが、私はそうだと思えず。
この日は、朝はランニングし、昼から京都。古道具市を見てから、喫茶店で図面を描く。夜はイタリアン。
ここは、自分の街になるのかと思うと、見える風景が変わる。

4/23(日)
朝、ゆっくり過ごしてから、バスと新幹線に揺られ名古屋へ。
少し休んだら、豊田茶会へ。なんと、長次郎さんの茶碗と、ノンコウの香合が出ていた。
お茶の教室に戻ってきてから、お稽古。そして雑談。
今週も、サンちゃんは御機嫌斜めで、しばらく走ると、いつもの調子に戻った。
なんとなく、お茶仲間と酒を飲みたいと思った。そして、サンちゃんで夜の高速を走りたいと思った。


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