続・風の小屋ー96

2014年05月11日 20:42

久々に、風の小屋のなかへ。

先日の地震の影響か、天井が一部落ちていた。(点検ができるようビス止めしていないので、当然といえば当然だが)
しかし、空間の質は、やはり変わっていなかった。

風の小屋が竣工してから2年経つが、結局のところ、この感想はずっと変わっていない。建築の表層は朽ちていくが、空間の意志は残される。

窓を開けると、風が入ってくる。この瞬間がとても好きである。身体に巡らされた空洞の管に、血潮が充填されていくような、そんな喜びがある。

私は、鳥の声を聴きながら、ズボンが汚れないように茣蓙をひき、三島由紀夫の小説を読んだ。

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続・風の小屋ー95

2014年01月04日 12:01

年末年始実家に帰った際、風の小屋の修理を行った。以前台風でガラス(アクリル)戸が飛ばされたのである。もともと丁番で固定されただけだったので、致し方ないのだが、耐風圧計算とは、やはり重要なのである。

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再度固定しようと思ったが、良く見ると丁番が外れたのではなく、窓枠そのものがせん断破壊されている。これは窓そのものを再製作しなければならず、実際ガラス戸がなくても風の小屋は成立するため、破壊された窓枠を取り外すのみとした。

内部は、塗装が禿げていた。竣工後1年半経ったため、当たり前のことだが、しかしそれでも、空間の本質は失われていないことに感動した。

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私は風の小屋をつくってしまった。まだ、この解釈については、完全な整理はできていない。

これから考える。

続・風の小屋ー94

2013年06月01日 21:31

週末実家にいる時間がとれているため、小屋で過ごす時間が確保できている。名作家具に囲まれた私の部屋が快適で、なかなか外に出ようと思わないため、小屋へは意識的に行くようにしている。

竣工後1年経つ、それなりに痛みが出ている。素人の突貫工事に近いものがあるから当然である。
具体的には、アール部分の天井が落ち(これは雨漏りが心配だったため、いつでも外せるようビス打ちをしていなかったためだが)、壁と天井との取り合いは、回り縁がないため、塗装が落ちすき間ができている(これは、大学のY先生が、篠原一男の住宅について指摘していたことでもある)。

ただ、天窓から降り注ぐ光は神秘的で、とても宗教的な空間であった。私はしばしその神秘性に驚き、浸り、そして横になって寝た。何度も書いたが、この空間はとても眠くなるのだ。

宗教的な祈りの行為は、実は「何もしない」という時間を意図的に作り出すものではないかと思ったりもした。小屋のなかで光を感じながら、その空白感に身を置き続けることは難しく、何かしらの行為が伴っている方が必然性があるように思えたからである。

何はともあれ、空間は残る。私は建築設計空間至上主義者(なんだそれは)ではない。

でも、空間は残るのである。

この空間を創造しえたのだから、別に他に建物を設計しなくてもいいかなど、思ってみたりもして・・・。

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続・風の小屋ー93

2012年10月28日 17:35

秋の夕暮れの小屋の中は、柔かい光に包まれたゆりかごのようで、やはり眠くなる。

「何の無い空間」って、もしかしたら眠くなる空間のことなのかしら・・・?

続・風の小屋ー92

2012年08月04日 17:08

久々に、外から小屋を眺める。草が建物に巻きついている。

この建築を作っているときは、建築の佇まいについて考えていた。

なかなか環境になじんでいるように思う。しっかり汗を流しながら、建ったからかな・・・

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