1月29日(日)晴れやや曇り

2012年01月29日 20:40

昨日、久々に10kmを1時間で走り切る。脚を痛めていた時期もあったため、半年振りくらいだろうか。

走った後、風呂に入り畳(冬はコタツ)で寝る。幸福の瞬間だ。

最近甘い物を食べなくなり、また量も控えめになった。それが要因だろうか、店に売っているものはすぐ飽きがくる。

走り終わった後の爽快さは飽きがない。

飽きがない幸福なんて、とてつもない宝物を発見したような感覚だ。

明日からは、また騒々しい日々が始まる。

風の小屋―73

2012年01月28日 20:47

午前は熟睡。建設業に携わる者にとっては普通なのかもしれないが、平均睡眠時間4時間はキツイ。ただ、以前より睡眠時間が少なくてすむのは、やはり以前に比べエネルギーをつかってないからだろうか。とりあえずそのツケは週末にやってくるのだが。

午前は資材購入。午後から施工。

遂に天井施工へ入る。事前に野縁は付けてあったので、適切な大きさにカットし貼りつけていく。今回の工事は常にそうなのだが、作りながら設計を練り直していくということが前提なので、常に最終形を作るのではなく、空間がイメージできるところまでまず施工する。

今回の場合は、まず合板をカットしビスで仮止め。空間構成を確認し、設計の承認が取れたら(とるのは無論私だが)本施工。合板をはがし塗装、それから釘打ち、パテ埋め、塗装の順だろうか。天井を貼っていから塗装だとムラが出そうなので、一度はがす工程とした。

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天井が貼られると、天井高が分かる。天井高1775だが、低い・・・とは感じなかった。何を聞かずとも、空間が「座れ」とささやいてくる。座ると、ちょうど良い。茶室もきっと「座ってくれないか」と空間が語りかけてくるのだろう。

低い天井高でも、入口はピロティ下からくぐるので、とても高い位置に天井があるように感じ、空間は伸びやかに広がっていた。設計段階で意図した構成は、間違っていなかったと感じる。

また、当然室内は暗くなる。いや、陰影がつくのだ。それは空間に「場」を与え、流れを生む。

中央から順次東側へ貼っていたが、やがて北東のトップライトが姿を現す。光が、今までそこにあったはずの光が初めて姿を現した。カーンの言うように「光は建築の壁に照らされ、初めて自分が光であることを知る」のである。

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明日は出勤なので、今週の作業はここまでとなる。段々と、完成への音が聞こえる。嬉しいような待ち遠しいような、でもちょっと寂しい。そんな心持である。

1月27日(金)曇り時々晴れ

2012年01月27日 23:26

現場の主任に怒られる。

言い訳は山ほどあったが、言い訳でしかないから言わなかった。

何より、言い訳ばかりの人間はダサいから。

1月24日(火)晴れ

2012年01月24日 23:10

客先打ち合わせ、社内作業と無難にうまくいく。気持ちが晴れるのは週に一日あるかないか。

常に何かに追われている。

多分、この感覚はいつか大きな財産になる。

風の小屋―72

2012年01月22日 20:54

昨夜の大雨。雨漏りが心配だったが、小屋内に入ってみると雨漏りの様子がない。
これまで雨漏りには困らされてきたが、波板のダブルにて止水性確保。雨にて作業ができなかったが、止水性確保が確認できたことは大きい。心のなかで「I made it!」と連呼。

極寒の日曜日だったが、白い室内は暖かかった。

今日は雨のため塗装作業。宙に浮いた洞窟のような、包まれる感覚が芽生えてくる。

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近代建築は、ホワイトキューブが基本。しかし、その「白」という意味はそれぞれ全く異なる。バウハウスの白は、抽象化された色彩の白。コルビュジエの白は、地中海の白。篠原一男の白は、抽象化された日本の濃い白。

風の小屋の白は、何もない白。何も表現しないための白。

いい感じである。

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