ちょっと前に読んだ本

2017年06月18日 23:07

『京都暮らしの四季―極楽のあまり風』 著:麻生圭子

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麻生さんの本2冊目。なかなか名著である。単に、京都での町屋暮らしではなく、生活哲学があり、共感できた。

『紙の月』 著:角田光代

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今になってみると、なかなか恐ろしい本でもある。
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76_床

2017年06月18日 21:24

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母のエストニア土産と、直筆ヘルシンキマップ。

週末備忘録(2週分)

2017年06月18日 21:22

6/8(木)
ビックリ建築よりも、床(とこ)の方が、より多様さを感じる今日この頃。本当に、表情や雰囲気がひとつひとつ異なり、生き物みたいである。

6/9(金)
フリクションペンを、少しずつ使う頻度が減っている。何というか、気持ちの良い感覚はどのペンか、ということで考えているような気がする。
面倒くさい設備設計の方から、毎日10件近い(迷惑)メールが来て、頭が痛い。以前、柏の現場で受けた工事長と同じだ。能力のない方で、如何に自分が上か、お前が下かを立証したいかの如く、こちらに接する。その人の上司も、その人に仕事を与えると面倒だから、与えないのだとか。夕方、頭が痛くなり、早めの帰宅。

6/10(土)
午前8時半、名古屋に母が来て、話をする。
その後、母と大須観音でシュウマイを食べてから、駅前でビールを飲み、駅で別れ、私は一度寮も戻ってから、京都へ向かった。
夜、コンペル横の迷い人で、職人さんとお話をする。

6/11(日)
午前は、お平さんを再度見る。やはり良いが、結局決めることはできなかった。
午後、保津川下りへ。職人さんが誘ってくれた。京都から少し電車で走っただけで、風景は変わる。川下りはとても楽しく、気持ちがよかったが、嵐山に着いて、これから名古屋に帰るのかと思うと、何か気持ちが重くなり、色々な現実が、頭の上からのしかかってきた。夕飯、美味しい台湾料理を食べながら、涙が止まらなかった。
名古屋に帰り、姉と弟と話をする。
胃が痛く、なかなか眠れない。

6/12(月)
朝、4時に目が覚める。当然だが、気持ちが晴れない。
午前、父とメールをする。

6/13(火)
朝、上司が来るまで、お寺の仕事をしている。CGを描いているのである。一日に少し、お寺の仕事をすると、心が落ち着く。
この社会には、色々な病気があると思う。

6/16(金)
夜、お茶仲間と飲み。誕生日を祝ってくれた。私は、家族の話をした。問題のある話を、しっかりとできる友人がいるということは、とても幸せなことである。

6/17(土)
11時に起き、ヨガをして、お茶を点て、食事もとらず東京へ。丸ビルで、兄弟3人で集まり、事前会議。
夜、夕飯を食べてから、20時頃から父を交えての家族会議。
夜2時まで、誕生会。

6/18(日)
朝ゆっくり起きてから、近所のコンビニに、書面のコピーに向かう。小さな神社や家々など、ほのかに美しい景色がある。
昼は、母と弟とOAZOで韓国料理。それから、新幹線でぐっすり眠り、名古屋へ。
普通に、幸福に生きることを想う。

75_床

2017年06月04日 19:14

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私は、この道を進む。

週末備忘録

2017年06月04日 19:13

5/30(火)
お寺の社内会議。とある上司に、プロジェクトの中止を散々促されるが、本人の意志では決められないようで、こちらにプレッシャーを与えてくる。これは所謂、社会的に問題になっている例のやつではないのか?ま、頑張って頑張って、それでもこういう形で意志を曲げられるのなら、仕方がないと諦められる。

5/31(水)
会社デスクの上に、ポルコロッソの指人形を、そっと置く。しっかり語りかけてくる。

6/1(木)
NHKオンデマンドに加入し、「プロフェッショナル仕事の流儀 数寄屋大工・升田志郎」を観る。勇気づけられる。

6/2(金)
藤井厚二という建築家が、どんどん、私のなかで大きくなっているような気がする。
最近は、常にゆっくりしゃべるようにしている。すると、平常心が保たれる。
また、出来る限り口角をあげること。すると、相手の目をみて話せるようになる。

6/3(土)
朝から京都不動産。茶室物件があったが、なかなかしっくりこなかった。茶室というものは、形があれば茶室ではない。それが良くわかった。
昼後は、パーさんにて、リバーさんからお平さんまで走り、それから桂離宮あたりを廻って西大路を北に上り、妙心寺を抜けて龍安寺を参拝し、船岡温泉につかってから、岡崎の蔦屋に寄ってリバーさんへ帰る。パーさんは優秀である。京都の街が、少しわかった。
蔦屋で「住宅建築」を見たが、堀部さん以外の作品については、既に理解が出来ない状態になっていた。学生の頃は、もっと共感を持っていたのだろうか?今は、あの床柱の美しさ、それは視覚のみではなく、空気感としての美しさを思う。懐古趣味かもしれないし、過去の模倣に過ぎないかもしれないが、私は今そこに夢中であり、その理由など、考えてはいない。

6/4(日)
朝食を、進々堂さんにて頂いてから、職人さんと別れ京都駅へ。名古屋に帰ったら、駅周りで買い物を済ませ、帰宅。車のタイヤ交換へ行き、家に戻り、風呂に入って、記録をまとめる。これから仕事である。
妙な胸騒ぎがするが、静かに落ち着けばよい。考えると、人生には色々な波がある。どんな船でも、傷つきながら航海を続ける。傷は水面下で見えないけれど、しっかり進んでいく。


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